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いつものように、野崎の異空間でのこと。

小宮山君は、アルケディアの冥界の話を聞くと、珍しく神妙な顔になった。


「神が関わって、生まれ変わりまで左右するんですか。すごい世界ですね」


そこで愛菜が「え?」と目を丸くする。


「仏教でもそういう話、聞くじゃない。私、昔から神さまとか仏さまはいるって信じてますもん」


「……まさか、愛菜は本当に信じているのか?」


「ええ。だって、死んでおしまいだなんて考えたくないじゃない。絶対に死んだ先があるはずよ。世界が違うだけで、みんな同じだと思う」


いつもはさばさばしている愛菜が、こんなことを口にするのは意外だった。

輪廻転生なら、仏教でもよく語られる。

他の宗教にも、生前の行いが死後に影響すると説くものはある。けれど、少なくとも私は、特定の神を信仰しているわけではない。


「わたし、普段はそんなこと意識もしないで生きているわ」


「先輩っておかしいわ。神の世界とつながったじゃない。ここも。ロンゴンも神の世界ですよ」


「……そうだったわね」


プロメテウスやエロスと接するうちに、神はあまりにも身近な存在になっていた。

そのせいで、かえって神聖さを感じなくなっていたのかもしれない。


「ロンゴンでは、人がいて、実際に龍神を信仰していた。だがここには、神を敬う者がいない。だから君には、信仰の対象として実感しにくいんだろうな。もっとも、この世界では神が実際に世界を支えている。目に見える形でな」


野崎の言うことはもっともだった。

私にとって神とは、人が生きるために思い描き、拠りどころとしてきたものだ。

目に見えず、不可思議で、どこか曖昧な存在。

そして同時に、人が都合よくその言葉をねじ曲げ、民衆を動かしてきた歴史の象徴でもあった。


「でも、ここの神は本当に神と言えるのかしら」

私は首をかしげた。

「神って、本来は信仰の対象でしょう。アルケディアの神々は、私には住民の延長に見えるの。たしかに強大な力は持っているけれど、私が思い描いていた神とは少し違うわ」


佐藤さんが苦笑を浮かべ、両手を軽く挙げた。

「モナミ。ここでアルケディアの神の定義を議論しても始まらないよ。世界が違うんだ。そもそも、私たちとは在り方が違う」

そこで一度言葉を切り、佐藤さんは野崎を見た。

「それより、もっと大事なことを話し合わないと。野崎さん。死に戻れなくなった採掘者たちの実情を、公表しますか」


野崎は机を指先でとんとんと叩きながら、しばらく考え込んでいた。

やがて結論が出たのか、顔を上げ、重い口を開く。


「公表は……しないことにした」


「どうしてですか。採掘者にまた犠牲が出たらどうするんです」

馬淵君が焦ったように口を挟んだが、野崎は厳しい顔を崩さなかった。


「確かに、今後も犠牲は出るかもしれない。だが、二度の死に戻りというセーフティーラインを設けているにもかかわらず、ルールを守らなかったのはその者たちだ。明確な危険を事前に示しても、破る者は出てくる。そこまで面倒は見きれん」

野崎はそこで一度言葉を切った。

「もちろん、今後は二度目の死に戻りの際はギルドにでも警告 してもらおう。だが、それ以上は本人たちの責任だ」


佐藤さんが、野崎を見つめてゆっくりと頷いた。

「地球では、死後の世界に対する考え方は、宗教や文化によって違います。本当のことを公表しても、すぐには受け入れられないでしょうね。実際、生まれ変わりも確かめようはないのだし。それに、何度も迷宮で死んで戻ってくるうちに、ゲームのように感じてしうのも、無理はありません」


