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「四階層のボス戦。今回は正攻法で挑むぞ」
「おおーっ!」
私たちILTのメンバーは、四階層のボスをゲートの外から倒すという抜け道を見つけ、何度もスフィアを手に入れてきた。
そのおかげで、小宮山君は賢者の杖を成長させ、四種の魔法を使えるようになっていた。
火の槍。水の変化による氷の槍。風の刃。そして土の杭。
とんでもないことになっている。
彼がここまで早く魔法を使いこなせるようになったのは、スフィアの力だけではないだろう。
ロンゴンの龍から授かった「知」の加護も、大きく影響しているはずだ。
私や佐藤さん、そしてジョバンニの加護も、内向きの力なら五階層でも通用する。
封じられているのは、外へ働きかける力だけだ。
それでも今回のボス戦では、あえてその力を使わないと決めていた。
「この階層ボスを加護なしで倒しきれれば、五階層でもやれる」
野崎の言葉に、皆の空気が引き締まる。
その野崎自身、すでに神技の雷を広範囲へ放てるほどになっていた。
装備までも成長し、今ではシールドがなくとも滅多なことでは傷つかない。
小宮山君に「勇者の立ち位置ですね」と言われて、満更でもないようだ。
佐藤さんの治癒の力も大きく伸び、手をかざすだけで多少の傷なら塞げるようになっていた。
そしてハルバードは、広い範囲へ光を放てるまでに成長している。
本人としては不満なのだろうが、まだ発展途上だ。これから先、とんでもない神技へ化けるかもしれない。
馬淵君の持つタワーシールドは、本人いわく重さをほとんど感じないらしい。
シールドバッシュまで使えるようになり、前衛としてぐっと頼もしくなってきた。
愛菜の弓は、魔物にデバフを掛けて動きを鈍らせるだけではない。
私たちの体力が落ちれば、今度はバフで支えてくれる。
けれど、愛菜自身は前線で戦えるわけではない。
その武器は、支援特化で直接戦闘には不向きだからだ。
護衛たちの武器は銃器へと成長した。
しかも弾切れの心配がない。
馴染んだ武器を得た彼らにとっては、これ以上ない強化だろう。
その特性を活かし、彼らは愛菜を守りつつ後方支援を担っている。
ジョバンニとコロの力そのものは成長していない。
どうやら成長するのは、武器と採掘道具だけのようだ。
ヘパイストスが造る神器の核を込めた初心者セットは、この迷宮ゲームにおける必須のアイテムなのだろう。
――採掘者として登録できない以上、それも仕方がない。
けれど、その体は滅多なことでは傷つかない。
それでも、ジョバンニは一度死に戻っている。
龍神の加護が封じられる五階層は、武器を持たないジョバンニにとって危険な場所だ。
「ジョバンニは、留守番する?」
「……モナミについていく……ワン」
どうしても一緒に行きたいというので、決して私から離れないよう言い聞かせておいた。
そして私のタワーシールドからは、かつて使っていたようなシールドが展開できるようになっていた。
それはロンゴンの黒龍から授けられた闇のシールドに酷似しており、半径五メートルほどを覆える。
皆を囲って守るには、十分な力だった。
ただ、馬淵君のタワーシールドも、そろそろ同じ力に目覚め手もいい頃なのに、成長が止まっていた。
野崎が馬淵君の盾を見て「成長限界かもな……」という。
「なんですか、それ」
私が尋ねると、野崎は、採掘者ギルドの武器屋の受け売りだと言って聞かせてくれた。
武器には成長限界があると言う。私が持つ盾は、上位のもので、特別に購入できたのだそうだ。
野崎の防具もそうだったが、彼が持つ武器は初心者用のままだそうだ。
では、この武器はそのうち買い換えなければならない。そういうことなのだろう。
問題は、ミミたち獣人組だった。
初めてのボス戦で、彼らがどこまで動けるのかは未知数だ。
「シロちゃんもミミも、コタロウもぺぺも、絶対に前へ出ないでね。前衛組のチャンタも、無茶しちゃ駄目よ。分かった?」
「……ウン」
チャンタの武器は、なぜかメリケンサックに成長してしまっていた。
