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拠点のガラクタをかき分け、野崎はようやく異次元ドアの前に立った。

次の瞬間、彼は言葉を失う。

異次元ドアを支える枠は完全に崩れ落ち、ドアは支えを失って倒れていた。

悪い予想が的中してしまった。

――私たちは、日本へ帰れなくなった……。


***


私は野崎にこの事を知らされて、「やっぱり」とぼんやり答えていた。

何となくは予想していた。

拠点の壊れ具合を見れば、薄々感じてはいたことだった。

いつ頃ドアが壊れたのかはわからない。けれど、地球とのリンクが切れた以上、同期していた時間の流れは崩れてしまっているはずだ。

異世界と地球とのあいだにある二十四倍の時間差を考えれば、少なく見積もっても、地球側ではすでに二年以上が過ぎている計算になる。

日本に置いてきたペットたちは……とくにジョバンニはもう高齢だ。

時間差を計算すれば、すでに寿命を迎えていてもおかしくない。

その事実を思った途端、力が抜けて、私は背中を丸めてうずくまった。


「私と榊原君は、この世界のアダムとイブの役回りになったようだな」

「え?」

そうだ。この世界に人間は、私たち二人しかいない。

――なんだか、神話がごちゃ混ぜだわ……。

あまりの馬鹿馬鹿しさに自分でもおかしかったのか、野崎は苦笑いをしている。

彼は、まず住む場所を作ると言って、拠点のガラクタを物色し始めた。

私も手伝わなければならない。

それなのに、体に力が入らず、立ち上がることもできなかった。

ここに残ると決めたときは、こんなことになるとは思っていなかった。

後先考えずに行動した結果、野崎まで巻き添えにしてしまったのだ。


プロメテウスは、力なくうずくまる私をチラリと見たが声は掛けない。

ただ、黙々と野崎の手伝いをしていた。

《これが壊れたせいで、故郷へ帰れなくなったのか》

「ああ。これは私たちの世界が生み出した画期的な発明だった。だが、神の力の前では無力だ。科学というものは……」

野崎はそこで言葉を切り、崩れ落ちた異次元ドアを見つめる。

《これが元に戻れば、人の神は嬉しいのか?》

「ははは。それはもう、飛び上がって喜ぶさ」


《では、われが元に戻してみよう》

「っ! できるのかっ!?」

《復元の力を使えば、何とかなるだろう。これを新たに作ることはできないが、壊れたものを元へ戻すことならできる》

傍らでその話を聞いていた私は、思わず目を見開いた。

あまりにも意外な言葉だった。

けれど、相手は神だ。

ヘパイストスからも、人の科学では到底作れない不思議な神器――神々の目を欺くスカーフを授かっている。

もしかすると……。

まだ諦めるのは早いのかもしれない。


プロメテウスは元の巨大な姿に戻り、私たちに下がっているように言う。

彼が手から青い火を灯す。初めは小さな種火ほどだったが、少しずつ大きくなっていく。大きな掌から溢れそうなほど育った火を、プロメテウスが拠点に放った。

火は青いベールのように拠点を覆い尽くし、広がっていく。

しばらく経つと、火は霧が晴れるように、すうっと消えた。

すると、半壊していた拠点が、時間が巻き戻るようにゆっくり元の姿を取り戻していく。

《やはり、世界そのものが変化しておったか……元に戻すには、しばし時を要する……》

プロメテウスは、自らの確信を噛みしめるように、低くつぶやいた。


神の力の何と偉大なことか。

その光景に目を奪われた野崎は、吸い寄せられるように拠点の中へ足を踏み入れた。私もその後に続く。

壊れて、ごちゃごちゃに荷物が散乱していた足元は、元通りの姿を取り戻していた。

そして異次元ドアも。

「榊原君、今、ここを抜けよう。ディメンションリンク事業部がどうなったか心配だ」

私は一も二もなくその言葉に従い、異次元ドアをくぐった。


異次元ドアの中に入れば、これまで何度となく経験した不快感が襲ってくるけど、今はその不快感さえ気にならないくらい、私は高揚している。

――戻れる!