「そうだ。そこをはっきりとさせようと思う。四度死ねば戻れなくなると」


野崎はこれまで、念のため二度の死に戻りを入場停止の基準としていた。だが、今後は制限は外すという。その際、四度目には復活できないことも明確に告知するという。

それでも危険を承知で無茶をする者までは、止めようがない。あとは本人たち次第だった。


小宮山君が、いつもの調子で軽く口を挟んだ。

「『冒険者は自己責任』、ってやつですね!」


野崎は小宮山君を鋭く睨みつけた。

「ゲームじゃないんだ、小宮山。君も肝に銘じろ」

「……はい……」


***


ディメンションリンク事業部から出されていた死に戻りの回数制限が、セーフティーラインだったと公表すると、各国から非難が浴びせられた。


『始めから明かすべきだった』

『資源を採らせたくないのだろう』


そういう非難だ。

死んで、戻れなくなる恐れがあることにはそれほど反応はなかったのだ。


「なぜだろうな。死に戻れる回数制限を設けたことばかりが、やり玉に挙がった」

「資源を採ることが目的ですからね。それに、採掘セットは死に戻ってもそのままだった。武器や装備だけが初期化されるのも、問題だったと思います」


佐藤さんと野崎の話を聞きながら、私は当初の対応があまりにも慎重すぎたのだと思った。

だから私は、はっきりと野崎に向かって言った。


「安全ラインを設けたのは優しさだったんでしょうけど、それは少し日本的な発想だったんじゃないですか」

私はそこで言葉を継いだ。

「最初から任せればよかったのよ。賭けるのは自分の命だって。私たちは、場所を公開しているだけだって」


「確かに、そうだな。人の命の保証など、最初からできるはずもなかったんだ。私たちは、そこまで背負うべきじゃなかった」


ディメンションリンク事業部は、それ以後、採掘者たちに深入りしなくなった。

気に掛けたところで、どうにもならないからだ。


一応、二度死に戻った者には採掘者ギルドで警告もしている。

だが、それも確認のしようがなく、把握できるのはあくまで自己申告した者だけだ。


異次元ドアは、安全に階層を移動するために私たちが設置したものだった。

けれど階層が上がるほど魔物は危険になる。

実力が伴わないうちに先へ進めば、死に戻る危険もそれだけ増す。


それでも採掘者の多くは、実際の限界である三回目の死に戻りまでは迷宮に入り続けるようだ。

そしてその後、彼らは迷宮に姿を見せなくなる。

死んだ者もいるのかもしれないし、自ら身を引いた者もいるのだろう。

だが、その後の知らせがディメンションリンク事業部に届くことはなくなった。

各国が自分たちの採掘者の管理をして、代わりの採掘者を次々と送り込んでいたからだ。


「日本政府の対応は?」

「他の国と変わらないだろうな。だが、まだ戻れなくなった採掘者は出ていないようだよ」


一階層は、以前とは別の場所のようだった。

エロスが作り変えた始まりの村は街へと膨れあがり、採掘者だけで一万人を優に超えている。

プロメテウスの造ったまがいものの人間も、今では普通の人と見分けがつかない。

ここだけが、アルケディアの世界から切り離され、人の営みだけで膨らんでいく別世界のように見えた。


ようやく野崎にも余裕ができてきた。

そこで、しばらく中断されていた五階層の攻略を再開することになった。


「榊原君。君のペットたちの実力はどうだ」


「三階層と四階層なら、問題なく戦えています」


プロメテウスから力を与えられた私のペット……いや、私の家族たちは、瞬く間に力をつけた。

普段は元の姿で暮らし、獣人の姿はむやみに人目に触れないようにしている。


獣人の姿のとき、彼らはフードを被り、耳や尻尾を隠して採掘者の申請を出しに行った。

だから、少なくとも他の採掘者には気づかれていないはずだった。

文字は書けないので、申請書は私が代筆した。

採掘者ギルドは神の管轄らしく、身分証がいらないのも助かった。


ただ、ギルドの受付嬢だけは、一瞬「おや」とでも言いたげな顔をした。

それでも、その場で何かを言われることはなかった。


「ミミ、あのお姉さん、気づいていたみたいね」

「うん。だって、ギルドのお姉さんもミミたちと同じだもん」

「……そうなの?」


プロメテウスが造りだした泥人形だとばかり思っていたNPCたちは、もしかしたら変化したのだろうか。

一頃よりは応対も自然になって、まるで普通の人間のようになった。

だが、ミミたちと同じというなら、心を備えた生き物になったのだろうか。

もう一度プロメテウスに会って、確かめてみたい。

けれど今は、五階層の探索が先だった。


コタロウたちが集まって、何やら相談している。

こっそり聞き耳を立てると、思わず頬がゆるむようなやり取りが聞こえてきた。


「索敵は俺たちに任せろ。シロはかくれんぼが得意だし、チャンタは前で魔物をやっつける役だ。ミミは……なんだっけ」


「……ミミも、索敵だよ」

「なんだか索敵ばかりだな。ほかに得意なことを身につけないと、留守番組にされてしまうぞ」

「留守番はいや。でも、ミミ、何ができるかな……」

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