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拠点の建設は順調に進んでいる。
異次元ドアを初めに囲い、その周りに建屋を作っている。
だけど、まだ人が住む場所はできていなかった。私たちは仮設のコンテナみたいな住居に住んでいた。
仮設の住居にはシャワールームや小さなキッチン排泄物を燃やして処理することができるトイレが付いている。
部屋は簡素な四角い造りで、二人分のベッドと小さなテーブル、部屋の中央には一畳の畳が敷かれている。
ここで私と愛菜は足を伸ばして寛いでいた。
愛菜は不満をこぼしているけど。
「私たちの仮設住宅が一番小さいってどうなのよ」
「女性が二人しかいないし、どうせ外にいることが多いんだもの。これで十分だわ」
男性陣は五人から六人の部屋に押し込まれているのだから、我慢するしかない。
拠点ができれば、過ごしやすくなるだろう。
メグは時々、ディメンションリンクの島の拠点とこちらを行き来している。そのせいで、この仮設住宅が余計に狭く感じるのかもしれない。
私もたまにはジョバンニたちの様子を見に島へ戻るが、野崎にはなるべくこちらに残るよう言われていた。
「いつ新しい神が現れるか分からない。榊原君には、ここで待機していてほしい」
というのが、その理由だ。
「私じゃなくても、野崎さんが名前を付ければいいんじゃないですか?」
「いや、危険は冒したくない」
野崎は即座に首を横へ振った。
「万が一、私では駄目だったらどうなる? 君なら今まで成功した前例が複数回あるではないか。君が名前を付けるべきだ」
愛菜が異次元ドアを通って、食物を仕入れてきた。
「今日は少し豪華な食事が良いかなと思って。外でバーベキューにしない?」
「良いわね。何か手伝おうか」
バーベキューコンロをセットして、弁慶と私、そして愛菜が六十人分の下ごしらえをする。
肉は、すごい量がある。更には人参や椎茸などの野菜の下ごしらえもあるので大変だ。
作業している人達も休暇には日本へ戻っているけど、ここではほとんどレトルトで過ごして居る。
まずくはないけど、味気ない食事ばかりだと嫌気が差してくる頃だろう。
だから今日は特別な食事になりそうだ。
川の側に、大きなコンロを五つセッティングして、下ごしらえの終えた串を焼いていく。
日本から持ち込んだ備長炭がパチパチと爆ぜ、煙が上がる。
あたりには良い匂いが立ちこめ始めた。
作業員の中から数人が早めに仕事を終え手伝いを申し出てくれた。
彼らはクーラーボックスを抱えていた。
ちゃっかり酒盛りの準備もしてきたようだった。
「この分なら、また誠一が来るな」
「そうだな。今度は噂のニンフも来てくれないかな」
確かにニンフが来てくれれば、華やいだ雰囲気になるだろう。ここには女性が私と愛菜、二人しかいないのだから。
私は、ヘパイストスから贈られたスカーフを、必ず身に着けるようにしている。
彼が言っていたように、ギリシャの神々の中には嫉妬深い神や、気まぐれで恐ろしい神も少なくない。
用心に越したことはないだろう。
けれど、守られているのは私だけだ。他のみんなは大丈夫なのだろうか。
そんな不安がよぎり、私は思わず周囲を見回した。
「何を心配しているの?」
「愛菜、ここに別の神が来たらどうしよう」
愛菜は呆れたように私を見た。
「神が来た時のために先輩がここにいるんでしょう。さっさと名前を付けてしまえば良いだけですよ」
森の方へ目を向け、続いて岩山を見上げる。
作業を終えた人たちが次々と集まり、賑やかな食事が始まったというのに、私は落ち着かなかった。緊張で、料理が喉を通らない。
「ああ、来た来た。おーい、誠一!」
誰かの声に振り向く。
森の向こうから、サテュロスたちが姿を現した。
――だけど、多い。
誠一だけではない。サテュロスの数が明らかに増えている。ざっと見ただけでも二十柱ほどはいるだろう。
私は反射的に川辺まで駆け寄った。
――こんなに名前を付けた覚えはない。どういうこと?
《そこにいたのか。見えなかったぞ。どうしたことだ……苔の精霊モナミ》
ヘパイストスからもらったスカーフのせいで、私の姿が見えなかったらしい。
私が声を掛けると、誠一はようやくこちらに気付いた。
《苔の精霊モナミよ。こいつらにも名前を付けてくれ。そうすれば力が付くと聞いて、連れてきたんだ》
「力が付く? どういうこと?」
《名前をもらってから、今まで出来なかったことが出来るようになった。他の野山を駆ける者たちと力比べをしても、もう負けない》
誠一たちは穏やかな笑みを浮かべながらそう話した。
――でも、それは彦麻呂とは真逆だ。
一体、どういうことなのだろう。
傍で聞いていた弁慶と佐藤さんが、私に目配せをする。
何か考えがあるようだ。取り敢えず、彼らに名前を急いで与える。簡単だ。漢数字を足せば良いだけなのだから。『誠二十』という名前はどうなのかと一瞬考えたが、もうままよ、と勢いに任せて付け終わったのだった。
彼らに名前の由来を話すと、以前と同じようにふわりと光り、彼らの目つきが穏やかに変化したのが分かった。
宴も終わり、サテュロスたちは森へ帰っていった。
私はすっかり疲れ切ってしまい、後片付けもそこそこに、その場へ座り込む。
「もなっち、お疲れ様」
「……あれ、どういうことだか分かる?」
私が尋ねると、佐藤さんは小さく頷いた。
「弁慶と一緒に、この世界の空気を分析していて分かったんだが、ここには地球には存在しない成分が含まれている」
佐藤さんが発見した、地球には存在しない未知の物質。
彼は、その物質こそがサテュロスたちの体を構成しているのではないかと考えていた。
「そして彦麻呂は、地球の物質を取り込んだことで、その体質が変化したんじゃないかと思う」
「もう一つ、仮説があるわ」
弁慶がそう付け加えた。
「本来あるべき姿に、名前を与えることで存在そのものが固定される――そういう可能性も考えられるわ」
では、彦麻呂は地球にいたことで神ではなくなった。そしてここの神たちは本来の形に固定された……でも、サテュロスたちは……歪められてしまった?
私は、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。
異世界の本来あるべき姿を歪めてしまったのだとしたら、それは救いではなく、破壊ではないだろうか。
その夜、私は眠れないまま、名前というものについて考え続けた。
「これ以上、歪めてはいけない……」
もし名前を与えるのなら、本来の名前でなければ駄目だ。
でも、もう一方では「ここはそもそも、ギリシャ神話の世界なのかしら」という考えも過ったのだ。




