97.エリスとの出会い④
エリスを連れ帝都に戻った俺は、まず最初に冒険者ギルドの建物に向かった。
腐敗し始めた大鬼の首が、かなりの異臭を放っている。
顔面が崩れてしまったら、証拠として扱ってもらえなくなってしまうのではないか。そう僅かな不安を覚えた俺は、少し焦っていたのだ。
確か受付の娘は、事後報告でも良いと言っていた。とはいえ、腐った頭では判別できないとされ、討伐したと認めてもらえない可能性だってある。
ゴブリンと呼ばれる小鬼を討伐できなかったのだから、せめて大鬼の報酬だけは何とかもらっておきたいところだ。
街を歩く俺たちに対し、すれ違う者たちはみな好奇の眼差しを向けてくる。
彼らにとって変わった服装の人間が、大きな鬼の頭を担いでいるのだから当然といえば当然だろう。
そんなこんなで、ようやくギルドの建物に着いたわけだが。俺の考えは、要らぬ心配だったようである。
建物の中に入るなり、多くの者たちがこちらを見てざわめき始めた。
受付のデカ乳娘も目を丸くして、こちらを見ながら固まっている様子だ。
「おっ、お帰りなさい、シンジュウロウさん。それは一体どうされたんですか?」
ちゃんと名前を覚えてくれていたようで、とても嬉しい限りである。
「ゴブリンを狩ろうと思うておったのだが、なかなか出くわす事がのうての。代わりにコイツを狩ってきたのだが。証拠となる部位を聞き忘れておったので、頭を切り落として参ったのだ」
「どう見てもオーガの首ですよね? まさか一人で倒してしまわれたんですか?」
「ああ。紹介できないというだけで、事後報告でも良いと言っておったと思うが。これで報酬はもらえるのかの?」
「ええ、本当は両方の角だけで良かったんですけど、それでも大丈夫ですよ」
受付の娘は、そう言うなり大きな袋を足元から取り出す。
「済みません……わたしにはちょっと……」
これに入れてくれと言いたいのか、彼女はそう言葉を濁す。まぁ、重いし腐敗しかけているしでは、嫌がるのも無理はなかろう。
俺は、袋を受け取ると鬼の首をそこに入れ、臭いが漏れないよう固く口を縛る。その後すぐに、エリスの事についても説明した。
森の住人を保護したという事で、俺とエリスは別室に招かれていた。
手数料は若干取られるが、どうやらギルドを介して役人に届け出てくれるという話のようである。
一旦エリスを預かってもらい、引き渡しが完了したら報酬がもらえるという事らしい。
「では、エリスちゃんはこちらでお預かりいたします」
丁寧な物腰の担当者が、話を終えたあと俺に対してそう言葉をかける。
横に座っていたエリスは、その言葉のあと何故か俺の裾を引っ張ってきた。
彼女の方に目をやると、悲しい瞳でじっとこちらを見つめている。
「シンジュウロウ……わたしの事を売らないって言ったよね?」
「何を言うのかエリスよ。お前の事を売ろうなどと思ってはおらぬ。ここで別れとはなるが。これからお前の安全は、こちらの御仁が保証してくれるそうだ」
「嫌ーっ! わたし、シンジュウロウと一緒がいい!」
そう言ってくれるのは少し嬉しく思うが。こんな幼き娘を、苦難の連続となるであろう旅の道連れにするわけには参らぬ。とはいえ、本当にあの義理を欠く帝国の役人が、彼女の安全を守ってくれるという保証も確かにない。
「役人に引き渡された後、エリスはどうなるのであろうか」
どうしても気になった俺は、担当者の男に対してそう質問してみる。
「さあ……恐らくですが親類などを探して、元の森に帰される事になるのではないでしょうか」
そう聞いて、急に叫びだすエリス。
「そんなの絶対に嫌! わたしもう、あの森には帰りたくない!」
無理もなかろう。あの森は、けっして安全とは言えない。保護区と銘打っているわりには、帝国の兵など全く出動してはおらず、魔物の討伐は冒険者に任せっきりなのだ。
「そんなに俺の事を困らせるな。俺には、どうしても果たさなければならぬ目的があるのだ。その旅に、幼いお前を連れてゆくわけにはいかぬ」
「わたし、そんなに幼くなんかないよ! こう見えても十四だよ」
驚いた。俺と二つしか年が変わらぬではないか。エルフという種族は、途轍もなく長寿だと聞いてはいたが。成人になるまでの期間は、普通の人族とそれほど大差はないとも聞いていた。
目に涙を浮かべながら、じっとこちらを見つめるエリスの顔に俺の心は揺れ動く。
体は小さいが、十四という事であれば物の分別くらいはつけられるだろう。ならば、そこまで足手まといになるとも言いきれないのかもしれない。
「一つ訊ねたいのだが。もし拙者が引き取ると申したら、それは可能な事でござるか?」
悩んだ末に俺は、担当者の男に対してそう訊ねてみる。男の答えは存外、軽いものであった。
「お互いに了承のうえでしたら、大丈夫だと思いますよ。ただしその場合、エリスさんには何かしらのギルドに登録してもらった方が良いと思いますが。そうすれば、一人立ちしているという事になりますので。後になって咎められる、というような話にはなりにくいでしょうからね」
エリスの方に目をやると、彼女は希望に満ちた顔をこちらに向けている。
そんな彼女の表情に、俺の心の迷いは完全に振り払われるのだった。




