②通じた気持ち。
「何やってんだ、それー!!」
吹奏楽部顧問教師、渡辺の怒声が音楽室に響き渡る。
その日の全体練習。
フルートとピッコロ・パートの女子部員が、同じ失敗を何度も繰り返している為。
指揮をしている渡辺もキレ気味なのだ。
「ザンパ序曲」では、ある意味、この二つのパートは主役であり。
演奏全般に彩りと盛り上がりを与える重要な役割を持つ。
反面、曲全体が速いテンポで動いていく為、速いフレーズ、スタッカート、跳躍などを駆使しなければならないなど高度なテクニックが要求されるのだ。
それに対し、指がもつれて動きがついて行けなくなり。
ダブルタンギングのタイミングがわずかにずれ、音が抜けやすくなってしまう。
特に薬指や小指の反応が遅れてしまうのだ。
更には、フルートもピッコロも細い見た目に似合わず、肺活量の要る楽器であり。
にも関わらず、吹き込む息を繊細にコントロールしなくてはならない、ただでさえハードな楽器なのである。
その、本格的なオーケストラの演奏者でさえミスは不可避なパートを、そもそも一高校生演奏者が完全に克服するのは酷なこともわかる。
なので、あらかじめ渡辺は曲全般のテンポを"本家”と比べ「一般の演奏者向け」にスローダウンした楽譜を手に入れ、部員達に配り。
それを今年度のコンクール自由曲に決めたのだが………………
それでもまだ、◯✕高校吹部のメンバーは悪戦苦闘しているのであった。
フルート・ピッコロに目立っていた"音抜け”は、時間の経つうちに相川莉奈の居るクラリネットのパートにも伝染して来た。
渡辺は、部活で指揮を取る時。
自らの譜面台を指揮棒ではなく、スネア(パーカッション・パートの太鼓)用の木製スティックで叩きながら"人間メトロノーム”と化す。
それがイライラして来ると、だんだん強く叩き付けるようになり。
しまいには木製のスティックが折れて飛んで行くこともある。
結局、その日の部活では課題点を克服することは出来なかった。
「………お粗末さま!」
こうゆう時の部活は。
渡辺が、ぶ然とした顔で一言、そう言い残し音楽室を出て行き終了となる。
「今日もワタナベ、荒れてたね」
静まり返った音楽室で。
どんな時でも、のほほ〜んとしているテナー・サックスの南雲理美がポツリとつぶやく。
「………だいたいさぁ!
こんな面倒臭い曲じゃなくて、もっとカンタンなのにすればいいんだよ」
相川莉奈が、俯いたままのフルート・ピッコロの女子部員の胸の内を代弁するかのように、ふて顔で言う。
それに反応し、美葉が提言。
「………でも。
いつもカンタンな曲目ばかりで無難に済ませていたら。
いつまで経っても成長できないし、コンクールでも評価されないと思います!
ここは必ず乗り越えるべきです!!」
アチャ〜!!
美葉の隣りに座る烈貴は、思わず手で顔を覆う。
不安は的中し、莉奈先輩の怒りの矛先が美葉へと向かった!
「あんたねぇ。
一年のくせに!とかは言わないけどさ。
チームワークなんだよ吹部は!
あんた一人がエリート面したところで、何もイイことなんかないの。
余計なこと言うんじゃないよ!!」
美葉も負けじと言い返す。
「エリート面なんかしてません!
今、この部で一番大事だと思うことを言ってるだけです!!」
「み、美葉ちゃん!」
なだめようとする烈貴。
「………まあ、待てよ」
それまで沈黙していた、チューバの前田が口を開く。
前田は、今年度の部長でもあった。
「………今日、渡辺が言ってたように。
テンポの速い曲だから、肩の力抜け!
そうすれば指も動くようになる………
ってことなんだけど。
それがなかなか上手く行かないんだよな?
