17
父島の二見港に到着した。
港のそばには二見神社があった。
明治時代に建立された、天照大神を祀った神社だそうだ。
今そこの周りに人だかりができていた。
「お祭りかしら」
「……なんだか嫌な予感がするのだが。まずは行ってみないとな」
島民が二千人ほどだそうだが、神社には三百人ほどがいた。
島民が見ている先には彦麻呂がいた。
祭壇の前に座り、神主のような格好をしている。その隣にはこの神社の神主もいて彦麻呂を見守っていた。
こうしてみると本当に神のように光り輝く美しさだ。
いや、神だった。住む世界が違ってもやはり彦麻呂は神なのだ。
そして島民は、うっとりとして彼なりの祝詞に聞き入っている。
彦麻呂は、天照大神の名を何度もつぶやき、何かを伝えているようだった。
「あのー。なにをしているんですか?」
「縁結びの神降ろしだそうだ」
「っ! 神降ろしだと!」
野崎は必死に彦摩呂のところへ走り寄ると、むんずとつかんで祭壇から引きずり下ろした。
なんと罰当たりなことだろう。
彦麻呂を引きずるようにして、人里離れた町の外れまで来た。
あそこに集まっていた島民は、どうやら野次馬だったようだ。
私たちが彦麻呂を連れていくのを呆気にとられて見ていたし、中には笑いながらはやしたてる者までいた。
「あの神主さん、何を考えて彦麻呂を祭壇にあげたのかしら」
《われを「外国人」と言っていた。神に祈りたいと言ったら、喜んでいたぞ》
「日本人の悪いところだな。外国人と見れば、妙に親切にしたがる……」
憮然として、野崎が吐き捨てるように言った。
「彦麻呂くん。なぜ、神に祈りたがったの? あなたも神でしょう」
《われには力がなくなったようだ。だが、この地の神は力がある。ここの住民はお嫁さんが来ないと困っていたので、代わりに祈りを捧げようとしたのだ。祈りならまだ通じるような気がしたのだ。いけなかったのか?》
「神が本当にいると思っているのか……あ、いや。この世界には神は……」
野崎は、自分の論理に整合性があるのか分からなくなったのだろう。
言葉の途中で口を閉ざし、そのまま途方に暮れたように立ち尽くしていた。
私も彦麻呂のことを見て、この国の神のことを意識せざるを得なかった。
弁慶と佐藤さんは、言葉に詰まり何も言わない。
愛菜は、感心するように彦麻呂を見ていた。そして、「さすが神様ね」
と言ったのだった。
彦麻呂は、船の上で、恵比須様に祈ったそうだ。
そうしたら神は答えてくれたという。だから見知らぬ神にお目文字したいとこの島に降りたのだ。
《ここには山にも神が祀られて居るそうだ。そこへも行ってみたい》
「だめだ。エロ……彦麻呂は元の場所へ帰ってもらう」
《……ここは人間人がたくさんいて面白いのだが……》
「人間人? 面白い言い方だわ。誰に教わったの?」
弁慶が優しく問いかけると、俯いていた彦麻呂がニカッと笑って、
《われが考えたのだ》
さらに、こうも言った。
《われを水の精霊のところへ連れて行ってくれると言った人間人がいた。そこへ行けば楽しい思いができる。確かに水の精霊は優しいからな。其方はそこへわれを戻すのか?》
「それって、船員さんが言ったんでしょうね」
弁慶が笑いをこらえながら言うと、野崎は額を押さえた。
「神をキャバクラへ連れて行くと言ったのか!」
「野崎さん……」
野崎を見つめた彦麻呂が、不意に地面へ両手をつき、そのまま深々と頭を下げた。
《頼む。まだ我はここにいたい。ここには色がある。絶えず変化して動き回っている。あの面白みのないところへは戻さないでくれ》
神に土下座されて、野崎は顔を引きつらせて困惑していた。
「彦麻呂君。土下座など、誰に教わった」
《スマホで「ドラマ」と言うのを見た。こうすれば、願いが通るのだろう?》
野崎は肩を落とし力なく愛菜に言う。
「神にものを与えるな」
「はい……」
私たちは一週間後、父島を離れ、ディメンションリンク事業部へ戻った。
彦麻呂は、ビルも車も、街を行き交う人々も、目に映るものすべてを珍しそうに眺めていた。
野崎は、神としての力を失ったという彦麻呂を、ようやく受け入れる気になったらしい。
放っておけば何をしでかすか分からない。ならば、自分の目の届く場所に置いておく方がまだ安心だ――そう判断したのだろう。
こうして彦麻呂は、私たちディメンションリンク事業部の新たなメンバーとなった。




