94.エリスとの出会い①
「いまいち状況が掴めぬが。一先ず、お互いに名を名乗らぬか? 名も知らぬのでは、この後の話もしにくいのでな。俺は、片倉慎十郎だ。お前さんの名は何と申すのか?」
面倒事に巻き込まれたくない気持ちもあったが。俺もそこまで鬼ではない。事情によっては助けになってやっても良いと考えた俺は、目の前の幼い娘に対し名を訊ねた。
「カタ……クラ?」
「慎十郎で良い。それで、お前さんは何と申すのだ?」
「シンジュウロウ? わたし……エリス」
ようやく自身の名を名乗った娘だったが。俺は、そんな彼女から鳴る僅かな音を聞き逃さなかった。
「腹が減っておるのか?」
そう問うなり、俺は腰に下げていた袋から宿の女将にもらった干し肉を取り出して差し出す。
少し躊躇う様子だったが。よほど腹が減っていたのだろう。エリスと名乗った娘は、恐る恐るといった感じでそれを両手で受け取った。
「遠慮するな。金には当面、困る事はないのでな。それを食って落ち着いたらで良いから、事情を詳しく説明してくれるか?」
エリスは、俺の問いに対し頷くと、干し肉を眺めながら生唾を飲み込む。この期に及んでもまだ、少しばかり躊躇っている様子だ。
まぁ、詳しくはわからないが。人攫いにここまで連れてこられたのだとすれば、見ず知らずの相手に警戒心を抱くのは当然だろう。
「ひいっ!」
俺が脇差しを抜いた事に驚いたエリスは、小さく叫び声をあげる。
「心配するでない。腰に付いた縄を切ってやるだけだ」
理由を聞いて大人しくなったエリスの縄を、俺は脇差しで切って取り外す。
よほど酷い目に遭っていたのだろう。彼女の腕や脚には、複数の痣がついていた。
「日も落ちてきたところだし、取りあえず歩きながら食べるとよい」
俺は、そう言うと林道の方に向かって歩き出す。幼い娘を連れながら、オーガのような大鬼に再び襲われでもしたらそれこそ敵わない。
それに、エリスもじっと見られていては、いつまで経っても干し肉を食す気にはなれないだろう。
林道に出た所で悩んだ俺は、行き先を決めるためエリスに対して問う。
「ここから近いようなら、今から家まで送ってもよいが。明日でも構わぬという事であれば、一旦森の外にある村に向かうとするが。お前さんはどうして欲しいのだ?」
俺の問いに対し、口もとをモグモグさせるエリスはかぶりを振る。
思ったとおり、歩きながらであれば食べてくれたようで少し安心した。
「かぶりを振るばかりでは、わからぬだろう。何か家に帰れぬ事情でもあるというのか?」
少しばかり腹も満たされた事で安心したのか、エリスは急に涙を流しはじめる。
様子から察して並々ならぬ事情があるのだろう。そうなると、今は何を聞いても答えてはくれまい。
そう感じた俺は、これ以上何かを訊ねはせず、最寄りの村に向かう事を決断した。
村に着くとすっかり日も暮れていた。
この分だと宿が取れるか心配だ。
俺は、エリスを連れ急いで宿を探す。村は冒険者たちが中継地点にしている事もあり、かなり栄えてる感じだった。
とはいえ、日が暮れていた事もあり屋外は閑散としている。
兎に角、宿の場所を誰かに訊ねようと考えた俺は、賑やかな声がする方へと向かう。
人の声がしていたその場所は、酒場のようであった。
大鬼の首を担いだ俺を見て、酒場の客たちは一斉にぎょっとした表情をこちらに向ける。
俺は構わず、街の宿で返された釣りの銅貨を握りしめ店主の元へ歩いていった。
「おい、兄ちゃん! そいつは一体どうしたってんだ? まさか一人で狩ったってわけじゃないよな?」
厳つい雰囲気の男が、俺に対してそう声をかけてくる。その男の問いに対して「こいつの事でござるか? 如何にも拙者が一人で倒した魔物にござる」と答えると、店の中は一気に騒然となった。
「マジかよ! スゲーな!」
そんな声が飛び交うなか俺は店主の前まで進み、つけ場の上に五枚の銅貨を置く。
「ちと訊ねたい事があるのだが。この村に宿はござらぬか?」
「部屋を取るなら、これじゃ足らんぞ。銀貨四枚だ。一部屋でいいなら、ちょうど空きが一つあるが。金はちゃんと持ってるんだろうな?」
何とも僥倖なことだ。探していた宿は、まさしくこの酒場であったようだ。しかも、ちょうど空きが一つ有るというではないか。
それにしても、ちと足元を見すぎである。帝都の宿は、銀貨二枚に銅貨五枚で泊まる事ができた。
「エリスよ。俺と同じ部屋で、一晩泊まる事になってしまうが。お前さんはそれでも構わぬか?」
エリスも部屋が取れなければ、外で野宿する羽目になる事くらいわかっているのだろう。俺の問いに対し、彼女は黙って頷いてみせた。