それってたぶん………テクニックというよりメンタル絡みだと思うんだよな、オレとしては。
なもんで、オレが渡辺に直接相談してみる。
何かイイ方法無いか?って。
それまで、この件は預からせてくれ。
いい?」
前田の提案で一先ず、その場は収まった。
駐輪場へと向かいながら、烈貴と美葉は並んで歩いた。
鞄を抱えて歩く、美葉の足取りは重かった。
「………先輩」
「………ん?」
「私………間違ってますか?」
「え?」
烈貴は思わず美葉の顔を見た。
思い詰めているように、俯いていた。
今日の出来事を、烈貴も思い返していた。
「………俺、あの時。
相川先輩が怖くて、美葉ちゃんを止めようとしてた。
………けど。
美葉ちゃんの言ってたこと、正しいと思う……………この部活が、いつも銀賞止まりな理由も。
きっと、そうだったんだって」
美葉は立ち止まり、烈貴の横顔を見た。
烈貴も立ち止まり。
美葉に顔を向けて言った。
「美葉ちゃんが………俺達に気付かせてくれた。
これから、皆がどうすればいいか?って」
「………先輩!」
美葉の瞳は潤んでいた。
夕闇に浮かび上がるブレザー姿の美葉の身体が、大人びて見えて。
見つめる烈貴は、はにかむような笑みをみせた。
気が付くと、二人はRG50Eの前まで来ていた。
美葉は驚きの表情で、その青い車体を見つめる。
「これが先輩のバイクですか?」
「そうだよ、昔の原付さ。
オヤジのお下がりなんだ」
「ええ〜!?
原付なんですか?
こんなに大きいのに」
スクーターすらも滅多に見ることの無い、美葉にとっては。
これに同じ高校生の烈貴が乗れること自体を衝撃に感じていた。
「もうさ、俺も、こんなの欲しくは無かったけど。
オヤジが"せっかく取って置いてやったんだから乗れ!”ってうるさくて笑
いや………このバイク自体もかなり、うるさいけどね」
美葉は、思いもよらぬことを言って来た。
「このバイクの音……
聴かせてもらっても、いいですか?」
「ええ?
これ、ガチでうるさ過ぎるんだけど?
耳、塞ぎたくなるよ笑」
「いいです!
聴いてみたいです」
好奇心に瞳を輝かせる美葉の為に。
烈貴はRG50Eにキーを挿し込み、キックレバーを蹴り落とした。
ブァーン!
ブァーンブァーン!!
ガロガロガロガロガロガロガロガロ
ブァーン!
ブァーン!
ガロガロガロガロガロガロガロガロ
マフラー=チャンバーからは、青白い煙が吐き出される。
あまり空吹かしすると教師が飛んで来るので、加減の良いところでエンジンストップさせる。
「……………どお?
うるさいだろ笑」
美葉の表情を覗き込むと、初めて聴くバイクの排気音に目を丸くしていたが………
やがて、満足そうな笑みへと変わった。
烈貴へ向き直ると………
「スゴいです!
バイクそのものは一つなのに、いろんな音が共鳴して聞こえて来て………
ハーモニーですね!
演奏会と同じです!!」
美葉の意外な言葉と笑顔に、烈貴は嬉しくなった。
更に美葉は尋ねる。
「このバイクって、二人乗り出来ますか?」
「いや、やっぱ法律では原付だからね、一人しか乗っちゃいけないことになってるんだ」
「そうなんですか………」
美葉は思っていた。
(先輩の後ろに、乗ってみたかった)
辺りはもう、真っ暗になっていた。
「あ、ごめんなさい!
先輩引き留めちゃって。
私は徒歩通だからいいけど………」
「いや、いいんだよ」
烈貴はヘルメットを被り、シールドを開けて笑顔で言った。
「今日は俺も………
美葉ちゃんと、たくさん話せて嬉しかった。
じゃ、また明日!
美葉ちゃんも気を付けて帰って!!」
美葉は。
ブルースモークの彼方に消えて行く烈貴とRG50Eを、手を振りながら笑顔で見送っていた。
続く
〈通じた気持ち・完〉




