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野崎は、メンバー全員の携帯を預かり、書類を配った。
書面には、こう書かれている。
「今後、以下の事項について他言した者は、国家機密相当の案件につき、守秘義務違反として刑事罰の対象となる」
陳腐な文言だが、野崎には、それを実行するだけの力がある。
私はぶるりと震え、書類を突き返した。
「こんなのにはサインできません。私は抜けさせてもらいます」
他の三人は、みんなサインし終わったようだ。
野崎は、私のほうをちらりと見ただけで、かまわず話を続ける。
慌ててこの部屋から出ていこうとしたが、野崎に止められてしまった。
「榊原君には是非ともメンバーに加わって貰わないと困るんだ」
「なぜですか。私がいなくても、異次元ドアは存在しています。問題は人間にあるわ。少し、意識を変えるだけでだけで……あ……」
「そこだよ。君は意外な発想を出してくる。早速、いい仮説を出してくれた。ふふふ――そうか、人の意識の方を変えるとは……考えてもみなかったな」
他のメンバーたちは、それぞれの思いを乗せて、私に伝えてくる。
「もなっち。諦めろ。あたいたちは一蓮托生だ」
「そうよ。それに面白そうじゃない、これ」
「ああ、刺激的な研究だ。それにモナミ。ちゃんと金額を確認しろよ」
佐藤さんに言われて書面に詳しく目を通すと、そこにはとんでもない金額が書かれていた。
「……こ、これ、年収ですか?」
「月額だ」
月額……一千万……。
このほかにも成功報酬や免責事項なども書かれていたが、いまはその月額一千万が頭の中を駆け巡って、ほかの文字が目に入らない。
フラフラといつの間にかサインしてしまっていた。
そんな私をチラリと見てから、野崎はまた話し始めた。
「各国が、以前の異次元ドアの研究に戻ったのには理由がある。弁慶君。心当たりはあるかな?」
「数か月前に、行方不明だった科学者が見つかったことに関係ありそうですね」
「ああ、その通りだ。行方が知れない科学者は、世界各地で十数名いた。その中の一人、アメリカの物理学者が、いまアメリカ政府に身柄を拘束されている。その直後からアメリカは、異次元ドアの新たな可能性に目をつけたという話だが、詳細は伏せられている」
愛菜が首をかしげて質問する。
「確か科学者がいなくなったのは今から十年以上前です。その物理学者さんはお年寄りだったはず。生きていたんですね」
「不思議なことに、彼の見た目年齢は変化がなかったという報告がある。確かなことは分からないが、これを知らされた一部の学者が仮説を立てた」
それを聞いて弁慶は「異次元に嵌まっていた、かもしくは――時間の歪みか……」とささやいた。
「日本のある学者の見解では、異世界へ行っていたのでは、ということだった」
野崎は私たちを見まわし、真剣な眼差しで断言した。
「日本政府は異世界へ行ってなにをしようとしているの……」
私がぽつりと呟くと野崎はすかさず私を見てこう言った。
「異世界があるということは、資源があるかもしれないということだ。各国は未知の資源を求めて今躍起に研究開発している。日本も遅ればせながら着手し始めたのだよ。榊原君」
初期の異次元ドアのモデルは、学者たちの間では神の介在があると、まことしやかに語られていた。
彼らがそう論じたのは、「移動する場所を明確に意識すればそこへ行けるが、漠然と思い浮かべれば、とんでもない場所へ移動してしまう」という結果をふまえたためだ。
たとえば、ある人が「海へ行きたい」と思い、異次元ドアを通り抜けたとする。
その者は、地球の反対側の海岸へと出現してしまうということが、頻発したのである。
漠然とした希望を、神が拾い上げてその者を移動させたように見えた――
彼らは、そう結論づけたのだそうだ。
その論文を見たときの私は、鼻で笑っていた。
「そんな、神様が一々介在するほど暇だとは思えないわ」
てな具合だった。だけど今、もう一度考え直してみる。
明確な指示、もしくは想像が大事なのなら、異世界があると言う事を踏まえて考える。
異世界とは一体どのような世界か――異世界へ行って戻った科学者は、一体どんなことを思い浮かべていたのかだ。
「一番大事な部分は、きっとそこだわ……」
「あら、もなっち。いつものひらめきね!」
「ひらめきだなんて……そんなものじゃないわ。過去の実験結果を見れば明白よ」
過去、幾度となく繰り返された動物実験。
人に飼われている動物は、九〇パーセントの確率で主人のもとへ出現した。もちろん、GPSをつけた動物たちだ。
一方、野生の獣は、そのほとんどが捕獲された場所に出現した。
動物にも意識があるという、何よりの証明だった。
「榊原君。まさかもう結論が出たとは言わないよな……」
「いえ、たぶん出ています。問題は、異世界が一つだろうかということですね」
「……何だと!」
メンバー全員が絶句したのはほんの一瞬だった。
けれど、彼らは私に慣れすぎていた。 “もなっちが何か言った=もう理論が動き出した”という、あの独特の空気を知っている。
だからすぐに、それぞれの役割へと戻っていった。
弁慶はタブレットを取り出し、 「AIで演算させるよ。異世界の層構造、どこまでモデル化できるか……」 と、すでに計算を走らせている。
佐藤さんは、 「人間が生存しうる環境条件を洗い出す。酸素濃度、重力、温度……全部だ。そして万が一のための装備……宇宙服の手配が……」 と、ホワイトボードに条件を書き始めた。
愛菜は、 「えーっと、とりあえず夕飯どうする? ケータリング頼んどくね」 と、スマホを操作し始めている。
野崎は、あっけにとられて、呆然と彼らの動きを見ているだけだった。
「あの、私、今日は帰ってもいいですか? ペットたちの食事が……」
「ぺ、ペットだと!」
「はい。私が戻らなければ、彼らは泣き叫んでしまうかも……」
「……帰ってよろしい。こうしていても、君の役目が終わったのだと十分伝わったよ」
野崎は力なくそう呟いたのだった。
***
榊原が帰った後、野崎は、それぞれ忙しくしている開発課のメンバーを見て、誰となく質問する。
「榊原君とは一体どんな女性なんだ」
それに答えたのは愛菜だ。
「ああ、先輩は孤高の天才ですね。三流大学を卒業したって聞きましたけど、彼女自身は自分のことを頭の悪い出来損ないだって言ってます。自己評価が半端なく低すぎです。本当はまったく違うのに……」
「確かに天才だな。この短い時間に答えを導き出したのだから」
「野崎CEO。真垣課長を、なぜ切ったんですか?」
「彼には家族がいる。この異世界の探求には危険が伴う。彼にはそれ相応の地位と対価を渡しておいた。心配はいらない」
「ふーん。私たちは捨て駒ってことでしょうか?」
「違う。断じて捨て駒ではない。だが、君たちは皆、自由だろう? 自分のことは自分で決めることができる。違うか?」
「違わないです。でも、それを聞いて安心しました。真垣課長は良い人です。彼にはこの企画は荷が重かったでしょうしね」




