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島に戻りペットたちと寛いでいると、愛菜から連絡が入った。
「野崎CEOは、先輩は夏の長期休暇に入っていいとのことです。まだまだこっちは時間がかかりそうですからね」
今私が開発部のメンバーといても力にはなれない。野崎CEOは、そう判断したそうだ。
「先輩って次々と仮説を言い出すから、それに引き回された過去がありますから。弁慶さんが忠告していました。すみません」
はっきりものを言ってしまったと思ったのか、愛菜は申し訳なさそうに謝ってきたが、私は気にならない。確かにその通りなのだから。
「まあね、私がいれば、かえって混乱させてしまうもの……」
いつも私の勝手気ままなアイデアを形にしてくれているのは、弁慶や佐藤さんだ。私は研究者とは名ばかりの役立たずなのだから。
「何かあったら連絡してくれて構わないから……あの……愛菜だったら構わないから……その」
「分かってますって。野崎CEOが苦手そうですもんね、先輩は」
夏の長期休暇とはいうものの、私の休暇はここでジョバンニたちとゆっくりすることだ。
そのために、この孤島を手に入れたのだ。
人の中に長くいると、神経が疲れてしまう。
昔はそうでもなかったが、大学へ行っていたときに、自分は人と馴染めないのだと身にしみた。
「モナミは空気が読めなくて、周りをしらけさせる」
親しかった友人にそう言われて愕然とした。その後もたびたび似たようなことを言われて、それから、人とは距離を置くようになった。
一時期は本当に参ってしまい、精神科に通ったこともあった。
今は、自分に無理のないように過ごす。それが私の指針だ。
じっとしていると、頭の中でさまざまな理論や仮説がぐるぐると回り、それさえも、私を疲れさせる。
だが、ジョバンニたちと話していると、それがすっきりとする。何も考えることなくぼんやりできる、貴重な時間なのだ。
家の窓を開け放ち、海に沈む夕日を眺める。
小笠原諸島は一応は東京都だが、ここは別世界だった。南国の海に南国の植物や虫、小動物。
以前住んでいた住人が植えただろう、小さめなバナナも自生している。
私はここに来て、完熟バナナを生まれて初めて食べた。
台風は怖いが、その時は堅固に作られた家の中に縮こまっていればいい。
地下室まで作ってあるのだから。でも万が一の時には異次元ドアで逃げることもできる。
「台風は今のところ大丈夫みたい。みんな外で遊ぶ?」
二、三日後には台風が通るという予報があるが、今日はまだ大丈夫だ。
嵐の前の静けさにふさわしい、穏やかな一日だった。
ジョバンニはもう、ゆっくりとしか歩けなくなったけれど、ミックスのぺぺや柴犬のコタロウは元気いっぱいに走り回る。
彼らは保護犬だった。
ジョバンニは五年前、隣人が引っ越すときに譲られた犬だ。保健所に連れて行くという話を聞き、私は慌てて自分が飼うと宣言してしまった。
ペットなど飼ったことのなかった私だった。初めはおっかなびっくりだったけれど、今では大切な家族になっている。
「チャンタ、ミミ。ねずみは持ってこないで。分かった?」
ミミは小首をかしげているけれど、よく私に戦利品を自慢してくる。あれには本当に困っている。
「褒めてあげればいいのかしら。叱るのは違うような気がする……」
未だに本とにらめっこの毎日だ。『猫の飼い方と猫の気持ち』を読んではいるが、イマイチ上手くいっていないような気がする。
妙に懐いてくるときもあれば、機嫌が悪いのか、ひっかかれてしまうときもある。
この島には小さな砂浜はあるけれど、あとは切り立った崖と、ゴツゴツとした火山岩ばかりの荒々しい土地だ。
とても農業には適さないだろう。
ここに来て、まだ数ヶ月。これからじっくりと島を回ってみるつもりだ。
「もしかすると、温泉が湧いているかも……」
元は火山地帯だったはずだし、自然の温泉があれば儲けものだ。
島巡りを終えてジョバンニたちをお風呂で洗い、一息つく。
「温泉、見つからなかったな。ジョバンニ、温泉があれば気持ちいいのにね」
「ク~ン」
ドライヤーで、ペットたちの毛を丁寧に乾かしている。単調なドライヤーの音を聞いていると意識がだんだんぼんやりとしてくる。
ふと、ひとつの考えが頭をよぎる。
――異世界にも生命はいるはず。同じ宇宙の中にだって、人間が住めそうな惑星があると言うのだから。
異世界とは、この宇宙のどこかにあるのか。それとも、まったく次元の違う宇宙なのか……。
そこに人間のような生命がいたとしたら。これから私たちが転移したとき、諍いが起こるのではないだろうか。
携帯を開いて愛菜にメールを打つ。
