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アルケディアの拠点は今、大騒ぎだ。
大地が鳴動し、空には稲妻が走り抜け、大嵐と大地震が一気に押し寄せてきたからだ。
野崎が、商取引に長けた役人を連れて戻ったその日のことだった。
「なんだ、何が起こっている」
弁慶が走り寄り、
「ティタノマキアだ。神々の大戦争が起きてしまった」
と叫び出す。
せっかく出来上がった拠点は、見る影もなく傾き出す。
「仕方がない、ここを引き上げるぞ」
拠点にいた人々は皆震えていた。我先に異次元ドアを抜けようと、荷物を積むために走り回る。
私も少ない荷物をリュックに詰め、ふと岩山に目をやると、そこにヘパイストスが現れた。
窓から、ヘパイストスに向かい私は叫んだ。
「ヘパイストス! 神々の諍いが起こったんですか」
彼は、私の部屋の窓に音もなく移動して、こう言った。
《天を統べる神々の王に名を与えたのは其方か》
「いえ、同じチームの……私の仲間が与えようとしたようですけど、神からは拒絶されたと言っていました」
《神々の王はゼウス、と名乗ったぞ》
「っ! 名前だけを受け入れた……」
《ここは危うい。ゼウスとガイアは、今度こそ互いの神威を尽くして戦う。
戦はすでに始まっておる。其方らは、しばらくわれの隠れ家へ身を寄せよ》
私はどうしようかと迷った。私たちは異世界へ逃げ込めば危険はないと言いたいが、それを神に言ってはならない。
エロスのように、異世界へ行きたいと言い出すかもしれない。
私は決心して、野崎に報告にあがる。
「野崎さん。私はここに残ります」
「君はなにを言っている。馬鹿なことは考えないで、さっさとドアをくぐれ。残っているのは君だけだ」
私は、ヘパイストスが拠点の側に来ていることと、ゼウスとガイアの戦いのことも話す。
「なんということだ。弁慶がさらわれて、さらに名を与えただと! 君たちはどれだけ問題を起こせば気が済むのだ!」
「でも、野崎さんが名をつけろと言ったんです。そうでしょう」
「ぐっ! 分かった。私の責任だった。私も残る。少し待っていなさい」
野崎は一度、異次元ドアをくぐり、そしてまた戻ってきた。
「私たちがいないとなれば、探しに来る者がいる。きちんと話をつけてきた」
「弁慶たち、心配してますよね……」
「いや、君の事を任せると言っていた。ヘパイストスが匿ってくれるなら安心だそうだ」
かしいだ拠点から外へ出ると、巨大な姿のヘパイストスが、私たちをその大きな掌で包み込んだ。
野崎の顔は引きつったまま固まるという、微妙に滑稽な表情だ。
私は笑いを飲み込み、お腹を押さえて声が漏れないようにこらえる。
何を勘違いしたのか、野崎が私の肩をしっかりと抱き、
「大丈夫だ。怖がらなくても……」
彼の声は震えてか細かった。
私は笑わないように必死なため、あまりにも苦しくて目から涙がにじむ。
ヘパイストスの存在感が一瞬薄れたように感じ、その後、体に浮遊感が襲う。
掌が開かれて地面に降ろされたとき、周りの景色が変わっていた。
大きな火山がある、島のようだ。
「もしかして、エトナ山があるシチリアかしら」
「多分そうだろう。本にはヘパイストスの鍛冶場があると書いてあったからな」
鍛冶工房は大きな空間で、そこには一つ目の巨人がいた。
『キュクロプス……』
「何も言うなよ」
「分かっています。でも、こうしてみると、すごい迫力ですね。彼も古い神様でしたっけ」
「そうだな。神話では、ゼウスとの戦いで敗れてここに来たとなっていたが、この世界では話が前後しているのか、混じり合っているのか……」
「この異世界は、思念の世界だからでしょうか。神は、そこに“ある”というだけの存在というような」
「そうかもしれない。幻獣も、時代がばらばらで現れたしな。ケルベロスも出てきた。あれはたしか、冥界の番犬だったはずなのに」
ヘパイストスは体を小さくし、私たちの前へ降り立った。
《ここは神々の争いの影響は及ばぬ。あそこにいる古き一つ目の巨人も気にするな。鍛冶の修行をしておる》
「ええ。私、キュクロプスも大好きですから――」
「っ、榊原君!」
「……あ」
しまった。
また、やってしまった。口に出した瞬間、自分でも気付いた。
私はまた、名前を言ってしまったのだ。
キュクロプスはゆっくりと頸をめぐらし、私を見る。
そしてのっそりと立ち上がり、私の目の前まで歩み寄り、片膝をついた。
《わしの名は、キュクロプス、というのか?》
「……」
私が何も答えないでじっとしていると、私が答えるまで、キュクロプスは根気よく待っている。
「今さらだ、榊原君。もう確定してやればいいさ」
キュクロプスの圧倒的な存在感に押されたのか、野崎は、諦めたようにそう言った。
「そうです。古き神。私たちはあなたを、キュクロプスと呼びます」
《おお……ヘパイストスが言うように、体が作り変えられていくようだ。ありがとう。其方に、何をもって報いようぞ》
「そんな……何もいりません。優しい神様。あなたが気持ちよく過ごしてくだされば、それで私はうれしいんです」
「優しい神」と言った途端にキュクロプスの体が発光しだした。
――あれ……修飾語が、受け入れられたの?
***
その後、ヘパイストスは、ティターン族のプロメテウスを連れて現れた。
たぶんプロメテウスだとは思う。確信はなかったが……。
《其方は以前、巨人族の話をしていた。この巨人のことか?》
「は、はい。存在していたんですね。プロメテウスが……」
プロメテウスも、今までの神と同じように名をつけられた途端、喜んだ。
プロメテウスの次はアトラス。
――アトラスで良いのかしら。確かこの神様は天空を支えているはずなのに……。
しかし深く考えてもこの世界の事はまだ知らないことばかりなのだ。
この世界はギリシャ神話そのものではない。
似ているだけで、同じではない。
そう考えた方が、きっと自然なのだろう。
アトラスは他のティターンを次々に連れてくるようになった。
虚空から一柱、また一柱とティターンが姿を現す。
姿を現すのだが、名前の知らない神々だ。ティターン族はごく一部しか本には名前が載っていなかったからだった。
「どうしましょうか、野崎さん。私、この神々の名前が分かりません」
「適当につければどうだ? ティターン族のタロウとか……」
「そんな、適当にだなんて」
「では誠一たちのように漢数字か、それとも……」
「ああ、そうですね。そのアイデア、いただきです」
ずらりと並んだティターン族たちは、期待に目を輝かせて待っている。
私は彼らに、ギリシャの数詞で名付けていった。
「あなたはヘン。あなたはデュオ、あなたはトリア、そしてあなたはテッサラ……」
と言う風にだ。
彼らにも「優しい神」という修飾も付け加えた。
それぞれが私に、何か報いたいという。
それを聞いていた野崎は、鞄からサンプルケースを取り出し、
「これが欲しい。見つけてくれたら、苔の精霊モナミは感謝するだろう」
「ちょっ、野崎さん、“苔の精霊”呼びはやめてください!」




