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五階層の攻略――いや、探索にあたり、私たちは探索班と待機班に分かれることになった。
野崎と馬淵君、それに護衛たちは、ミミを連れてラビリンスへ入る。残った私たちは中へ入らず、ラビリンスが回転するまで、この場で待機する。
野崎から、索敵役としてミミを同行させたいと告げられたとき、私はすぐには頷けなかった。
だが、当のミミが目を輝かせて、
「ミミ、行きたい!」
と声を上げたため、私は結局、渋々それを認めるしかなかった。
ラビリンスの入口近くに急ごしらえの拠点を設け、待機班はそこで彼らの帰りを待つ。
やがて、野崎たちは私たちに見送られながら、荘厳な扉を押し開いた。
重々しい門が彼らの背を呑み込み、その姿が闇の向こうへ消えていくのを、私はただ黙って見つめていた。
ラビリンスを囲む外壁は、高さ二十メートルにも及んでいた。
当然、入口の扉もまた巨大だ。
ところが、その扉は見た目に反して、音もなくすうっと開いた。
野崎たちがラビリンスに吸い込まれていくように見えて、私は言いようのない不安を覚えた。
「ミミ! 無茶はしないでね」
ミミは一度だけ振り向き、にっこりと笑った。
それから前を向くと、迷いのない足取りで扉をくぐっていった。
全員が中へ入ると、間もなく巨大な扉は静かに閉じた。
まるで、こちら側とあちら側を完全に隔てるように。
「なんだか心配だわ。私もついていくべきだったかしら」
「榊原さん。今回は、すでに判明している範囲を確認するだけです。地図に記載のない場所へは行かないことになっています」
小宮山君はそう言って、坂を上っていった。
崖の斜面は上り下りしやすいよう階段状に整えられていて、そこを行けばいつでも四階層のゲート前まで出られる。
私たち待機班の任務は、毎日そこからラビリンスを観察し、その変化を見守ることだった。
そんな観察を続けて一週間が過ぎた頃、ついにラビリンスに変化が起きた。
「佐藤さん、ラビリンスが回転し始めました!」
崖の上から、小宮山君の切迫した声が飛んできた。
私も慌ててあとを追い、ラビリンスを見下ろす。
外壁に変化はない。
だが、その内側では、迷路を形作る壁がゆっくりと時計回りに動き始めていた。
「ゆっくりすぎて、動いているのかどうか分からないわ……」
それでも一度目を離し、しばらくたってからもう一度見ると、壁の位置が確かに変わっている。
私たちがじっと観察していると、突然、四階層のボス部屋へ通じるゲートが開いた。
そこから出てきたのは、ロシアの採掘者チームだった。
彼らは私たちを見て一瞬驚いたものの、すぐに訳知り顔になった。
ロシア人の一人が、訛りの強い英語で話しかけてきた。
「ディメンションリンク事業部のチームか。やはりな。自分たちばかり、いい思いをしているという噂は本当だったんだな。обманщики(アブマーンシキ)」
最後だけ、ロシア語だった。
アブマーンシキ――ペテン師ども、という意味の罵倒である。
その侮蔑的な口調に、小宮山君が顔を真っ赤にして食ってかかる。
「なんだとっ! 私たちは先行して、危険がないか調べているだけだ!」
「ふん、どうだかな。ここで武器を成長させて、もっと価値のあるお宝を見つけるつもりなんだろう。そうに決まっている」
そう吐き捨てると、十二人のロシアチームはぞろぞろと坂道を下っていった。
小宮山君の手には、完成したばかりのラビリンスの地図が握られている。
「小宮山君。彼らに、その地図を渡さなくていいの? このまま入れば危険よ」
「……くそっ! あそこまで言われて、それでも親切にしろっていうのか!」
「野崎さんの方針でしょう。従わないと」
小宮山君は苦々しげにロシアチームの背中をにらんだ。だが、結局は地図を手に、渋々坂を下りていった。
私も後を追った。
