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白龍の言っていた加護とは、一体何なのか。
私には、自分にどのような加護が与えられているのか、まったく分からない。
たぶんジョバンニにも、同じように加護が与えられているはずだ。
「ジョバンニ、どんな加護をもらったのか、分かる?」
「うーん。何となく、外側に膜が張っているって感じだワン」
そういえば、黒龍からも、そんなオーラが出ていたような気がする。
試しに、ジョバンニに腕をかじってもらうことにした。
「ええーっ! モナミをかじっちゃうの?」
「いいからやってみて。でも手加減はしてよね。もし違っていたら大怪我だわ」
ガブリッ!
「痛っ……くないかも」
今度はジョバンニに私が噛みついて確かめようか――。
そんな話をしていると、白龍が呆れたように口を挟んだ。
《与えられた加護とは、そのような小さなものではない。其方らは、黒龍の性質の欠片を分け与えられたはずじゃ》
「性質って?」
《黒龍は闇を司る龍である。その力の一端が、其方らにも宿ったのじゃ》
「闇の力…」
《うむ。もっとも、それを自在に使いこなせるようになるには、まだしばらく時が必要であろうがな》
そう前置きすると、白龍は北の魔族と呼ばれる者たちの来歴を静かに語り始めた。
《彼奴らも、元はトーガの者たちと同じく、龍が生み出した人の子じゃ。》
《始めの頃は、我らを深く敬い、よく尽くしておった。ゆえに龍も彼らを愛し、知識や力――そなたたちの言う「加護」を惜しみなく授けたのじゃ。》
人々は授かった力を磨き、その使い道を広げていった。
だが、その中の一人が、力を別の目的に用いる術を探し始める。
《北の魔族と呼ばるる者らは、やがて慢心した。そして我ら龍を、己らより下の存在と見なすようになりおった》
『龍の力など恐るるに足りず。世界を支配するのに、龍はもはや必要ない』
彼らはそう思い上がり、ついには龍を封じる魔法陣まで生み出してしまったのだった。
魔法陣は、基本的に闇の力を使うという。
黒龍は、自ら授けたその力によって封印されてしまったのだ。
しかも、誰よりも可愛がっていた人の子の手で……。
なんという因果な話だろうか。
白龍は、私たちに加護をわざと与えなかったのだという。
褒美を問われてから、それだけを与えるにとどめたのには、そうした経緯があったからだ。
だが、性懲りもなく黒龍は、私たちに加護を与えてしまった。
《ほんに我が番はお人好しにも程があるの。そこがまた愛おしゅうての……》
のろけているようだ。
龍の、人間めいた一面を垣間見て、私もつい顔がほころんでしまう。
白龍は、《さて、そろそろ行くかの》と言うと、草原の先へ視線を向けた。
そこには、大きな川がゆったりと流れている。
《次は、あの川の中へ向かうぞ》
「えっ!?」
私は思わず声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 川の中じゃ息ができないわ!」
だが、白龍は《気にするでない》と、それだけ言うと、私の抗議など意にも介さず、さっさと転移してしまった。
川の小さな中洲に、私たちは立っていた。
ほっとしたのもつかの間、足もとからじわじわと、中洲から水の中へと体が引っ張られていく。
「ちょ、何よこれ!」
「体が勝手に引っ張られていくっ!」
私たちは、そのまま深い水底へと引き込まれてしまったようだった。
だが、不思議なことに呼吸はできる。
体の周りに、丸く空気の層ができているようだ。
白龍は、今度も一緒には来ていない。
念話で話したところによると、封印陣に近づけば、龍は取り込まれてしまうおそれがあるのだという。
水の底に目をやると、やはり小さな祠が見つかった。
祠の傍らで、水色の龍が力なく身を横たえていた。
私たちに目を向け、期待に目を輝かせている。
《白龍から知らせがあったぞ。早う、わらわを解放してくりゃれ》
ここは、私も一度試してみる必要がある。
今まではジョバンニに頼りきりだったけど、加護をもらった今なら、できる気がした。
用心深く魔法陣に近寄り、そっと足を乗せてみる。
『弾かれない! 良かった』
そして、真ん中に据えられた祠まで行って、はたと立ち止まる。
『入り口が小さすぎて、中には入れそうにないわ……』
手を伸ばして中を探ってみても、どこにも宝玉の感触がない。
『モナミ、僕に任せるワン!』
結局、ジョバンニに宝玉を取ってきてもらう羽目になったのだ。
祠の中は深く掘り込まれているそうだ。
ジョバンニくらいの大きさでなければ、入り込めなかったのだ。
今回も役に立てなかった私は、今度は祠を壊してみればどうだろうと思い至る。
どうせ封印するために、人が作り上げたものだ。
壊しても問題はないだろう。
水色の龍だから水竜という名前かと思いきや、本龍いわく、「わらわは蒼龍だ」と名乗った。
《誠に助かったぞ。加護は与えてはやれぬが、褒美をつかわす。何が良いか、言うてみるがよい》
「ジョバンニ、何が良いか言って。助けたのは君なんだから」
「……じゃあ、僕、いつまでもモナミと一緒が良い」
それって、褒美のしようがないのでは?
