66.神の盾
流石に俺が困っている様子を見せている事で、ミコトも攻撃の手を緩める気になったのだろう。冗談だとまでは言わないものの、彼女は無言で俺の体についた泡を流し始めた。
泡をきれいに流し終えると、再び何処からともなく発現させたバスタオルで、俺の体についた水滴を優しく押さえるように拭き取り始めるミコト。
まるで母親にそれをされているみたいな感覚であり、先程の犯されている感じとは違いその行為は妙に落ち着いた。
「せっかく体を綺麗にしたのに、汚れた服をまた着ることもないよね」
ミコトはそう言うと、いつの間にか手に持っていたシルクのローブを俺に羽織らせる。こんな深い森の奥でなければ、幻想的な湯煙も相まってまるで神界での一幕のようだ。
自身も服を着終えた彼女は、俺の手を引いて歩き出す。
「ところで、あの機能は念か何かで発動できるのか?」
「甲冑モードの事かい? ボクなら念を込めただけで発動できるけど、カケルの場合は神経を繋がないとダメだね。でも、そこまですれば、自分の手足のように動かす事ができるようになるよ」
神経を繋ぐという事は、やはり手術のようなものが必要となるのか。痛みを伴うのは覚悟のうえだが、あまり手荒な施術はして欲しくないものだ。
「施術には時間がかかりそうなのか?」
「そんな事ないよ。一瞬で終わるね。ちょと痛いかもしれないけど、なんなら今この場ですぐに取り付ける事もできるくらいだよ」
俺はそう聞いて、やはり手荒なものである事を想像する。まぁ、そんなに早く終わるなら痛いのも一瞬だ。
ダイニングルームに戻ると、ミコトは再び先程の手順で空間から義手を取り出す。
下らない事だが。そこで一つ不都合を感じた俺は、彼女に対し問題提起する。
「甲冑モードにすると、さっき見た状態になるわけだよな? 普通の服なんて着てたら左腕だけ破れて、その度に着替えなきゃならなくなるんじゃないか?」
本当に下らない話だと自覚があったので、どうせ「そうしたら良いじゃないか」くらいの反応しか期待していなかったが。問題提起を受けたミコトは、しばらく真剣に考える素振りを見せた後、俺が想像していた以上の提案をしてくる。
「だったらいっそのこと、普段から甲冑モードにしておいたらどうだい?」
「そんな事できるのか?」
「うん。服は片方の袖だけないやつを、ボクが用意してあげるよ。袖を通すとき伸びないように、伸縮自在の素材を使った物をね」
下らない話に対し、そこまで真剣に考えてくれたにも拘わらず、遠慮がなさすぎると自覚はしていたが。ミコトに脱がされた服は、エリスに買ってもらった大切な服である。自分でも気に入っていた事もあり、俺は彼女に対しダメ元で要望を伝えてみる事にした。
「我が儘いって申し訳ないとは思うが。そんな物が作れるっていうなら、俺が着ていた服と同じものを作ってはもらえないか?」
「着ていた服に、何か思い入れでもあるのかい?」
まさか女に買ってもらった、とは言えない俺は「いや、ただデザインが気に入ってるだけだ」とだけ言って適当にはぐらかす。
ミコトは、少しだけ訝しげな顔をしているが、その件に関してこれ以上特に突っ込んでくるような事もなかった。
「デザインって言っても、至ってシンプルな感じみたいだったけどね。まぁ良いさ。後で同じものを作ってプレゼントするよ。それじゃ、さっさと取り付けを済ませちゃおうか」
そう言って義手を俺に差し出すミコト。
多くの武装が付いているにも拘わらず、渡された義手はそれほど重さを感じなかった。
取りあえずそれを受け取った俺だったが。いきなり何の説明もなく渡されても、どうして良いのか全くわからない。
困惑している俺に対して、ミコトは悪戯な笑みを浮かべながら、自身の左肩を右手で何度も叩くような仕草をして頷く。
どうやら義手を直接、肩に当てろと言いたいようだ。
何が起きるのか、ある程度の予想はできるが。多少の痛みに堪えられないほど俺はお子ちゃまじゃない。
覚悟という程のことでもないが、俺はローブを脱ぎ僅かな間を置いた後、一気に義手を自身の左肩に押し当てた。
当てた瞬間、接合した付近から複数のワイヤーのような物が這い出し俺の肩に突き刺さっていく。
刺さった際の痛みはそれ程でもなかったが。そのあと内部で神経と繋がっていく感覚があり、そちらの方が耐え難い激痛を俺に与えた。
一瞬だと言っていたわりに、その痛みは十数秒ほど続く。
俺は、思わず叫んでしまいそうになったが、何とかその痛みが収まるまで耐え抜いてみせた。
「神の盾とでも名付けておこうか」
脂汗をかく俺に対し、ミコトは不敵な笑みを浮かべながらそう名を告げる。
アイギスか。これから俺の相棒になる武具の名としては、悪くない響きだ。
そんな感じでほくそえみながら、俺は違和感なく動かせるようになった左腕を目の前に上げ、まじまじとそれを見つめた