彼らは小宮山君から地図を受け取ると、半笑いを浮かべ、互いに目配せを交わした。
まるで、案の定だと言わんばかりの態度だった。
こんな地図まで用意しているではないか、とでも思っているのだろう。
そして彼らは、ためらいもなくラビリンスへ入っていった。
「ロシアチームが持っていたのは、ヘパイストスのマジックバッグだったわね。少なくとも、食料の心配はなさそうだわ」
「だが、野崎さんはまだラビリンス内に異次元ドアを設置していないはずだ。戻ってくるには時間がかかりそうだな」
野崎たちの今回の目的の一つは、ラビリンス内に異次元ドアを設置することだった。
だが、その作業はまだ終わっていない。
「私たちの拠点にある異次元ドアを見て、あの人たち、嫌みを言ったのよ。自分たちばかり楽をしているって」
愛菜も憤慨していた。
ヘパイストス謹製のマジックバッグのことも、階層ボスを倒す抜け道も、ネクタルやアンブロシアの実の使い方も、採掘者たちに教えたのは、すべて私たちディメンションリンク事業部だ。
それなのに、まるで何かを隠し、利益を独占しているかのように疑われてしまう。
拠点の異次元ドアは、野崎が出発前に設置したものだった。
ただし、今のところ他の階層へ直接移動することはできない。
四階層のボスを倒さなければ五階層には来られず、この制限もまた、野崎が講じた安全対策の一つだった。
ただ、迷路が定期的に回転するという仕組みは、厄介な問題になりかねない。
迷路の構造そのものは変わらないが、回転するたび、外へ出る場所が変わってしまうからだ。
もし、ロシアチームが戻ってくる前に迷路が再び回転すれば、彼らはここではなく、別の場所へ出ることになるだろう。
そのことを佐藤さんに相談すると、彼は「問題ないだろう」と言った。
「この五階層では、迷路の外に魔物は出ないようだ。時間はかかっても、外壁に沿って歩けば、いずれこの拠点へたどり着くだろう」
佐藤さんは、小宮山君が地図を渡す前に、そのこともロシアチームへ伝えていたそうだ。
それでも、彼らの態度が軟らぐことはなかった。
「あれだけ世話を焼いてあげたのに、あの人たちの態度はどうかと思うわ」
愛菜の怒りは、まだ収まりそうになかった。
このアルケディアは、もともと私がリンクし、ディメンションリンク事業部が独占していた世界だ。
だが、エロスが迷宮を作り上げたことで、アルケディアの神々から希少鉱物を直接受け取ることはできなくなった。
欲しければ力をつけ、自ら掘り出して持っていけ。
エロスから、そう突きつけられたような気がする。
とはいえ、この迷宮では重機が使えない。
マジックバッグがあっても、人の手で持ち帰れる量には限界がある。
だからこそ、野崎は迷宮を各国に公開することに決めたのだ。
日本国内で使う分だけなら、まだ何とかなる。
だが、他国へ輸出できるほどの量を、私たちだけで採掘するのは難しい。
その一方で、野崎は安全策を講じ、常に先手を打ってきた。
その慎重さが、かえって他国の不信を招いてしまったのかもしれない。
それから二日後、野崎たちは無事に戻ってきた。
拠点に設置された異次元ドアから、次々と姿を現したのだ。
だが、再会を喜ぶ間もなかった。
「問題が起きた」
帰還するなり、野崎はそう言ってチーム全員を集めた。
「異次元ドアの設置自体は、問題なく完了した。だが、ラビリンスが回転したことで、設置した扉の座標が変わってしまったようだ。ラビリンス側からこの拠点へ戻ることはできる。だが、ここからラビリンス内の扉へ直接移動することはできない」
「その可能性は考えていました。ラビリンスは定期的に回転しているんです。設置した扉の座標が変わるのも、仕方ありませんね」
続いて、馬淵君からも報告があった。
「迷宮内に、安全地帯が見つかりました。すごいところですよ」
「そうなの。木の実がたくさんあって、水の湧く小さな池もあったよ」