蒼龍も困ったように首をかしげた。
そこで白龍が助け舟を出す。
《のう、蒼龍よ。この者たちは異界より来たる者たちじゃ。この先、我らへ危害を加えることもあるまい。次は紅龍を解放せねばならぬ。そのためにも、其方の加護が必要なのじゃ》
蒼龍はしばらく考え込んでいたが、やがて小さくため息をついた。
《……仕方あるまい。白龍がそこまで申すなら》
水色の体から淡い光があふれ出し、その光はゆっくりとジョバンニへ吸い込まれていった。
蒼龍は渋ったわりに面倒見が良く、水の操り方を一から丁寧に教えてくれた。
草原へ戻ると、手取り足取り……と言いたいところだけれど、相手は巨大な龍だ。
白龍に空中へ浮かせてもらった蒼龍が、念話でゆっくりと指導を始める。
《そうじゃ。心に水を思い描くのじゃ……》
《うむ、そのまま念を込めよ》
《そう、そう。上手いぞ。では、撃ち出してみよ》
「クーン……ワオン!」
次の瞬間、ジョバンニの口元から大量の水が噴き出した。
「きゃあっ!」
あたり一面が、まるで洪水になったかのようだった。
***
草原に横になり、夜空を見上げた。
今夜はここで野宿ということになったのだ。
私たちを守るように、白龍は長い体を横たえていた。
なぜかお腹は空かなかった。
「変だわ。なぜ、お腹が空かないのかしら……」
「く〜ん」
《其方らには術をかけさせてもらった。この先まだ仕事をしてもらわねばならぬ。食事など、些末なことに気をもまないようにな》
食事が些末なことだとは思えないけど、食糧の調達は大問題だ。
でも、食糧の心配をしなくて済むのなら、それだけ探索に集中できる。
そう考えれば、確かにこの術は有益なのかもしれない。
星を見上げながら、白龍に、この世界の名を尋ねてみたが、白龍は首を横に振った。
《この世界に、名などない》
代わりに白龍は、この世界の始まりを語ってくれた。
宙空に、巨大な渦あり。
やがて渦は固まり、そこから我らが始祖なる古代の神龍が現る。
始祖なる龍は、天と地を分かつため、白龍と黒龍を作られた。
その後、七柱の龍を作り終え、神龍は静かに眠りについた。
それが、この世界に伝わる神話なのだという。
白龍たちは、その神話の時代から今なお生き続けている。
いったい、どれほど気の遠くなるような歳月を見つめてきたのだろう。
私には、想像することさえできなかった。
私はこっそり、心の中でこの世界のことを、
「龍神が統べる世界、龍の宮」と名前をつけて呼ぶことにしたのだった。
翌朝、私たちは白龍に連れられて、霊峰「炎山」へと転移した。
そこは、いわゆる活火山だった。
頂は円形にくり抜かれていて、ややお椀のような形に見える。
そこからは、絶えずあちこちから有毒ガスが立ちのぼり、ときおり溶岩が噴き出す。
恐ろしげな場所だった。
お椀型の中央には、やはり祠があり、その周りには魔法陣が描かれている。
そこだけは有毒ガスも溶岩も影響がないと、白龍は言う。
だけど、これを見るかぎり、近づくのは無理なのではないだろうか。
少し、腰が引けてしまう私だった。
《案ずるな。其方らには闇の加護が付与されておるではないか。多少のことでは死なぬ》
そうだろうけど、不安だ。
闇の加護がどこまで有効か、実験もしないで、いきなり実戦だなんて。
「ジョバンニ、とりあえず熱くないように、水を出してくれる?」
「クーン……ワオーン」
大量の水が、目の前の溶岩にぶつかり、もうもうと水蒸気が立ちのぼる。
周りの視界は最悪だ。
失敗だったかも……。