拳で殴り合うための、超近接武器だ。心配しないでいられるはずがない。
愛菜は「まさに猫パンチね」と笑っていたけれど……。
荷物の問題は、もう片づいている。
各自の腰には、食料や水を大量に収めたヘパイストス謹製のマジックバッグが下がっていた。
「チェンたちは、まずグリフォンの威圧を防いでくれ。あれを放つ前に首を狙え」
「はい」
「了解!」
先に沢村とチェン、アーサーが、銃器を構えたまま四階層のゲートをくぐる。
それを見たグリフォンは、すぐさま宙へ舞い上がり、喉を大きく膨らませた。
威圧が来る。そう思った瞬間、チェンたちの銃器が火を噴く。
喉は外した。だが、弾は右目をかすめたらしい。
グリフォンはたまらず身を翻し、翼を激しくばたつかせながら上空へ逃れる。
その隙を突いて、残りのメンバーも一気にゲートをくぐった。
野崎の鋭い檄が飛ぶ。
「愛菜と護衛たちはここで待機。榊原は獣人たちと右へ。私と佐藤、小宮山は馬淵の盾の後ろにつく。左へ走れ。行くぞ!」
これは、あらかじめ決めてあった配置だ。
もし危険になれば、愛菜たちは真っ先にゲートから逃げ出せる位置にいる。
所定の位置に、それぞれがついた。
ゲートの前では、愛菜がコロに跨がったまま弓を構え、魔物が射程に入るのを待っている。
私はジョバンニたちをシールドで囲い、上空のグリフォンを見上げていた。
その前にはチャンタが立ち、魔物が近づけばいつでも飛び出せるよう身構えている。
「ミミたちは、ここでは出番がないからじっとしていてね。あとでたくさん索敵してもらうからね」
「うん!」
ジョバンニは武者震いでもしているのか、小刻みに体を揺らしながら魔物を睨みつけていた。
魔物を挟むように、向かい側では野崎たちが陣取っていた。
いつまでも降りてこないグリフォンに、野崎がしびれを切らす。
剣を天へ突き上げた次の瞬間。
バリバリバリッ……。
稲妻が宙を裂いた。
グリフォンの翼にそれが直撃する。
魔物は一瞬だけ硬直し、その直後、きりもみ状態で墜落してきた。
ズズーン……。
「やったか……」
「野崎さん……それはフラグ」
グリフォンは地面に落ちるなり立ち上がり、再び喉を膨らませ始める。
そこへ愛菜の矢が突き刺さり、出かかった声が喉の奥で詰まった。
ビシッ。
「グッ……フ!」
「今だ。総攻撃!」
野崎と馬淵君が駆け出し、チャンタもジョバンニもシールドの内側から飛び出していく。
私は皆を守るため、ここを動けない。
――私が行ければいいのに。
盾を握る手に力がこもる。
それでも、今は前へ出る時じゃない。ミミたちを守るのが私の役目だ。
「ミミ、シロちゃん。コタロウ、ぺぺ。ちゃんと見ていてね。チャンタたちが強敵を倒すところを」
「……ウン。あっ、ジョバンニが噛みついた!」
再び宙へ逃れようとしたグリフォンの尻尾に、巨大化したジョバンニが噛みつき、そのまま地上へ引きずり下ろした。
その横では、チャンタが魔物の後ろ足へ猫パンチを叩き込む。
メリケンサックを嵌めた拳は深々とめり込み、グリフォンは苦しげに身をよじって踏ん張る力を失った。
グリフォンがチャンタを振り返り、鋭い嘴を突き立てようとする。
だが、チャンタは素早く身をかわした。
その隙を逃さず、馬淵君が盾を振り抜く。
強烈なシールドバッシュが前脚をしたたかに打ち据え、グリフォンは苦鳴を上げてのけぞった。
そこを野崎の剣が捉えた。
「天雷刃!」
振り抜かれた剣から、稲妻がほとばしる。
雷光をまとった刃が一閃し、グリフォンの首を断ち切った。
魔物が光となって消えたあと、野崎は我に返ったように周囲を見まわした。
「さすがです」
「見事でした」
チームのメンバーは口々に野崎を褒めた。けれど、なぜか誰も彼と目を合わせようとしない。
「やば……。野崎さん、マジで技名までつけたんですか……」
小宮山君が、やや引き気味につぶやいた。
***
私たちは、グリフォンが落としたスフィアと宝箱を回収し、そのまま五階層へのゲートをくぐった。
スフィアを吸収させることになったのは、馬淵君だった。