ミミが楽しそうにはしゃいでいる。
「ミミ、怖い魔物はいなかった?」
「……ちょっとだけいた。でも、チェンがバババってやっつけたよ」
バババというのは、チェンの持つ武器が立てる発射音のことだろう。
「ミミには助けられたよ。何せ、ずっと先にいる魔物まで察知するんだからな。大したもんだ」
「へへっ」
沢村に褒められたミミは、照れくさそうに私の後ろへ隠れてしまった。
今回の探索への同行は、結果としてミミに自信をつけさせることになったようだ。
私の家族には、索敵を得意とする者が三人もいる。コタロウとぺぺ、そしてミミだ。
そのためミミは、自分など必要とされていないのではないかと、不安に思っていたらしい。
だが、この迷路では索敵係が欠かせない。
ミミは今回の探索で、自分にも大切な役目があることを確かめられたのだろう。
そんなミミを見て、シロちゃんがそわそわし始めた。
「私も、役に立てるかな」
そうは言うものの、シロちゃんの特技は「かくれんぼ」だという。いったいどんな力なのか、私にはいまだに見当もつかない。
「シロちゃん。かくれんぼがどういうものなのか、見せてほしいな」
私がそう言った瞬間、シロちゃんはその場から忽然とかき消えた。
「……えっ。消えることができるの……?」
私がきょろきょろとあたりを見回していると、シロちゃんはいつの間にか私の後ろからひょこっと顔をのぞかせた。
「姿を消したわけじゃないな。目で追えないほどの速さで移動したから、瞬間移動したように見えたんだろう」
野崎は目をこすり、確かめるように何度も瞬きをしている。
「……そうだよ。なんで分かっちゃうの……」
あっさりと言い当てられたシロちゃんは、不満そうに頬を膨らませた。
シロちゃんは気難しい性格だ。このままでは、どこかへ隠れてしまいかねない。
「目にも止まらない速さで動けるなんて、すごいわ。きっと探索でも役に立つ。これからよろしくね」
「……いいよ。モナミのためなら頑張る」
どうやら、機嫌は直ったようだ。
完成したラビリンスの地図を広げ、野崎が今回探索した場所に印をつけていく。
「こうして見ると、探索できたのは全体のほんの一部だけか。九日間も歩き回って、これだけとは……」
「もう、全域を調べるのは諦めませんか。この地図があれば、中央までの経路は分かります。どうやら、目的地は中央にあるようですから」
「出入り口は四つ。そのどこから入っても、中央へ道が通じているな。次の探索では、ひとまず中央を目指そう。それが終わってから、ほかの出入り口も調べてみるか」
その言葉を聞いて、私は反論した。
「野崎さん。中央まで調べたら、もう終わりにしたいです。迷路の構造も分かったんですから、あとはほかの探索者に任せましょう」
「なぜだ。榊原君は、このラビリンスの全容を知りたくないのか?」
私は、そんなことには興味がない。
この探索が終わったら、家族と一緒に島へ戻りたい。
「私、この探索が終わったら、島へ戻ります」
「……島へ戻る? どうしてだ」
私が言いよどんでいると、愛菜がはっとしたように声を上げた。
「先輩。もしかして……結婚するんですか!」
なんでそうなる。
どうしてそんな勘違いをしたのか、さっぱり分からない。私は、そんな未来など思い描いたこともなかった。
「なに? いつの間に、そんな相手が……」
野崎まで慌てている。私がチームから抜けると困るからだろう。
愛菜は、そんな野崎に向かってきっぱりと宣言した。
「いつの間にって……野崎さん。女性が子どもを産める年齢には限りがあるんです。先輩だって、そろそろ真剣に考えないといけない年齢なんですよ」
「……そうだったのか……」
私を置き去りにして、二人だけで深刻そうに話している。
でも、愛菜の誤解に乗ってしまったほうが楽かもしれない。
このままでは、ずるずると冒険者のような生活を続けることになりそうだ。