そのことだけが頭を支配していた。

遠くに出口の灯りが浮かんでいる。そこを目指して進み、やっとそこへたどり着いた。

喜び勇んで通り抜けた私の後ろから、声がかかった。

《ここが人の神の故郷か》

「え、ええーっ! プロメテウス!」

大きな体を屈ませて異次元ドアから出てきたのは、確かにプロメテウスだった。


ディメンションリンク事業部側は閑散としていた。

いつもは異次元ドアの管理をしている作業員がいるはずなのに。

異次元ドアを覆っている建屋を出るとそこは広い空き地だ。大きな重機が整然と並んで止まっているが人っ子一人いなかった。

「と、取り敢えずは、良かった……のかしら」

人がいないため、プロメテウスが来た事を誰にも知られることがない。私はほうっと一息ついた。

もしここに職員がいたら、異世界から神が来てしまったと大騒ぎになるところだった。

プロメテウスを見て、普通の人間だと思う者はいないだろう。三メートルもある人など、見たことがあるはずがない。

けれど野崎は、別のところで愕然としていた。

「職員がいないだと――まさか会社が解体してしまった……? 一体今は何年だ」

そうだ。時間のズレ問題があった。

私たちは、数棟が立ち並ぶ施設の中を見て回ることにした。

プロメテウスには、異次元ドアのある建屋の中で待機してもらう。

あとで荷物の搬出用シャッターを開けて、外に出てきてもらうしかないだろう。

しばらく施設の中を見て回り、私たちはまた重機の置かれた広場に戻ってきた。

そこで私たちは足を止める。

私たちの前に、一匹の大きな犬が飛び込んで来た。

いや、犬ではない。

三つの頭を持つ魔獣――ケルベロスだった。

「ケルベロスまで……一体どういうことだ!」

大きな犬の背からから、ぴょんと愛菜が飛び降りてきた。

「あっ、やっと戻ったんですね! 良かったです。弁慶たちに知らせてきて、コロくん」

ケルベロスは、

《グオン》

と一声鳴くと、勢いよく駆けていった。

「愛菜君、それより君たちがここへ戻ってから何年経った」

「……何年って。二ヶ月ですけど」

「たった二ヶ月……どうして……」

ほどなく、弁慶たちがケルベロスの背中に乗ってやって来る。

「野崎CEO、お帰りなさい」

微笑みながら佐藤さんも寄ってくる。

野崎は挨拶もそこそこに尋ねた。

「施設に誰もいないのは、どういうことだ?」

「あ、それはコロくんが着いてきちゃったからです。避難は突然で……慌てて《待て》って指示する暇もなくて」

愛菜は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。

「もし何かあったら大変だからって、佐藤さんが職員を本社へ避難させたんです。……だめでしたか?」

「……そうだったのか」

野崎は、張り詰めていた気持ちを吐き出すように息を吐いた。

「私はてっきり、会社そのものが解体してしまったのかと思った」


「野崎CEO。向こうで何かあったんですね。一体何があったんですか」

「神々の戦いに巻き込まれて異次元ドアが壊れてしまった。だから此方とのリンクが切れたと思っていた……どうやらリンクは切れていなかったようだな。だが、なぜだ」


「本当に壊れていたんですか?」

と、弁慶が、そもそもの疑問を口にする。

「……私は技術者じゃないからな、確認はできなかった……」

野崎は、ばつが悪そうに目をそらす。どうやら彼は、早合点していたようだ。

「それより、神々の戦いはまだ続いているんですか?」

「それは終わった。異次元ドアも元に戻ったし、拠点の施設も復元した。プロメテウスのお陰でな……そうだ! 一刻も早く元の世界へ戻ってもらわねば」

ケルベロスも帰ってもらわなければならない。

私は、ふと彦麻呂も帰りたくなったのではないかと思った。

「彦麻呂はどうしている? 彼方の世界は変わったと教えてあげれば、帰るかも」

愛菜は心配そうに私の家の方角を見ながら、

「でも、彦麻呂は神様じゃなくなったのよ。帰りたくても、神の世界で生きていけるのかしら」

「コロのこともあるし、名前を変えることは可能だと思うわ」

私たちが話しているところにプロメテウスが、狭い出口から這い出してくる。

《われも、人の神の故郷を見て歩きたいのだが》

四つん這いから立ち上がった神を見て弁慶が腰を抜かした。

「巨人まで、連れて来ちゃったの……」


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