《知性のある生物がいる場所を排除》
「人間のような生き物がいない世界を思い浮かべることは、可能だろうか……」
私の頭の中では、知らず知らずのうちに思考がとめどなく巡っていく。
「人が未だに現れていない古代の地球のような異世界……自然豊かな楽園……」
目の前の真っ赤な異次元ドアを見つめながら……
***
野崎の専用フロアには今や各種の機材が持ち込まれ、以前の洗練された空間は木っ端微塵になってしまった。
床にはケーブルが這い、壁際には仮設ラックが積み上がり、モニターの光が昼夜を問わず点滅している。
開発部のメンバーは自分のマンションには戻らず、ここに泊まり込んで日々、喧々囂々と意見を言い合っている。
その傍らで愛菜は我関せずといった様子だった。その姿を見て、野崎はため息をつく。
自分で招いた結果とはいえ、プライバシーもへったくれもなくなってしまった。
「榊原君は、今頃海外か?」
「へ? 先輩が海外旅行ですか……あり得ませんね。島でペットと仲良くお散歩……でしょうね」
「そういえば、ペットを飼っていると言っていた。ペットがいれば気軽に旅行へは行けないか」
「そう言うんじゃなくってですね、先輩の癒やしでしょう。人には心を許せないって言うタイプですもん」
「……」
人に打ち解けないタイプ。確かにそうだと、野崎は思い出していた。
自分とは絶対にエレベーターに乗るのを避けていると感じていたが、それは自分に限らず、誰とでも距離を置いているだけだということらしい。
そう考えると、なぜかほっとした野崎だった。
そこで、愛菜の携帯がブルブルと震えた。
「あれ、噂をすればですね。先輩どうしたんだろう」
「榊原君からのメールか?」
「はい、弁慶たちに伝える、異世界の条件ですね」
異世界の条件? 他にも何か思い付いてしまったというのだろうか。
愛菜の携帯を覗くと、
『知性のある生物がいる場所を排除』
とだけ書かれていた。
言われてみれば、確かに可能性は大いにあることだった。万が一、人間の様な生命がいる場所に行ったとして、そこの生命は我らを受け入れるだろうか。
反対の立場になれば、明白だ。
だが、自分でも半信半疑な異世界というものを、彼女はすでに存在すると確信しているような指示文だ。しかも一つではないという確証があるようだ。
「彼女の頭の中はどうなっている?」
「まあ、先輩ですからね。凡人にはよく分からないです」
――確かに、凡人の我々には推し量ることなどできそうにない。
野崎は腕時計に目を落として気持ちを切り替える。
「そろそろ昼時だ。みんな休憩してくれ」
「ところで、進捗具合はどうなっている?」
それに弁慶が答えた。
「AIが出した仮想モデルは五百を超えちゃったね。今、もなっちが提案した条件を入れてもう一度精査し直しているとこよ。これならかなり絞れそうだわ」
とはいえ、それはあくまで異世界の可能性を演算したものに過ぎない。
「まるでラノベ小説の世界観を作っているみたいだな」
弁慶は苦笑した。
「問題は、人間の思考パターンに都合よく合う世界が、本当に存在するかどうかです」
「我々には、異世界は見つけられないと言いたいのか?」
「アメリカの学者が戻ってきたのなら異世界はあるでしょう。ですが、詳細を教えてもらえないのは、痛いですね。それが分かれば話が早かったんですが……」
佐藤が、モニターから目を離さずに報告する。
「さっき、脳波パターンと座標の連携が出来上がったところです。望みはこれに託すしかないですね。片っ端から試す、ローラー作戦って奴です」
「そうか。では初期の異次元ドアはやはり使わない方針は変えない、ということか……アメリカはその方向らしいのだが……」
「とんでもないですよ。初期のモデルは不安定すぎてどこへ飛ばされるかも分からない。座標との連携は必須です。あたいたちが作った安全設計は外せませんね」
愛菜が用意して置いたサンドイッチをほおばりながら、佐藤が気になることを呟く。
「今朝の天気予報見たか?」
「ああ、見たわ。もなっちの島に直撃ね。台風六号」
「大丈夫なのか。榊原君は……連絡してみるか」
携帯を取りだした野崎を見て愛菜が慌てて、「自分が連絡しますから」という。
野崎は面食らった。――まるで自分からの連絡を阻止したように感じたのだ。
「出ませんね。携帯持っていかなかったのかしら」
「ああ、もなっちはたまにそうするね。一人になりたいとき……電源切っていることもある」
「そうだったな。思索にふけっているのかもな」
野崎は不吉な予感に囚われて落ち着かない。
「君たち、メンバーのことが心配ではないのか。榊原君の島の座標を教えなさい。私が行って、無事かどうか確かめてくる!」




