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「なぜ、今、異次元ドアを設置しなければならない? だめだ。神が日本に来たいと言ったらどうする!」
「でも、この次神が来たら身につけるものを欲しがるかもしれないでしょう。テーブルクロスはもう無いんです」
だから、一度日本へ戻って仕入れてきたいと私は懇願した。
「花柄は可哀想だわ。白い布を用意して上げたい」
野崎は呆れた顔で私をまじまじと見つめた。そしてこう言った。
「ギリシャ神は元々裸だ。気にするはずはないだろう」
本当にそうだろうか。ここの神は違うような気がするのは私だけだろうか。
私の意見は、すげなく却下されてしまった。
傍で聞いていた佐藤さんは、クスクス笑いながら、
「モナミ、君は相変わらずだな。弁慶や愛菜がこの事を聞いたら笑い転げるぞ」
「なんで? 神様だって洋服を着たいと思うかもしれないでしょう」
人間の姿を初めて見た神々は、きっと興味津々で私たちを観察するはずだ。
ヘパイストスは、神々に自分が受け取ったものを得意げに見せびらかす姿が私には見えていた。
次の日からは、地道な地質調査が始まった。
若い隊員が東側をまず偵察してくる。その後1キロ単位での細かな調査だ。
「十キロくらいで見つかるとは思っていないが、とにかく成果を一日でも早く上げたい」
野崎は深刻な顔で隊員たちにそう述べた。
彼は、国からの依頼で来ている。
隊員たちの命も預かる大きな責任があるのだ。トップに立つというのは良いことばかりではないのだろうなと、この時初めて野崎のことを不憫に思った。
地質調査には私は必要ないと言われ、佐藤さんと拠点で留守番することになった。
拠点には、ウサギやねずみをたまに見かける。
捕まえられたら、詳しく見たいと佐藤さんが言う。
彼は医学の知識があるので、生物の生態に興味があるようだった。
「川には魚がいるかも。捕まえてみる?」
「釣り竿、持ってこなかった。捕まえるのは無理だろう」
川縁に座り、そんな話をしていると、神が来た。
私たちの話を盗み聞きしていたようだ。ヘパイストスが私たちの傍に立っていた。
《捕まえて進ぜよう》
ヘパイストスは金槌を手に持ち、川の中に入っていく。
そして水面に金槌を振り下ろした。
川の水が一瞬細かく振動し、ざわざわと波打ち始める。
しばらくすると魚が次々と浮かんできた。白い腹を上にしてピクリとも動かない。
《何をしておる。魚は気絶しているだけだ。早く捕まえろ。どうだ。これで其方らの食事は足りるか?》
佐藤さんは、神に顔を引きつらせながらもせっせと魚をすくい上げクーラーボックスに入れ始めた。
一方、私は――花柄の腰布は神には似合わない。何か代用品がないかと荷物を漁っていた。
少ない着替えの中から引っ張り出したのは、白いサマーセーターだ。
私の唯一のよそ行きのセーターだが、白はこれしか見つからなかった。
セーターを手にしながら、立派な体のヘパイストスと見比べ、ガックリとする。
ヘパイストスは、いつの間にか私の傍に立ってサマーセーターを見ている。
《これは?》
「これはサマーセーター。神様には白が似合うと思ったんだけど……これしか見つかりませんでした」
《これをどうすれば良いのだ?》
「頭からくぐらせて身につける洋服ですが、ヘパイストス神にはサイズが合いませんね」
力なくふふふと笑った私を見て、神は私からセーターを受け取りそして頭に被ったのだ。
《これで、よかろう。其方の貢ぎ物、しかと受け取った。よき、よき》
その後ヘパイストスは拠点の中を興味深く見て回った。
これは何に使うものか、こっちは何だと次々に質問する。
私は、優しい叔父様のようなヘパイストスがますます好きになった。
《ほほう。光を作る道具とな。人間というものはわれらと同等なのか》
「まさか……神様には及びも付きません。人は短い寿命でめまぐるしく動き、そして時にはいがみ合う悲しい種族です」
《其方らに『火』を授けようと思うておった。だが必要無いようだ。他に欲しいものはあるか》
――そうだわ。ヘパイストスなら、どこに鉱物が眠っているか分かるかもしれない。
「私たちは、鉱物を探しにここへ来ました」
《鉱物。金、銀、銅、もしくは鉄か?》
私は、野崎さんが以前見せてくれた、レアメタルのサンプルケースを勝手に彼のテントから持ち出した。
後で断れば良いかと、後ろめたさを押し殺して。
今を逃したら、ヘパイストスにいつ巡り会えるか分からない。
神にサンプルケースを開けて見せて「これです」と差し出した。
私は鉱物にはまったく詳しくはないし、佐藤さんも然りだ。
技術者も野崎さんも調査に出払っていて、しばらく戻ってこないだろう。
ここには専門家は一人もいないのだから。
ヘパイストスは小さなサンプルを一つ一つつまんでじっくりと見ている。
そして首をかしげた。
《このようなものは見たことがない。これは、砂鉄とも違う……ん? これは見たことがある。銅とくっ付いて見つかる》
ヘパイストスがつまみ上げたのは、コバルトだった。
神は私をまじまじと見て《こんなゴミが欲しいのか? 銅ではなく》という。
――銅も、あれば野崎は欲しがるだろうか?
