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弁慶と佐藤さんは、野崎や井ノ瀬博士、そして若い二人にロンゴンの言葉を教えて暇な時間をやり過ごしていた。
ここに野営して一週間が過ぎ、そろそろ不安になってきた。
「白龍はどこへ行っちゃったんだろう」
ぽつりと弁慶がつぶやくのを聞き、チョウランがぎょっとして目を剥いた。
彼の喉からうなり声が漏れ、私たちを睨んだ。
「白龍だと! おまえら、白龍の眷族だったのか!」
弁慶は、無意識にロンゴンの言葉で言ってしまったことに気付き、慌てて口を押さえたけれど、もう遅い。
野崎や私たちは、チョウランには秘密にしようと話し合っていたのに、ここでバレてしまったのだ。
今までチョウランと打ち解けて、話を聞くことができていた関係が壊れてしまった。
チームのメンバーも彼の人柄を好ましく思っていた矢先なのに、今後、彼は私たちを信用しないだろう。
騙されていたと感じてしまったのだから。
ここに来て、ジョバンニが突然口を開いた。
「騙していないよ。君をここにつれて来て面倒見てくれって言ったのは、白龍さんだワン」
「……獣が……喋った……おまえらは、一体どういう種族だ……」
諦めて肩を落とす野崎と、申し訳なさそうな顔で私を見る弁慶。
私は佐藤さんを見て「どうします?」というと、野崎が佐藤さんを伴い前に進み出て話し始めた。
野崎はまだこちらの言葉が話せない。だから佐藤さんが通訳代わりなのだろう。
「私たちは異界から渡ってきた。この世界の生き物ではない。たまたま白龍を助けた経緯で、かの龍の庇護を受けている」
「……異界だと。そんな眉唾で、さらに私を愚弄するのか!」
「本当のことですよ」
野崎は、チョウランにスタンガンや、隠していた医療セットなどを次々と出してみせる。 テーザー銃は見せるつもりはないようだ。
チョウランは恐る恐るスタンガンに手を伸ばし、じっくりと観察し始めた。
スタンガンの出力は最小に設定してあるようだった。
野崎さんが「ここを押し当てて私を撃ってみろ」と、チョウランに促しているのだから。
チョウランは、ためらうことなく野崎さんへスタンガンを押しつけ、引き金を引いた。
私は気が気ではなかった。
いくら出力を抑えているとはいえ、相当な衝撃のはずだ。
野崎は一瞬、「うっ……」とうめき、片膝をついた。
思わず駆け寄ろうとした私を、野崎が手で制した。
「大丈夫だ、榊原君」
チョウランはスタンガンをまじまじと見つめ、驚いたように目を見開く。
「……魔法か⁈」
佐藤さんはゆったりとした足取りでチョウランに歩み寄り、その手からスタンガンを受け取った。
「これは魔法ではありません。科学の粋を集めて生み出された技術です。あなた方の魔法とは、まったく異なるものですよ」
「科学? では、おまえらは本当に異界の住人だというのか……」
「はい。私たちの世界には、あなた方のような人間はいません。それは、この世界に私たちのような人間がいないのと同じことです」
チョウランはその場に座り込み、じっと何かを考え込んでいた。
やがて、ぽつり、ぽつりと口を開く。
「科学は人間が編み出した。そう言ったな。……では、おまえたちの世界に龍神はいないのか?」
「……いないと思います。少なくとも、私たちの世界には実在しません。神話や空想の中では語られていますけどね。私たちも、この世界へ来て初めて本物の龍を見ました。恐ろしいほどの力を持つ存在でした」
一瞬、アルケディアのラドンを思い浮かべた。龍に似た生き物なら、私たちはすでに見たことがある。けれど、あそこも異界だ。今はまだ、その話まで持ち出すつもりは野崎にはないようだった。
「龍は我らにとって、かつては神だった。だが、神はわれらの事を気に掛けなかった。気に入られたものだけが恩恵を受け、その他は見向きもされない。そのような神は我らには必要なくなった。神を封印したことは我らの私怨から来ている。だが、悪いことをしたなど少しも思わないぞ」
チョウランは、ぎりっと歯を食いしばり、言葉を押し出すように話した。
