90.異世界を翔る侍①
「おや? これは一体どういう事だ?」
前世の記憶にある、ローマの教皇に似た格好の男が発した言葉である。
悪い夢でも見ているのだろうか。さっきの天使がいた真っ白な世界といい、突然もと居た江戸の街から欧羅巴の大聖堂に一瞬で移動するなんてあり得ないことだ。
それとも、よく言われる神隠しとは、どれもこんな感じなのだろうか。
周りを見てみると、禁足地の森に入っていった悪ガキどもの他に、俺と同じく巻き込まれたと思われる何人かの町人がしゃがみこんでいた。
ひい、ふう、みい……数えてみると、江戸の人間らしき者は俺を含め全部で十一人のようだ。その周りを大勢の司祭と思われる者たちが取り囲んでおり、祭壇の前には先ほど発せられた声の主が立っていた。
大聖堂と表現したが、俺たちが今いる建物の屋内はまさにそんな感じの場所である。
「選ばれし勇者の皆さま方、よくぞお越しになられました。私は、ハーウェ聖教会のカイハンスと申します……」
ハーウェ聖教会? 聞いたこともない会派の名前だな。バテレンの一派のようにも見えるが、まさかそうではないのか? そもそも異国の人間が、異国と思われる地で、日本の言葉を流暢に話している時点でかなり奇妙な話だ。
自らを教皇だと名乗ったカイハンスという男は、続けてこの状況につての説明をはじめる。
彼の話しによると、この世界はアッシュリアという名の世界であり、俺たちは特別な力を与えられ召喚された勇者という事らしい。
突然この世界に現れた魔王とやらを、特別な力を得た俺たちに倒して欲しいという話のようだ。
「突然の発言、御容赦願いたい。拙者、片倉慎十郎と申すものにござる。教皇猊下に、ちと訊ねたい事があるのでござるが。拙者に、この件に関して問う機会を与えてもろうても構わぬでござるか?」
状況を飲み込めず、不安そうにする町人たちに気を遣い。俺は少し背伸びして、知る限りの最も丁寧な口調で問いかける。
しかし、何故か教皇は不服そうな顔をして、少し横柄な感じで俺の問いに応じた。
「うむ、貴殿はシンジュウロウと申すのか。これから他にも、いろいろと説明しなければならない事があるのでな。訊きたい事があると言うのなら手短に願えるか?」
様々な人生経験がある俺だからこそわかる。こんな手前勝手な事を強引にするくらいなのだ。要は自分の思いどおりになる、都合の良い駒として俺たちを見ているのではなかろうか。
即ち目の前にいるこの男は、こんな状況においても物怖じする事もなく発言できる俺を、あまり好ましく思ってはいないのだろうと考えられる。
しかし、一度発言してしまった以上、ここで簡単に引き下がるわけにもいかない。
「では、質問させていただくが。このような勝手な行いをいきなりされ、手前どもがそう簡単にその件を了承すると思われるのでござるか? 仮に了承し魔王とやらを倒す事ができたとて、もと居た国に帰してもらう当ては有るのでござろうか」
「勿論ご希望とあらば、元の世界に帰れるよう我々も全力を尽くす所存です。目的を果たした暁には、必ずや我らが主ハーウェより戻る方法についての啓示があることでしょう」
教皇の曖昧な答えに、本音としては納得などしていなかったが。今はこの世界について何もわからないのだから、取りあえずその言葉を信じて従うしかない。
「あいわかり申した」
とにかく今は様子を見よう。そう考えた俺は、ここでの問答は無意味だと悟り一旦引き下がる事にした。
俺の短い返事を聞いた教皇は、相変わらず不満げな顔をして、この件は終わりとばかりに次の話に移る。
どうやら召喚者と呼ばれる俺たちは、能力を空中に表示させ確認する事ができるらしく。これから、それを実行できるようにするための儀式をおこなうようだ。
用意された水晶の前に一人ずつ立ち、次々とステータスとやらの確認がおこなわれていく。
天からの授かり物のようで、一人一人の儀式が終わると其々に専用の武具が現れていた。
「皆、なかなか良いステータスをお持ちのようです。これなら魔王の討伐にも期待が持てますな。残るは貴殿だけだが……一応、確認だけはしておかなければならないので、早く水晶の前に立たれよ」
まるでもう、終わったかのようにそう言う教皇のカイハンス。一応とは、全く不可思議な言い様だ。
嫌な予感はしつつも、俺は他の者たちと同じように水晶の前に立つ。
司祭たちの聖歌が響き渡り、俺の全身は微かな光を放ち始めた。