でも、しばらくすると視界が開けてきた。
意を決して、お椀の底を目指して歩き出す。
足元には、固まったばかりの溶岩がごつごつと転がっている。
普通なら、とても踏みしめて歩ける温度ではないはずだ。
それでも熱さはまるで感じない。
やはり、黒龍の加護が効いているのだろう。
ようやく祠に辿り着く。
「よし!あとはこれを壊せばいいだけだ」
そしてまたもや思いとどまる。この、石の祠を壊すには、無手では無理っぽい。
自分の掌を見つめて項垂れてしまった。なぜ私は、鑿や金槌を用意してこなかったのか。
「ジョバンニ……お願い……」
「わん!任せて」
ジョバンニは祠の中に消えていく。私は回りを見まわした。
そういえば、ここに龍の姿が見えない。どうしてだろう。すると、少し離れた場所で溶岩がぼこりと盛り上がった。
真っ赤な飛沫が散り、その奥から巨大な龍の頭だけがゆっくり姿を現す。
「あのー。紅龍さんですか!」
《いかにも、我は紅龍じゃ。我を謀ってまた何やら企んでいるようじゃな》
「とんでもないです。白龍さんから連絡がありませんでしたか?」
《それも其方らの企みであろう。その手には乗らぬ》
疑り深い紅龍は、その後も私から目を離さず、じっと成り行きを見守っていた。
そこへ、祠の中から宝玉をころころと転がしながら、ジョバンニが姿を現す。
紅龍の視線は、一瞬で宝玉に釘付けになった。
《そ、それは……我の宝玉!》
私は宝玉を拾い上げると、紅龍のほうへそっと差し出した。
次の瞬間、紅龍は勢いよく穴から飛び出し、宝玉をひったくるようにつかみ取る。
《我の……我の宝玉じゃ……》
紅龍は宝玉を抱きしめたまま、大きな目をらんらんと輝かせ、私とジョバンニをじっと見据えている。
敵意なのか、それとも警戒なのか。
その視線の意味が分からず、私はどうしていいのか分からないまま立ち尽くしてしまった。
そのとき――
白龍が、ふわりと私たちの前へ舞い降りてきた。
《いい加減にせぬか! わらわの念話も無視していつまでもいじけておる。ほれ、これで其方も自由じゃ。この者らに褒美をあげよ》
《……かつて我らは人の子に謀られてこのような目にあったのじゃ。疑うのは当然ではないか。今更詫びに来たとて、許せるものではないぞ!》
《この者らは異界から渡り来たる者ぞ。わらわの人の子とは違うのじゃ。さあ、とくと見よ》
《とくと見よ》と言われた紅龍は、その大きな目でじっと私とジョバンニを見つめる。
そして、だんだんと顔を近づけてくるのでたまらない。
巨大で恐ろしげな口。ぞろりと生えそろった牙。
うねうねと動く髭が、とてつもなく気味が悪い。
「あ、あんまり近づかないでね……ちょっとだけ怖いかも……」
《ふ……》
「ふ?」
《ふ……ふはははは!そうじゃ、こんな気味の悪い人の子は我の作りだした人ではないな》
なんて失礼な龍だろう。
元がトカゲと、元が猿ではそれは違うだろうけど、気味が悪いと言うほど違いはないと……思いたい。
因みに紅龍からの褒美は保留にしてもらった。
今は何も欲しいものがなかったという表向きの理由で、本心では、少し怖そうな紅龍から何かをもらうのは遠慮したかったからだ。
白龍にまた転移で移動させられそうになって私は慌てて、お願いした。
「一度拠点に帰らせて。みんなが心配している。だから、お願い」
白龍は、なかなか首を縦に振らなかった。
《其方は異界へ戻されてしまわないか⁈》
「……大丈夫よ。今度は、私も心を強く持って、自分の希望をちゃんと伝えるから」