「私には、貴方を非難などできないし、するつもりもありません。ですが、白龍の願いを聞くことにします。私は、神をあのようなままにしておくのは可哀想だと思います」
私がきっぱりと意見を述べると、チョウランは、震えだした。
「神を封印から解く……我らは、きっと仕返しを受けるであろう」
確かに白龍も、紅龍も、腹に据えかねているようだった。
なんとか龍たちの心を鎮めて、カランの人たちの気持ちを伝えることはできないだろうか。
灰龍から依怙贔屓を受けていたと、彼らは憤慨した。
龍にとっては、そのつもりがなかったのではないか。
小さな人の子を、一人ひとり区別して見ていたとは、私には思えないのだ。
ふと、一つの考えが頭をよぎった。
恩恵を受けた者たちは、それを他の部族へ分け与えようとはしなかったのではないか。
龍の加護は偉大な力を持つという。
私はまだ使いこなせてはいないけれど、もしそれほどの力があるのなら、他の部族を助けることだってできたはずだ。
けれど、人は必ずしもそうはしない。
龍は、一人に恩恵を授ければ、その者が周囲へ広げてくれるものだと思っていたのではないだろうか。
私は、白龍に思念を送ってみることにした。
今まで受けることはあっても、思念を送ったことがなかった。
「私には加護がある。思いを乗せればできる。きっと」
イグルーから出て、精神を統一し、白龍を思い浮かべ、そして今までのチョウランから聞いたすべてを思い浮かべて思念を送る。
しばらくすると、白龍からの思念が届いた。
《わらわは、今、紫龍との思念の最中だ。しばらく待っていてくりゃれ》
「紫龍……この次は紫龍の封印を解くことになるのかしら」
しばらくその場で待機していると、白龍から思念が届いた。
《力の使い方が分かってきたようじゃの。して、カラン族とは何のことじゃ?》
私はチョウランから聞いたことを詳しく思念に乗せて行く。
《魔族か。わらわが連れていったかの人の子が話したことは――ゆゆしき事態じゃ!》
思念が途切れた。
次の瞬間、目の前の空間が大きく揺らぎ、白龍が姿を現した。
《これより灰龍のもとへ向かう。準備はよいか》
突然白龍に言われて、私は急いで野崎にこの事を話しに行く。
野崎はメンバーの顔を一人一人見て、
「井ノ瀬博士と佐藤はチョウランとここに待機してくれ。他の者は、白龍についていく」
チョウランは悲壮な面持ちで野崎を見つめた。
「やはり、封印を解くのか」
私は野崎に代わって口を開く。
「私たちのような小さく力もない人間が、龍に逆らうことはできません。だからこそ、龍に事情を話し、理解してもらうしかないと思うんです。」
私はチョウランをまっすぐ見つめた。
「あなたたちの気持ちは、よく分かります。だから、その思いがきちんと龍へ伝わるよう、私も精一杯努力します」
***
私たちの体がふわりと浮き上がった次の瞬間、風が吹きすさぶ山の中腹に立っていた。
凍えるような寒さに突然さらされ、皆は身を縮めながら互いに寄り添った。
《すまぬが、これより先へは、わらわは行けぬ。あの雪山の洞窟に灰龍がおる。あれは怠け者でな。わらわの思念にも応えようとせぬ。》
チームの皆は、慌てて保温シートを取り出し、体に巻き付けた。
――野崎さんの準備のおかげで助かった……。
尊敬の眼差しで野崎を見ると、彼は得意げに口元を緩めた。
「どうだ。備えあれば憂いなし、だろう?」
「本当にそうですね。まさか、こんなことになるなんて思いもしませんでした」
「君は考える前に行動するからな。まったく世話が焼ける」
山はそれほど険しくはなく、道もかすかに続いている。過去に、このあたりの住人が何度も参拝に訪れていたのがうかがえた。
枯れた草が道を覆っているところを見ると、最近は人も来なくなったのだろう。
一キロほどの道のりの先に、大きく口を開けた洞窟があった。
「いよいよだな。灰龍とはどんな力があるのだ? 榊原君は知っているのか?」
「まったく分かりません。でも、今まで龍は色の名前がついていました。その特徴をみんな持っているようでした。でも、灰色とはちょっと予想がつきませんね」