「そ、そうなのよ。私も今、考えているところなの……」
「榊原君。折り入って頼みがある」
野崎は急に表情を改めた。
「実は真垣から、ディメンションリンク事業部を拡張したいという申し入れがあった。そのために、君が所有する島を丸ごと買い取りたいそうだ」
「……私の島を?」
「もちろん、代わりの島は用意する。真垣が、君の希望に合う孤島を探しているところだ。それまでの間、ILTの採掘班に残って、力を貸してはくれないだろうか」
寝耳に水だった。
私の島が、私の手から離れていく。そんな話を、なぜ当の私が最後に知らされるのだ。
「お、お断りします――」
「すまない。だが、すでに政府との調整も済んでいる。あの島は今や、日本にとっても重要な場所になっているんだ」
私は口を開いたまま、何も言えなくなった。
気まずい空気のまま、私は自分のテントへ入った。
ここは愛菜と一緒に使っている。
コタロウたちは猫や犬の姿に戻ってここで寝泊まりしており、コロはテントの外で眠っていた。
少し手狭だが、仕方がない。
落ち込む私に、愛菜が気を遣ってそっと声をかけてきた。
「先輩。日本政府が絡んできたんなら、諦めるしかなさそうです。それより、もっと大きな島をぶんどっちゃえばいいんです。真垣さんなら、いい場所を見つけてくれますって」
「別に、あの島にこだわっているわけではないのよ。どうせ半分はディメンションリンク事業部のものだったし。今は、まったく戻っていないしね」
それに、新しい島を見つけ、家族と暮らせる場所を一から整えるとなれば、時間がかかる。
少なくとも、あと数か月はILTの採掘班に残らなければならないようだ。
「先輩。本当は結婚なんか考えていないんでしょう? ジョバンニたちが危険にさらされるのが嫌で、採掘者のチームから抜けたかったんですよね」
愛菜は、やっぱり人の気持ちを読むのがうまい。
あのとき話をあらぬ方向へ持っていったのも、私の本心に気づいていたからなのだろう。
「ええ。このままでは、この子たちの誰かが死に戻って、そのうち戻れなくなるんじゃないかって。怖いのよ」
「先輩の大事な家族ですものね。でも、大丈夫です。コロもいるし、ジョバンニは強い。先輩はもっと強い。ね、心配しすぎです」
シロちゃんとぺぺが、そっとすり寄ってきた。
「モナミ。大丈夫だよ。私たちは、しんでももどれるんだって、ジョバンニが言った」
「そうだよ。だから、心配しすぎ。モナミも死に戻れるんだよ」
確かに 三回までは戻ってこられる。
それまでは、探索者を続けるしかなさそうだった。
いや、もしこの先ジョバンニが死に戻るようなことがあれば、そのときはどれだけ引き留められても私は辞める。
もし反対されるのなら、ディメンションリンク事業部そのものを辞めればいい。
異次元ドアの開発や異世界へのリンク、それに、これまで上げてきた功績によって、会社からは十分な報酬を受け取っている。
そのおかげで、蓄えもできた。
もう、危険を冒してまで働き続ける必要はない。
この先は、好きな研究でもしながら、家族とのんびり暮らせばいいのだ。
プロメテウスから力を与えられた私の家族は、もはや短い命のペットではなくなった。
ジョバンニはエロスによって精霊に変えられたのだから、寿命もきっと延びているのだろう。
下手をすると、私より長生きかもしれない。
だったら、日本――いや、地球でこの先も暮らしていけるのだろうか。
獣人となったミミたちに、巨大化するジョバンニ。
私が死んだあと、彼らはどうなるのだろう。
私は本気で、この先の住む場所を考えなければならないようだ。
「愛菜、コロとはずっと一緒にいられると思う?」
「……先輩の島にいるだけなら、何とかなるでしょうけど。三つ頭の犬では都会では連れて歩けません。一緒にいることは無理ですね。たぶん、いつかは別れることになるかも……」
愛菜は寂しそうに、テントの外へ目をやった。




