①これって………恋?
「先輩!高橋先輩!!」
「え?……ああ」
県立◯△高校の二年生、高橋烈貴は。
隣りに座る近藤美葉に声をかけられ、我に返った。
二人は吹奏楽部の先輩後輩で、放課後の音楽室に居た。
「だから〜、先輩!
27小節目の出だしがいつも早いんですよ!!」
二人のパートはトロンボーン。
スライド式の金管楽器だ。
烈貴と美葉は、全体練習前のパート練習をしていたのだった。
時は5月半ば。
全国の高校吹奏楽部が、コンクールに向けて本腰を入れる時期である。
この春入学したばかりの美葉は。
毎年のように県大会で金賞を取り関東大会まで行く、地元では吹奏楽の強豪である△△中学から鳴り物入りで入部してきた、いわば"即戦力”である。
入学式当日も、式が終わると真っ直ぐ音楽室まで来て挨拶していた。
「君のような子が、どうしてこんな弱小吹部の高校に!?」
目を丸くする烈貴に対し、決意に満ちた表情で美葉が告げる。
「吹部以外にも理由があるんですが………私は。
最初から勝てる勝負はしたくないんです!
これから三年間で弱小部を強くして、万年銀賞を金に押し上げて全国へ行くのが夢なんです!!」
この美葉の"宣言”には、現役部員達も思わず振り返った。
確かに県大会さえ行けない、万年銀賞の弱小部であることは間違い無い事実なのだが………
「ちょっと、あなた。
確かにウチはそうだけど?
いくらあの✕✕中から来たからって、新入部員が言うことじゃないでしょ?」
ファースト(第一)クラリネットを担当の三年生、相川莉奈が。
モデルばりの長身と顔で美葉を見下ろし、眉間にシワを寄せる。
小柄で少しポッチャリ気味の美葉は、それでも引く様子もなく。
表情も変えず莉奈を見上げている。
「ハッハッハ!
イキのいいのが入って来たな」
ただ一人のチューバ担当。
ラグビー部からも誘われたこともある大柄な体格の男子。
前田太一、三年生が楽器に寄りかかりながら愉快そうに笑う。
烈貴は、美葉と莉奈の間でオタオタとうろたえた。
「あ………まあまあ、相川先輩。
俺もね、中村先輩が卒業しちゃって、ヒジョ〜〜〜に心細かったんスよ!
なので、これくらい頼もしい一年生が入って来てくれて。
マジ嬉しいんです!!」
「ホントですか!?」
美葉は烈貴に向き直り、途端にパァッと笑顔を見せる。
ここ◯✕高校吹奏楽部は。
新年度が始まった時点で全部員15名しか居ない、吹奏楽部では少人数な方であった。
国内の吹奏楽コンクールでは、演奏人数によって50〜65名の大編成のA部門と。
35名以下の小編成のB部門とに分かれる。
それにより◯✕高校はB部門での参加となっていた。
限られた人数の為、主にメロディラインを担当するクラリネットやトランペットなどのパートに人員を回さざるを得ず。
歴代トロンボーンのパートも二人から三人というこで割り当てられていた。
前年度も◯✕高校のトロンボーンは、烈貴ともう一人、この春卒業して行った中村というOG二人きりだったのである。
「よお!
近藤さん、ようこそ◯✕高校へ!!」
入学式の礼服のまま、上機嫌で音楽室へ入って来たのは。
吹奏楽部顧問教師の渡辺だ。
音楽教師には珍しく?
チョイ悪オヤジの雰囲気を持つ50歳である。
リーゼントの頭を撫でながら、渡辺は満面の笑みだ。
何しろ、今年度こそは部員達に新入部員勧誘を気合でやらせ。
少しでも多く人員を増やし"音”に厚みを持たせたい!と息巻いていたところに、美葉のような"大型新人”の入部だ。
「まあ、ウチは御覧の通りのB部門だが。
ボーンのキレが良くなるとチャレンジ出来る曲目も増える!
烈貴!!
今日からオマエも先輩だ。
よろしく頼むぞ!!」
バンバンッと渡辺に思い切り背中を叩かれ、思わず前のめりになる烈貴。
すると、それを横から支える美葉。
ふと………
美葉の顔が、烈貴の横顔の間近に寄る。
「先輩………
よろしくお願いします」
耳元に、美葉の息と。
柔らかな唇を少しだけ感じた。
烈貴が振り向くと、美葉はニッコリ笑っていた。
(………あれ?)
さっきまで、まるで"豆タンク”のように思えていた美葉の丸顔も。
よく見ると可愛らしい顔立ちに見えた。
………………と。
新年度開始から一ヶ月半も経つと、烈貴と美葉は
"どちらが先輩で、どちらが後輩か”
わからなくなっていた。
「………ったく。
渡辺の奴、また、こんな厄介な曲選びやがって」
今年度の◯✕高校のコンクール自由曲は。
フランスの作曲家フェルディナン・エロルドの「ザンパ序曲」となった。
この曲では27小節目付近、静かな導入部が終わった後、急速なテンポのアレグロに切り替わる瞬間にトロンボーンが
パーン!!
と力強い打ち込みを入れる部分があり。
どうも烈貴は、そこでタイミングが合わない。
しかし目立つ部分だけに、妥協は出来ない………………なので美葉も自分が新入生であることも忘れ、烈貴に意見しているのである。
「悪りぃ。
もうちっとなんだけどな………」
バツが悪そうに頭をかく、烈貴。
美葉も、つい強めに言ってしまっている自分に我に返る。
「先輩、いいです。
私、ずっと待ちますから」
烈貴が顔を上げると、美葉は。
あの時と同じ笑顔でニッコリ笑った。
烈貴の胸には…………
それまで感じたことの無い、高まりみたいなものが生まれて来ていた。
部活が終わったのは、もう夜になろうとする19:00前。
烈貴は学校の駐輪場へ置いてある、"相棒”の元へ急いだ。
その相棒とは………スズキRG50E。
昭和のスポーツ・バイク。
当時でいう、ゼロハン・スポーツだ!
烈貴は跨り、キックでエンジンをかける。
ブァーン!
ガラガラガラガラガラガラ
令和では有り得ない、2ストローク・エンジンの野性的な排気音が響き渡る。
「………どうせなら。
俺のトロンボーンと同じヤマハのバイクにして欲しかったな、オヤジィ」
フルフェイス・ヘルメットを被り。
烈貴はスロットルを開け、走り出した。
グラォーーーーン!
グラォーーー一ー一ー一
RG50Eは。
ブルースモークを吐きながら、烈貴を家路へと向かわせて行った。
続く
〈これって……恋?・完〉




