74.守り人の集落②
俺が言葉をかけると、アイシャは何故か顔を真っ赤に染めながら表情を歪ませた。
何か言いたそうではあるが、なかなか言葉が出てこないようである。
カミカミだが、ようやく彼女から出てきた言葉は俺の心をへし折るには十分すぎる程の暴言であった。
「ななっ、名前も知らにゃい奴が、いきなり偉そうに質問してくるにゃにゃっ! お前みたいなクソザコが、あたいに気安く話しかけるにゃんて百万年早いにゃよ!」
迂闊だった。名前もまだ名乗っていないのに、ついうっかり何時もの感じで話しかけてしまうとは。確かに気難しい相手なら、怒りだすのも無理のないことだ。
ミコトが自然な感じで会話をしているのを聞いていたので、すっかりその事を失念していた。
モブを演じていた期間が長すぎたため、久々に強い口調で罵られた事に俺は圧倒されてしまう。
「名前も名乗っていなかったのに、いきなり質問なんかして済まなかった。俺は、カケルだ。よろしく頼む」
一応、謝罪と簡単な自己紹介をした俺だったが、アイシャは「ふんっ!」とすぐにそっぽを向いてしまう。どうやらかなり嫌われてしまったようだ。
少しショックを受けている俺に対し、左腕で抱いていたアムが優しく頭を撫でながら言葉をかける。
「おー、よしよし。可哀想にカケルちゃん。ちょっと質問しただけなのに罵倒されちゃって、いっぱいショック受けちゃったよね?」
俺の事を慰めてくれるなんて、アムにしては珍しい。と思いきや、糞ムカつく天使の可愛らしい顔は、いかにも笑いを堪えているといった感じで歪んでいた。
「本当は、ちっとも可哀想だなんて思ってないんだろ」
「プププ、そんな事ないよ。自己紹介もしないでいきなり話しかけたカケルちゃんが悪い、なんて少しも思ってないから」
そんな俺たちのやり取りを、ミコトは微笑ましいとでも言いたげな顔で見守る。
俺とアムに対して全く興味がないのか。アイシャは、振り返りすらせずさっさと歩きだした。
集落の様子は、かなり活気のあるものだった。
交易も盛んにおこなわれているようで、他の集落から来たと思われる商人たちの露店が数多く開かれ、街は大きな賑わいをみせている。
大通りを進むなか、あちこちから金属を叩く音が響き渡り、その喧騒から武具の生産も盛んである事が窺えた。
外から見えていた煙の正体は、まさしく鍛造が至るところでおこなわれている事に起因していたようだ。
街を抜けると、再び百メートル級の木々が生い茂る森に入る。太い枝には橋が架けられ他の木の枝と連結しており、幹の中腹部あたりには住宅と思われる建物がいくつも造られていた。
「あの一番大きな木に建つ家が、族長の住まいにゃ」
アイシャが、正面の巨木を指し示しながら、目的の場所に着いたことを知らせる。数人の者たちを残して、他の部下たちはこの場所で其々の持ち場へと戻っていった。
最初の木にのぼるための階段を上がっていき、連結された橋を渡って族長の住まいへと向かう。途中アイシャとミコトは、相変わらず雑談しながら歩いていた。
二人の会話によると、部族の長はどこも世襲制ではないらしい。代替わりの際には、実力のある者が新たなリーダーとして選出されるようだ。
自分の子に長としての座を継がせるために、英才教育を施す族長も多いらしいが。この部族の現族長には子がないため、アイシャが次期族長の有力候補に上がっているという話だった。
そんな話を聞くと、まさしく生粋の戦闘民族といった印象を受ける。
とはいえ、部族の者たち全員が使徒としての啓示を受けるわけではないらしく。
樹海の住人は十二歳になると、漏れなく女神から職能を与えられるようだが。戦闘系である使徒としての啓示を受けるのは、ほんの一握りの限られた者だけらしい。
そんな女神の使徒である彼らの使命は、この樹海に対する外部の侵略から民を守ることだ。
ある程度の予備知識を得たところで、俺たちは族長が住むという家に到着する。
遠巻きに見てもけして大きな物とは言えないその建物は、族長の住まいにしてはごく普通の家だった。