チームを守る要は、私と馬淵君のタワーシールドだ。
「これで私も、榊原さんと同じシールドが使えるようになるかな」
馬淵君は期待を込めて、スフィアを盾に近づけた。
だが、いくら待っても、盾はスフィアを吸収しなかった。
「やっぱり、成長限界に達しているのか……」
野崎の予想は当たっていたらしい。
仕方なく、スフィアは馬淵君の防具に吸収させることになった。彼は前衛だ。自分の身を守る力を高めるのも、大切なことだろう。
だが、彼の武器は、まだ小さな槍のままだった。
もう一度グリフォンを倒して、せめて武器も成長させるべきではないか。
私がそう言うと、野崎はきっぱりと首を振った。
「五階層の探索は、これ以上先延ばしにできない。すぐに他国のチームもここへ来る。その前にラビリンスの全容を把握し、皆に公表しなければならない」
ゲートを抜けた先は、高い崖の上だった。
眼下には、巨大なラビリンスが霧にけぶり、果てしなく広がっている。
だが、それは小宮山君が以前に写した地図の形とは違っていた。
彼は顔色を変えて地図を広げる。
「迷路が変化しています! 以前の地図は何の役にも立ちません!」
「前に来たときとは違うのか」
「はい。通路の配置がまるで合いません」
野崎は、眼下のラビリンスと地図を見比べた。
「一定の時間が経つと、迷路そのものが組み替わるのかもしれないな」
その言葉に、私は小宮山君の地図を見つめた。
そして、ひとつの可能性に気づく。
「小宮山君の地図は、まだ奥まで記されていません。だから、ラビリンスが変化したとはまだ言い切れないわ」
「どういう意味だ、榊原君」
「この迷路、組み替わるんじゃなくて回転しているのかもしれません。ここを見てください。ほら、地図と合っています。九十度回してみて」
野崎たちは無言で地図を回し、あらためて迷宮を見下ろした。
小宮山君は興奮して足りない部分を書き足していく。
以前ここで地図を書いたときは奥の方が霧で見えなかった。その部分を書き足しているようだ。
「ああーっ。あと少しなのに。野崎さん。もうしばらくここで、ラビリンスが回転するのを待ちませんか?」
「もし、しばらく待つだけで地図が完成するなら、それだけで私の仕事は九割方達成できる。問題は、どれほど時間がかかるかだ」
野崎が焦っているのには理由があった。
採掘者たちの中に、鉱物を採ることよりも、自分の力を高めることに興味を持つ者が出始めていたからだ。
強い武器や新たな力を求め、先の階層へ進もうとする者は、これからますます増えていくだろう。
野崎は今も、採掘者たちの安全を気に掛けているようだ。
「野崎さん。また一人で責任を背負おうとしていませんか?」
「榊原君。君は変わったな。以前の君なら、採掘者を守るのは当然だと、真っ先に私に賛同したはずだぞ」
「……」
私は、冷酷な人間に変わってしまったのだろうか。
もともと私は人間に対する関心が薄い。
他人と一緒にいることが苦痛だった。
ジョバンニたちといるほうが幸せだし、心も安らぐ。
私は、きっと変わっていない。
野崎が私のことを、気弱で、心優しいお人好しだと勘違いしていただけだ。
「野崎さんが責任を感じるのなら、私たちは従います。
でも、これだけ皆のために動いても、それが正しく理解されるとは限りません。
以前だって、『隠していた』と決めつけられて非難されたじゃないですか」
野崎は言い返せず、言葉に詰まった。そこへ佐藤さんが割って入った。
「モナミ。大勢を預かる立場なら、野崎さんの責任感は大切なものだよ。君が野崎さんを心配して言っているのは分かる。だが、少し言い方がきつかったな」
「……そうでした……か?」
本当は、もっと言いたかった。
鉱物は四階層までで、十分に採掘できたはずだ。いったい何のために、五階層へ入る意味があるのか。私には、その必要性がまったく感じられなかった。
私たちは、もともと研究職だ。こんな危険な探検まで引き受ける必要はない。
本来の目的から大きく外れてしまったこの探索は、私だけでなく、ジョバンニたちまで危険にさらしている。
けれど、今は口をつぐんだ。




