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白龍が危惧していたのは、灰龍が守り続けてきた始祖龍の宝玉が、人間によって奪われたことだった。
何万年ものあいだ、この奥深くに隠され、ひっそりと守られてきた宝玉。
そして世界の終末が訪れるとき、その宝玉から再び始祖龍が生まれ、この世界を新たに創り直すという。
なんという壮大で、不思議な世界なのだろう。
そして、紫龍についても白龍は怒りをぶちまけたのだ。
私たちに教えるつもりはなかったようだが、怒りで我を忘れてしまったようだ。
《紫龍め、人間ごときに脅されて、魔の封印の理をこと細かに教えおった。あやつは知を授けることしか能がないのか》
どうやら、紫龍は知を授ける力を持つ龍らしい。
野崎は白龍の話を聞き終えると、目を輝かせた。
「白龍。ここで話をしていても埒が明かない。早く紫龍のところへ行って封印を解きましょう。あと何柱残っている? 榊原君」
「ええと……三柱……? あ、いえ。最後に黒龍の封印も残っています。全部で四柱ですかね」
野崎は腕組みをして考え、そして白龍に尋ねた。
「欲しくもない加護を与えられた場合、加護は戻せますか?」
《なに!欲しくもない加護とは……聞き捨てならぬ。一体……灰龍!》
《わ、われの加護は素晴らしきものぞ。欲しくないはずがなかろう。何、人のこにはそれほど影響はなかろう。少し時間を戻すか停滞させるだけじゃ。良いものじゃぞ。け、怪我をしたときには大変助かると人は申しておった。そうじゃろう?》
野崎は灰龍の問いかけには答えず、カラン族の人々の苦難を語る。
「過去冬が長く続いたことがあったそうです。そのせいで彼らの多くが死んで仕舞った。これは他の部族が受けた加護、それが関係していませんか?」
《……そのようなことがあったのか?まさか、人間が同族に不利を与えるとは……》
「人間は争う生き物です。たぶん敵対していた部族の仕業でしょう。もし加護を使って季節を操ることがあったとしたらどうでしょう。灰龍に、幾ら祈っても呼びかけに答えてもらえず恨みを抱いた部族がいた。それでも、人間だけを責められますか?」
白龍も灰龍も、何も言えずに黙り込んでしまった。
「人は弱く、あまりにも簡単に命を落とします。そして、その怠惰が、多くの命を傷つけたのです」
野崎はなおも言葉を重ねる。
――もう、そのくらいで……。
私は思わず、そう口にしそうになった。
《我らは人を、自らに似せて作ったのじゃ。そして見守ってきた。確かに人の子の弱さを軽く見過ぎていたようじゃな》
《問いかけに答えなかったのは……寝ていたからじゃ。決して無視したわけではなかった……》
神様はやはり素直だ。愛していた人の子に封印されても、こうして話を聞いてくれる。
何となく、その不器用さが愛おしくなってくる。
野崎を見ると、満足そうに小さく頷いていた。
――そうか。
彼は、神の怒りを静めるために、あえてあんな言い方をしたのかもしれない。
このまま封印を解いて回り、神々が人へ報復するようなことになれば、私は自分を許せなかっただろう。
チョウランには威勢のいいことを言っていたのに、そこまで思い至ってはいなかった。
そこで弁慶が、おずおずと手を挙げた。
「あの……結局、加護は返せないんですか?」
と悲しそうに呟いたのだった。
「君の加護は、ちゃんと役に立つそうだ。大けがを負った人間も、もしかしたら……死人さえ、引き戻せるかもしれない」
灰龍は、ぶんぶんと首を振り、《し、死人は無理じゃ!》と、あわてて否定した。
***
私たちは紫龍のもとへ飛ばされた。
そして今回も、龍の住処から少し離れた場所へ降ろされる。
そこには、遺跡のような石造りの建物が立ち並んでいた。
過去にはここにたくさんの人が住んでいた痕跡がある。
今は誰も居ない、閑散としたところだった。
ここから見える大きな塔が紫龍の住処だそうだ。
紫龍の場所までの道々、野崎は皆に聞いている。今度の龍からの褒美のことだ。
「知識を授けてもらえる」それを欲したのは小宮山君だった。
馬淵君も欲しがった。
「二人いっぺんにもらえる手立てはないか? 君とジョバンニはもらえたんだろう」
「……二人で宝玉をかざす……とか?」
「そうだなそうしよう。馬淵と小宮山二人で前に出て、宝玉をジョバンニから受け取り――」
野崎は今後の私たちの行動をシミュレーションしておきたいようだった。
「野崎CEOは、加護は欲しくないんですか?」
小宮山君に聞かれて野崎は、
「白龍に聞いたら、金龍と銀龍というのがいるそうだ。その龍の加護がどんなものか、興味はあるが……」
野崎が欲しかったのは、掌から火を出すとかそういうものだろうか。
