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ディメンションリンク事業部の社員たちも戻り、島には以前のような賑わいが戻ってきた。


ただ、ケルベロスのコロだけは、私の家の周辺から離れないよう愛菜に言い聞かされている。


これまで島中を自由に駆け回っていた巨大な犬にとって、それは窮屈な暮らしだった。

この島はもともと狭いうえ、岩場が多く、思い切り走れる平坦な場所はほとんどない。広く使えるのは、わずかな砂浜と私の家の周辺くらいだ。


普通の犬なら、それでも十分なのかもしれない。だが、神話世界に生きる幻獣であるコロには、あまりにも物足りない環境だろう。


それも、あと数日のことだ。

また私たちはアルケディアへ征く事になる。その時は、コロやエロスの彦麻呂、プロメテウスも一緒に戻る。

彦麻呂は、またここに遊びに来ると言ったが、野崎は許可するだろうか。

気軽に「良いわよ」と私が言ってしまった手前、気がかりだった。


そして、名前の件だ。

野崎は怒り狂うだろうが、私は丁寧に説明して納得してもらうつもりだ。

でも、幾ら野崎が反対しても、もう止めることはできない。

もう、賽は投げられてしまったのだから……。

そんな中、野崎が一人の女性を連れて私の家にやってきた。


「彼女は植物学者の井ノ瀬雅美博士だ。彼女も君たちに同行させる」


佐藤さんが、飛び上がるようにして井ノ瀬博士の前に進み出た。


「は、初めてお目にかかります、井ノ瀬博士。私は、あなたの論文を何度も読み返しました。本当に、感激です!」


私は知らなかったが、どうやらその分野ではずいぶん名の知れた研究者らしい。

井ノ瀬博士は、植物同士が意思疎通を行っているのではないかという考えを持っている。昔からある「植物は信号を発している」という仮説をさらに発展させ、それを科学的に証明しようとしている研究者だという。


