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佐藤と馬淵はトーガ村へ降りていき村人の話を聞くことになったのだが、そこに一つの問題があった。
佐藤にはトーガの人々の言葉が分かったのだが、馬淵にはてんで通じていなかったのだ。
改めて考えてみれば、白龍から言葉を植え付けられたのは、弁慶と佐藤、榊原と畑山だけだった。
「参ったな」
佐藤はため息を吐いた。
「済みません、これから言葉の体系を整理して、学ばなければなりませんね」
「仕方がないな……確か君は速記ができたな」
「はい」
「では私が通訳したことを書いてくれ」
数人の村人に話を聞いただけで、たいした成果もなく佐藤たちはその日の調査を終えて、拠点に戻った。
弁慶たちは、通信アンテナをすでに設置し終えて戻っていた。
「佐藤さん、良いんですか。畑山さんのことをそのままにして」
井ノ瀬博士は、申し訳なさそうに尋ねた。彼女が居眠りしている間に、畑山が日本へ戻ってしまったのだ。
今頃は大変な騒ぎになっていることだろうと、肩を落としている。
「井ノ瀬博士。心配は要りません。今頃畑山は腰を抜かしていることでしょうね」
「?……どういうこと」
佐藤と弁慶は目配せをして、話そうかどうしようかと逡巡しているところに異次元ドアが反応して、そこから野崎が現れた。
数人の屈強な男も一緒だった。
彼らは大きな荷物を抱え、何度も異次元ドアを行き来し始めている。
「野崎CEO。我慢できずにやはり来ましたか」
佐藤がニヤニヤしながら野崎に向かって言うと、野崎は大荷物を足もとに下ろし、苛立ちを隠そうともせず叫んだ。
「当たり前だ! せっかく君たちを、ごたごたから隔離したつもりになっていたのに、また榊原君が問題を引き起こしたんだぞ!」
「そうでしたね。いつものことですから。で、真垣さんは了承したんですか?」
野崎はばつが悪そうに目をそらし、鼻の頭をかきながら口を開いた。
「ああ……やっとな。あのときは切羽詰まっていて、強引に事を進めたせいで、真垣はへそを曲げてしまった。だが、じっくり事情を説明したら分かってくれた」
弁慶が満面に笑みを浮かべて飛び上がる。
「真垣さんとまた一緒に仕事ができるわ!もなっちも喜ぶでしょうね!」
野崎は意地の悪い表情を作り弁慶に口止めした。
「それは榊原君にはまだ内緒にしよう。こんな問題を起こしたんだ。少し、お灸を据えてやる」
井ノ瀬は皆の話を聞きながら次第に緊張がほどけていったようだ。
そして荷物を見て首をかしげ野崎に聞く。
「ずいぶん大荷物ですね。食糧ですか? 村人から分けてもらえるので、食料の心配はなくなったんですけど」
野崎は荷物をぽんと叩いた。
「これはドローンだ。榊原君の探索に使う」
そして佐藤に野崎は指示を出す。
「佐藤君。異次元ドアのリンクを切ってくれ。私は本社の仕事が山積みで、何日も職場を空けるわけにはいかない。幸い、この世界では時間が日本の百倍の速さで流れているんだろう。こちらで何日捜索しても、日本ではわずかな時間しか経たない。これほど都合のいい条件はない」
佐藤は黙ってうなずき、異次元ドアへ歩み寄った。
***
ドローン百機を飛ばし終えると、弁慶はパソコンの前へ陣取った。
AIを駆使し、次々と送られてくる映像を解析していく。
一方、野崎は井ノ瀬博士と馬淵を相手に、この世界の言語体系の整理を始めていた。
そして、同行してきた三人の屈強な男たちは、腰に拳銃と大型のサバイバルナイフを下げ、周囲を厳しく警戒している。
「ここの世界の神が言葉をインプットしてくれたというのは本当なのか?」
野崎は半信半疑ながら、ボソッと佐藤に問い質していた。
「ええ、本当ですよ。モナミの機転のお陰です」
「……偶には役に立ったのか」
「それはちょっと言い過ぎです。モナミは今まで、異世界を探し当てたり神々との友好関係を築いたりと、我々には考えられないくらいの活躍ですよ」
「確かにそうだが。榊原君はその何倍も厄介ごとに首を突っ込む」
「フフ、それはモナミの特性みたいなもんですから。諦めてください」
「それって、どういう意味ですか! 佐藤さん!」
聞き覚えのある声に、一同が一斉に振り返る。
そこには、頬を膨らませて憮然と立つ榊原モナミの姿があった。
***
白龍は泉のある洞窟に転移した。
私はしばらく、その様子を見守っていた。白龍は忌々しげに祠のある小島を破壊し始めたのだ。
