72.天然な女隊長
感知した30の気配は、かなりのスピードでこちらに向かってきているようだった。
あれよあれよという間に、その気配は目前まで迫り俺たちの周りを取り囲む。
そんな状況のなか、先頭を進むミコトの脇にあった巨木に一本の矢が突き刺さった。
羽丈の近くまで深く刺さっている事から、その貫通力が尋常でない事を物語っている。
警告の意味で放ったのだろう。気配感知の能力により矢が飛んでくる事はわかっていたが、同時に殺意までは無い事も感じ取っていた。
「ちょっとした挨拶代わりみたいなものだから、気にする事はないよ」
一瞬だけ立ち止まったミコトだが、彼女はそう言うと再び歩きだす。
さすがに挨拶代わりなんて事はないだろう。そうは思いつつも、だからといってそれで大人しく引き下がるわけもない。慣れたミコトの言うことに安心感もあった俺は、特に何も考えず彼女の後を追った。
しかし、当然の事ながら周りを囲んだ連中が、そのまま俺たちの侵入を許すはずもなく。
「ここは我ら女神の民の勢力範囲だにゃ! これ以上進むつもりにゃら針の山が築かれる事になるにゃけど、その覚悟はできているにゃか」
何処からともなく、集団のリーダーと思われる者からそう声がかかる。変わった口調だが、その声は女性のもののようだ。
「十年ぶりくらいだね。ボクたちは、遺跡を探索する許可をもらいにきたんだ。事を荒立てる気はないから、できれば大人しくこのまま族長のところまで案内してもらいたいんだけどね」
ミコトがそう即座に返答すると、木々の陰から続々と集団が姿を現し始める。
姿を現した連中は、獣の耳を頭部に持ったいわゆる獣人という奴らだった。
「確かミコトとか言う名だったにゃか。あのときも何年かぶりに現れたとかいって、ものすごい騒ぎになっていたにゃよね? まだ子供だったけど、何となくその時の事は覚えてるにゃ」
この集団のリーダーなのだろうか。白い三角耳と、同じ色の長い尻尾を持った女戦士が、ミコトの言葉に対してそう応答する。
巨木に矢を深く突き刺すほどの戦闘力を持った集団のリーダーにしては、ずいぶんと華奢な見た目だ。他の者たちを見ても同様に、そこまで筋骨隆々といった感じでもない。
俺たち召喚者と同じように女神とやらの加護を受けている事で、見た目には表れない特別な力を持っているのだろうか。
「まぁ良いにゃ。そういう事にゃら、黙ってあたいに付いてくると良いにゃよ」
意外なことに、あっさりと集落への案内を了承する女戦士。他の者に意見を求めないところをみると、やはり彼女はこの集団のリーダーという事で間違いないようである。
とはいえ、案内するとはっきり明言しているわけではないので引き続き警戒は必要だ。
女戦士と共に、数名の獣人戦士が先頭を歩く。他の者たちは、ある程度の距離を保って俺たちの周りを囲みながら進んだ。
下手な動きを見せたら、即座に攻撃するといった状況である。殺気までは感じられないものの、彼らからは明らかに緊張感のようなものが伝わってきた。
リーダーの名前くらいは聞いておきたいところだが、とてもそんな事を訊ける雰囲気ではない。
「ずいぶんと若い隊長さんだね? 名前はなんていうのかな?」
さすがはミコトである。連行されているような立場であるにも拘わらず、彼女はごく自然な感じで女戦士に対して名前を訊ねた。
こちらから言葉を発した事で、周りを取り囲んでいた戦士たちの緊張は一気に高まる。しかし、訊かれた女戦士は全く怒る様子もなく、彼女の質問に対し普通に反応した。
「あたいに訊いてるのにゃか? あたいの名なら、アイシャだにゃ。部族では天才と言われてるにゃからね。使徒の啓示を受けてから、たった二年で隊長に選ばれたにゃよ」
アイシャと名乗った獣人戦士は、誇らしげにそう語りだす。自らそんな話をしてしまうあたり、彼女は相当な天然か、そうでなければよほど自信過剰な性格なのだろう。
「へぇ、キミって天才戦士さんなんだね? そんなエリート街道まっしぐらな隊長さんのステータスがどんなものなのか、是非一度この目で見てみたいものだよ」
名前を教えるくらいならともかく、あまり歓迎していない相手に対しステータスなんて公開するはずもない。そもそも彼ら女神の使徒に、ステータスなんてあるのだろうか。もしそうなら確かに少し興味はあるが、だからと言ってそんなものを見て一体何になると言うのだ。
ミコトの話に対して、そう考える俺だったが。女隊長であるアイシャの反応は、意外にもそれほど悪いものではなかった。