そこで、弁慶が素早く予想を口にした。
「紅龍が火、白龍が空、黒龍が地。翠龍は森で、蒼龍が水……。うーん、灰色か。何となくぼんやりした色だし、怠け者って言うなら……『停滞』とか?」
「それは力と言えるのか?」
「力というより、この世界を成り立たせる役割なのかもしれません。龍は、それぞれ世界の一部を司っているような気がするんです」
「……そう言われれば、そうかもしれんな。だが、ここの龍から加護をもらっても役には立ちそうにない」
野崎の言葉に、その場の空気がふっと和らいだ。私たちは顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
確かに、『停滞』なんて加護を授かっても、あまり嬉しくはない。
洞窟の中は風が入っていないためか、それほど体感温度は下がらないようだった。
それでも保温シートはそのままにして、洞窟の奥へ歩いていく。
しばらく進むと、ぼんやりと龍の姿が見えてきた。
やはりとぐろを巻いた格好で、隅にじっとしている。
かすかにいびきのような音が、ウゴー、ウゴゴーと聞こえてくる。
「寝ているのか?」
「さすが、怠け者の龍ですね。太っちょ?」
馬淵君が半笑いの声で、自分のお腹を見て、そしてまた龍を見た。
私も薄明かりに浮かぶ龍に目をこらす。
今までのすらりとした龍と違い、ずんぐりしているようだ。
洞窟の中心には祠があり、魔法陣もその周りを取り囲んでいた。
私とジョバンニは、これまでと同じく祠に進み、まずはジョバンニに宝玉を取ってきてもらう。
その後、私が祠を壊す、という役割分担に落ち着いたのだ。
さて、祠を壊そうと金槌を振り下ろしたところで、灰龍が目を覚ました。
《……何者だ。我の眠りを妨げし輩は》
野崎が進み出て、白龍から頼まれて封印を解きに来たと告げると、
《封印? 誰が、誰を封印したと申すか》
灰龍はむくりと体を持ち上げようとして、ズーンという音と共に、その場にへばり付いてしまった。
《やや!なんじゃ。体が動かん!》
今の今まで封印されたことも分からなかったようだ。
野崎たちは、呆れてしまって声も出ない。
「今から封印を解きますから、すぐに動けるようになりますよ。それから白龍と思念を交わしてみてください。事情は分かると思います」
私の問いかけに、灰龍はしばらく黙っていた。
《……白龍は……苦手じゃ》
どこか、もじもじしているように見える。
《其方らが、われに事情を話してみよ》
弁慶が、「あたいが、話して上げる」と言って灰龍に近寄り、これまでの経緯を話している。
私は、また金槌を振り上げて、祠を壊していった。
祠が壊れた瞬間に封印されていた体が自由になったようだ。
だけど、宝玉は、まだジョバンニの足元にある。
どうやら灰龍の封印は、祠を壊しただけで解けたようだ。
宝玉を野崎に渡そうとするが、彼は首を振って受け取ろうとしない。
仕方がないので弁慶に渡すと、彼は困ったような顔をする。
「あたい……力はいらないから、別の褒美をもらいたいわ」
《なに、加護を欲しないと申すか。馬鹿な。人は皆欲しがるぞ。われの加護は――時間を操れるのだぞ》
それから灰龍は、自らの力を、蕩々と述べ始めた。
時間を操り、運命を支配する。そして終末を迎えるまで灰龍はこの地を守るのだそうだ。
《龍の加護にはそれぞれ得意不得意があってな。われの場合は時間だ。力を使うときはゆめゆめ気安く使ってはならぬ。心せよ》
そう言うや否や、灰龍は勝手に弁慶へ加護を授けてしまった。
弁慶は目を丸くしたまま、
「……え?」
と、間の抜けた声を漏らす。
欲しくもない上に、使いどころの難しそうな力を押し付けられてしまったのだ。
私は一応、白龍へ思念を送ってみた。もしかすると、この加護をどうにかしてくれるかもしれないと思ったからだ。
ほどなくして、白龍が姿を現す。
それを見た灰龍は、みるみる首をすくめ、大きな体が小さく縮こまってしまった。
《灰龍! 其方の怠惰のせいで、この世界が壊れるやもしれん。どうしてくれる!》
まるで、怖い姉に叱られた怠け者の弟のようだった。