私も首をかしげて「たぶん……」そう答えるしかなかった。
佐藤さんがそのやりとりを見ながら、恐る恐る近づいて来て私に助言してくる。
「モナミ……ちょっとやそっとの量ではダメだと言ってくれ。纏った量が必要だと」
「でも……掘り返すにはここの自然が壊されてしまうかも。どうしよう、その交渉もしなければダメなの?」
《大量に必要だ、そういうことだな》
ヘパイストスには聞こえていたようだ。何せ神様だ。こそこそ話していたのは意味がなかったようだ。
ヘパイストスは「儂に考えがある」と言って、またすーっと消えてしまった。
サンプルケースごといなくなってしまったのだった。
***
十二柱が住まう霊峰にして神々の寝床、天空を統べるお方の足元の御山の中腹に、ヘパイストスの鍛冶工房がある。
神はそこにこっそりと戻り、人間から献上された大事な腰布と帽子をそっと隠した。
そして本来の姿へと戻ると、岩がごつごつと転がる広々とした高地へと歩み出た。
その大地に手を置き、始祖の御霊へと祈りを捧げる。
《混沌より生まれいでし、わが天空を統べる父を生み出したまえる女神よ。いま一度、我が願いを聞き入れたまえ》
ヘパイストスの声に応えるように、大地が震えた。
ずずずーんという轟音とともに地が盛り上がり、そこには大地から生え出たような上半身だけの女神が、ヘパイストスを見下ろしていた。
《我が生み出したる天空を統べる王の初めの子。願いとは、言うてみよ》
そこで彼は、小さなサンプルケースを取り出し、かくかくしかじかと、始祖たる女神に語りだした。
不憫な孫の顔がいつもと違い、輝いて見えることに喜びが隠しきれない女神。
親身になって聞くうちに、人間という新たな種族に興味が沸いてきた。
そして極めつけが、《儂に名前が付いた。ヘパイストスだ。どうであろうか》
何とも驚き羨ましくなった女神は、《われも、名前が欲しい》とのたまったのだった。
***
拠点に野崎たちが戻ってきた。
私はオロオロしながらこれまでの経緯を野崎に話し土下座して謝ることになった。
「たった一つしかない、サンプルケースごと消えてしまっただと!」
野崎は烈火の如く怒った。
「ごめんなさい。助けになるかと思ったのよ。まさか持って行ってしまうとは思わなかった。本当にすみませんでした」
「無くなってしまったのは仕方がないじゃないですか。どうせサンプルです。ヘパイストスには当てがあると言う事ですよ。野崎隊長、しばらく待ってみませんか?」
「佐藤さん!」
佐藤さんがフォローしてくれた。私は感謝して佐藤さんに思わず抱き付いてしまった。
「まあいい。だが、今後神が現れたとしても、勝手にものを与えないように。懐かれてしまってはどうなるものか分かったもんじゃないからな!」
そう言い残して野崎は、ずんずんと自分のテントへ入ってしまった。
「酷いわ。神をまるで捨て犬みたいな言い方をして」
「でも、ここの神様って、犬ころみたいじゃないですか。花柄の布を貰ったくらいで喜んでいるんですから。可愛いもんです」
若い隊員が笑いながらそう話していると、地面が大きく揺れだした。
野崎が「地震か!」と叫びながらテントから飛び出してきた。