以前彼は「魔法というものを使ってみたい」と言っていた。
だったら紅龍の褒美が保留になっているから、火の操作がもらえるかもしれない。
「野崎さんもしかして、派手な火を噴く魔法が欲しいんですか?」
「馬鹿な。そんなものを持って何に使う?火事になるのが落ちではないか」
話をしているうちに、私たちは紫龍のいる塔へたどり着いた。
壊れかけた扉をくぐると、塔の内壁に沿って石段がぐるりと巡らされている。
「……なんとなく、崩れそうな気がするんですけど」
馬淵君は、自分のお腹を見下ろしながら、不安そうに呟いた。
「大丈夫そうよ。ほら」
弁慶が石段へ軽く飛び乗る。
ぼろっ。
足元の石が崩れ落ちた。
「わ、私はここで待っています!」
馬淵君は即座に宣言した。
結局、腰の引けた馬淵君と弁慶は、一階で待機することになった。
「僕が先に行くワン」
ジョバンニがスタスタと階段を駆け上がっていく。私もその後に続いた。
次は小宮山君で、最後に野崎が上ってくる。
上へ行くほど石段はしっかりしていて、崩れそうな気配はなかった。
「馬淵君。上がってきたら?ここらへんは大丈夫そうよ」
「……いえ、命あっての物種です。加護は諦めます」
三メートルはあろうかという重厚な扉を、野崎と小宮山君が二人がかりで押し開ける。
ギシ……ギシッ……
長い年月閉ざされていた扉が、不穏な音を響かせながらゆっくりと開いていく。
その先では、一頭の紫色の龍が待っていた。
今までの龍に比べると大きさは半分ほどしかない。
紫龍は弱々しい声で懇願した。
《封印を解いてたもれ》
ジョバンニは迷うことなく飛び込み、私もそのあとを追った。
後ろでは、野崎がまた魔法陣に手を差し入れて弾かれている。
懲りない人だ。
私は、この魔法陣を通り抜けるには、闇の加護が必要ではないかと勝手に予想している。
弁慶がここまで来てくれていれば試せたのに。今回は諦めるしかなさそうだ。
予定どおりの手順で進め、小宮山君に宝玉を渡した。
魔法陣が消えても紫龍は動けない。
私は、紫龍は他の龍より力が弱く、そのぶん封印の影響を強く受けているのだろうか、と首をかしげた。
だが、灰龍もまた、封印が解けるまでは身動き一つできなかった。
となると、龍の力の差では説明がつかない。
もしかすると、封印陣そのものに違いがあるのではないだろうか。
一人の人間がすべてを作ったのなら、そこまで大きな違いは生まれないはずだ。
だが、複数の人間がそれぞれ封印陣を築いたのだとしたらどうだろう。
同じ設計でも、作り手が違えば出来栄えにばらつきが出る。それは十分にあり得ることだった。
宝珠を受け取ってようやく体が自由に動かせるようになった紫龍は、
《其方に加護を授ければ良いのかえ?》
と聞いてくる。小宮山君は、勇気を出してこう答えた。
「二人に加護はもらえますか?」
《……二人?其方と、其方?》
「いえ、下で仲間が待っております」
《そうか!では、わらわが直々に降りていって加護を授けてやるゆえ》
意外に、腰の軽い龍だ。
紫龍はいそいそとした面持ちで、その場から消えた。
目の前から突然消えてしまった。私たちに不安が走った。
龍に限って約束を違えるなどとは思っていない。だが、下に二人が待っている。
もしかすると紫龍は勘違いして――小宮山君は慌てて階段を駆け下りていく。
私たちもそれに続いて、一階に着いた。
そこには満足そうな顔をして寝そべる紫龍と、呆然と立っている弁慶と馬淵君がいた。
「紫龍っておっちょこちょい……?」
「じゃあ、私は加護がもらえないってことですかぁ」
小宮山君は泣きそうな声でそう訴える。
紫龍はきょとんとして、その後に《あっ!》と声を漏らす。
やっぱり。そそっかしい龍だった。
だが直ぐその後に小宮君に謝りだした紫龍は、
《すまぬ。昔からわらわはこうだ。大丈夫。わらわの加護など幾らでもやるゆえ、泣くでない》
無事、小宮山君も加護をもらった。
紫龍が言うには、《限定された知識しか与えられない。白龍に叱られてしまったゆえ》と、すまなそうにしている。
本当に気弱でおっちょこちょいの龍だ。
この紫龍は、私たちに着いていきたいという。
《わらわは寂しい。以前は多くの学徒がここへ来て、わらわに知識を与えて欲しがった。今は誰も居なくなってしまった……》
野崎は、邪魔だなという顔をして居たが、まさか「だめだ」とは言えない。
結局一緒に封印を解く道行きになった。
白龍はその様子を静かに見守っているだけだった。
何も言わないところを見ると、紫龍が同行することに異論はないのだろう。
白龍は、
《次は、金と銀だ。あの龍たちはいっしょに封印されておるゆえ》
ではこれが終れば、いよいよ黒龍の封印を解きに行ける。