その姿を見ているうちに、神に対して魔族がしてきたことは、やはり許されるものではないと改めて思い知らされた。
私に対しては優しく丁寧で、そして母親のような行いだった白龍が、どれだけ肝に据えかねていたのか。
胸に迫るものがあった。
その場を静かに後にし、拠点へ向かったのだが、そこで、聞き捨てならない言葉を耳にした。
「……モナミの特性みたいなもの」
私が問題を起こすのが、特性だと言われて、むしょうに腹が立った。
「それってどういう意味ですか!佐藤さん!」
一斉にこちらを見ている面々の中に、野崎の姿を見つけ、思わず体が固まった。
「榊原君!どこから湧いて出た?」
湧いてでたとは、まるでゴキブリかお化けみたいではないか。
野崎に対してもイラッとする。萎みかけた怒りが、熾火のようにくすぶりだした。
「……白龍に戻してもらいました。一時的ですけど」
「一時的だと。またどこかへ連れ去られる。そういうことか!」
野崎は私の腕をつかみ、ここには置いておくわけには行かないと言って異次元ドアまで引っ張っていく。
「ま、待って野崎さん! 白龍と約束したんです」
「約束だと!君はまた余計なことをしでかしたな、そうなんだろう」
「余計なことじゃありません。可哀想な龍の神様たちを解放して上げる。そういう約束です。まだ六柱の龍が封印されたままなんです」
野崎はイライラし始めた。そして、
「どうしても神を助けるというのなら、君は首だ!ディメンションリンク事業部ではもうこれ以上面倒見切れん!」
くすぶっていた怒りが燃え上がり、私も売り言葉に買い言葉で、こう言い返した。
「いいです。それで。私、辞めます!」
そこへ佐藤さんと弁慶が慌てて割り込んできた。
「モナミ、まずは詳しい話を聞かせてくれないか?」
「そうよ、もなっち。神様を助けるって、私たちも手伝えるかもしれないわ」
彼らになだめられ、私はどうにか怒りを抑え込んだ。
すうっと鼻から息を吸い、ゆっくりと口から吐き出す。
燃え上がっていた怒りが、少しずつ静まっていく。
私は気持ちを落ち着けると、最初から順を追って話し始めた。
それでも、野崎の方だけは見なかった。
一度でも目が合えば、せっかく収まった怒りが、また噴き出してしまいそうだったからだ。
「……と言うわけで、魔族は神を蔑ろにするようになったそうよ。それどころか、神を封印して自分達の世界にしようとしているの。この「ロンゴン」を」
野崎はビクリと肩を跳ね上げ、私に向かい指を突き出した。
「君はさっき、名前のない世界だと言っていなかったか。この世界にまで名前をつけたのか!」
「いえ……心の中で……こっそりと思っているだけです」
「……こっそりとだと……影響はないんだな」
「たぶん」
佐藤は吹き出しそうになるのを必死でこらえるように、ひとつ深呼吸をした。
「野崎、CEO……そ、そんなことよりも、今モナミは加護を授かったと言いませんでしたか⁈どんなものか聞きましょう」
「お、おお。そうだ。闇の力とは、どんなものだ?」
弁慶が「まるで魔法ね」とぼそりと言う。
私は俯き、そしてチラリと野崎を見て、また伏せる。
自分でもまだ使いこなせていない力を、どう説明すればいいのだろう。そうだ。ジョバンニの水の操作なら一目瞭然ではないか!
「ジョバンニ。水の操作を見せて上げましょう」
「分かったワン!」
「な、なんだ。ジョバンニが変な鳴き方をしているぞ。呪いか?」
「野崎さん。ジョバンニも白龍に言葉をもらったんです。彼は今、こっちの言葉で話すことが出来ます」
皆を洞窟の外へ連れ出し、ジョバンニに水の操作を見せてもらうことにした。
「クーン……ワオーン!」
次の瞬間、ジョバンニの口から激流が噴き出した。
凄まじい水量は山肌を一気に駆け下り、滝のような轟音を響かせて流れ落ちていく。
野崎たちは口をあんぐりと開け、その光景を見つめていた。
「……魔法だ」
「ね、ジョバンニってすごいでしょ。彼がいれば、お風呂も飲み水にも困ら無くなるわ」
「犬の口から出た水など、飲めるか!」
辛辣な野崎の言葉にジョバンニは耳を垂れてしょんぼりする。
可哀想でしょう。野崎は、酷いと思う。
だが、その直後だった。
野崎は真顔で腕を組み、ぼそりと言った。
「……神を助ければ、加護がもらえるんだな」
私たちが顔を見合わせる。
「よし。私もその作戦に加わる」
「ええっ!?」