五十四歳の井ノ瀬は、ごま塩頭で小柄だった。

この人がそんなに高名な研究者だとはとても思えなかった。

にこにこと人のよさそうな笑顔は、どう見ても近所にいる普通の主婦のようだった。


アルケディアには、特別な植物は見当たらない。

地球とまったく変わらない世界なのだから、当たり前だった。そこに、この植物学者は興味を持ったのだという。


「地球の植物とまったく同じというのは興味深い。今の地球の原型に近いのではないかと考えている。そこを研究すれば、私の理論にも道が開けそう」


そう言って、期待に胸を膨らませているようだった。

井ノ瀬と佐藤さんは、台所のカウンターに陣取り、すでに議論を交わしている。


日本は異世界にリンクしたことを公表した。他国にも異世界とリンクしているところはあったが、まだ商業利用に結びつかないそうだ。


時間のズレは、ディメンションリンクの異次元ドアをつかえば解決する。

その事実を公表した途端、他国から引っ切り無しに問い合わせが来るようになった。


「我々の異次元ドアは、かつてないほどの売り上げを叩き出している」


ニンマリと笑みを浮かべ、野崎はさらにこう言った。


「今回は地質学者は連れて行かない。意味がなくなったからな。それよりも、今度は植物だ。ここの植物にも、利用価値が見つかるかもしれない」


「プロメテウスによれば、あの世界は回復するという特性を持っているそうだ。私は、アルケディアは資源が無尽蔵に湧く世界だと思っている。

私たちがやることは、神に祈ればいいだけだしな。鉱物でも材木でも直ぐに復活する世界――これほどの宝の世界を引き当てた榊原君には、感謝だな。ははは」


今まで散々こき下ろされてきた私は、野崎の掌返しの発言に、警戒した。


――おかしな神に、何かされたのかしら……。


一瞬そう思いかけたが、頭をふるふると振り、それはないだろうと考え直す。

野崎は企業のトップだ。利益を上げることが、彼の根っこにある。

私のような研究職には、とうてい理解の及ばない性質なのだ。


井ノ瀬博士は、プロメテウスを見るなり感嘆の声を上げ、コロを見ると、ためらいもなくすり寄っていくという、物事に動じないおばさん――いや、女性だった。


「まあ、きれいな神様ね。ちょっと背中を見せてくれる? あら、羽根がない。あなた、エロスでしょう? どうして?」


井ノ瀬博士は、彦麻呂にどんどん質問を浴びせ、勝手に体に手を置いたりするので、彦麻呂は完全に嫌がって逃げ回っている。


《われは、あの人間は苦手だ。モナミ、どうにかしてほしい》


「彼女も一緒にアルケディアへ行くそうよ」


それを聞いた彦麻呂は、言葉を失った。

彦麻呂は、一人になれる地下室に逃げ込む日々が続く。

こっそり覗いてみると、ぶつぶつと独り言を言っている。


《あれも……人間なのか……》


噴き出しそうになって私は直ぐさまそこを離れた。


***


今回アルケディアへ向かうのは、私たち開発部のメンバーに加え、現地の拠点へ常駐する職員たちだ。

それに、神が二柱と幻獣が一匹。そして、ジョバンニ。

この中に野崎の姿はない。

後から合流することになるかもしれないが、彼の仕事は多岐にわたる。中でも、政府との折衝が頭の痛い問題らしい。


「初めの取り決め通りにしてくれれば良かったんだ。莫大な利益につながると分かった途端、これだからな。まったく、腹が立つ!」


前回は作業員が大勢いたが、今回は違う。

技術者と、現地で各種の事務を担う職員が中心の編成だった。


それと、外部から調理担当の職員が派遣されることになった。

常駐する職員たちのためにも、栄養管理は重要なのだろう。

愛菜は、「これで楽になる」と、心底うれしそうに笑った。


前回は、ほとんどの食事をレトルト食品で済ませ、ときどき愛菜が食材を仕入れて調理していた。

だが今回は、その煩雑な食事の世話を専門の担当者が引き受けてくれることになったのだ。


私は、前回持ち込んだ白い布が、ほとんど使われなかったことに、少しだけ不満だった。

拠点が崩壊して、持ち込んだ物資はいったん壊滅状態になったが、プロメテウスがすべて元通りにしてくれた。

だから、今回は私物だけをリュックに詰めた。それだけだった。


「今度こそ、裸ん坊の神様たちに、白い布を配ってやるわ」


「もなっち、どうでもいいことに燃えている。あなたらしいわ」


「どうでも良くないでしょう。目の前に股間を晒している神を見て、弁慶は平気なの」


「まったく気にならないわ。相手は神様だもの。人間の羞恥心なんて原罪の証拠みたいなものよ」


――原罪って、キリスト教の考え方よね。

それって、私の価値観が染みついているということかしら。

身を包む布に、ここまでこだわる私のほうがおかしいのだろうか。

考え込んでしまった私に、井ノ瀬博士は笑いながらこう言った。


「そんなことはないわよ、モナミさん。これからは、日本と神が交流していくことになるのよ。そのときのためにも、神様には少しだけ配慮してもらわないとね」


拠点の異次元ドアをくぐり抜けて、それぞれの持ち場に職員は散っていく。

私たち開発部と神々は、異次元ドアの建屋を出て、外へ出た。

コロは喜び勇んで走り出し、まっ先に林の方へ駆けていった。


「あの焼けてしまった林が、復活している……」


《時間はかかるようになったが、アルケディアは元に戻ったようだな》


岩山のほうへ目を向けると、その向こうに、沈みかけた夕日が見えた。

日本との時間差は、それほどないようだった。

プロメテウスは、相変わらず股引姿のままだ。

気になっていた私は、白い布を差し出してみたが、神は首を振った。


《身につけるこの服は、人と神との友好の証だ。私には、これを身に纏うことに限りない価値があるのだ》


どうやら神は、服に関する認識が、少し人間とは違っているようだった。

ジョバンニは私のそばを離れず、しきりに辺りの匂いを嗅いでいる。


「ジョバンニ。どう? ここへ来るのは二度目だけど、怖くはない?」


ジョバンニは私の手に鼻先をすり寄せると、嬉しそうに尻尾を振った。

その様子を見るかぎり、不安はなさそうだった。







































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