62.超越者としての記憶
それは、今から三十万年ほど前の出来事だったと思う。
俺は、暗い闇の中から意識を覚醒させた。
ゆっくり目蓋を開けた俺の目に最初に飛び込んできたのは、人の姿をした、しかし爬虫類のような顔をした異形の者たちだった。
彼らは、ガラス張りの向こう側にある部屋の中からこちらを観察しつつ、目の前に現れている半透明のタッチパネルで何やら操作をしている。
何となく彼らを観察しているうちに、俺は己の視界を遮る何かに気づく。
自身の周りに目を向けてみると、全身から半透明な繊維の束が何処かに向かって無数に延びているようだった。
この時の光景が、俺の中にある最初の記憶という事になるわけだが。二つ目に思い浮かぶ記憶により、自身が特別な存在である事を認識するようになる。
全身に繋がるケーブルによって、俺は様々な情報を得ることができた。
異形の者たちは俺を創造した存在であり、その目的は彼らに代わって世界を守護し管理する事にあった。
必要以上の強大な力を与えられ、この世界に生み出された俺だったが。ついに全ての調整が完了し、いよいよ生命維持装置の中から出される時がやってくる。
外に出される瞬間。そのときの事が、二つ目の記憶としてよく浮かんでくるものなのだが。それは寝ている間に見る夢と同じようなものである。
起きたあと不思議に思うが、見ている間はそれが当たり前の設定として違和感すら覚えない。
その二つ目に浮かぶ記憶の時点で、俺は既に超越者としての情報を与えられた状態だった。
これだけ言うと、単なる妄想癖としか思えないだろう。
しかし、その後の転生を繰り返してきた数々の記憶によって、自分の中では確信を持つうえで十分すぎる根拠となっていた。
三つ目によく浮かんでくるのは、世界の支配者として地上に降臨したときの話である。
巨大な円盤形の母船に乗って地上に降り立った俺は、様々な種族の人間たちに神として迎えられ崇められる存在となった。
神と言ったが、それは便宜上の呼び名でしかなく。俺の中での認識は、特別な力を与えられ生み出された、超人的な存在という位置づけであった。
今はなき、太平洋上に存在していた大陸が、その時代における文明の中心地だった。俺は、その大陸に巨大な宮殿を構え、神として世界中の管理運営をおこなっていた。
四つ目以降として断片的に浮かんでくる記憶が、この辺りのものであり、その後どうなったのかについては一度も浮かんできた事はない。
転生を繰り返すようになった理由が、超越的な存在による支配からの脱却に関する重要な部分となるのだろうが。その肝心な部分について思い出す事がないのだから、そこは俺としても当然モヤモヤするところではあった。
『ありきたりな話ね』
俺の記憶に関する話に対して、アムはどっちともつかない事を言う。
この広い宇宙において、こういった話はよくあるという意味なのだろうか。そうでないとしたら、妙に地球の事について詳しい感じの彼女だけに、相変わらず俺が中二病だと言いたいだけなのかもしれない。
『どっちもだね。確かにそんなような話が、よくあるのも事実なんだけどさ。カケルちゃんの話だと抽象的すぎるし。肝心な部分の記憶が全くないんじゃ、どうしても信憑性にかけちゃうのよねー』
俺だってこんな話、自分でも馬鹿げているとは思う。しかし、言葉では言い表せない確信のようなものも同時にあった。
けっして妄想しているわけではない。朧気ではあるが、自然とそういった光景が何かの拍子に浮かんでくる事があるのだ。
『そこまで重症とはね……でも、そんなカケルちゃんのこと、これからも温かい目で見守ってあげるわ』
あくまでも俺を中二病扱いしたがるアム。
それにしても左腕の傷口が痒い。
お茶を飲んで落ち着いた事で、緊張が少し緩んだせいなのだろう。忘れていた事実をふと思い出し、急に気になって仕方がなくなった。
アムとのやり取りに気を取られていたが、肝心の亜神はこの話を聞いてどう思っているのだろうか。
頬杖をつきながら俺を見つめるミコトは何故か、まるで恋する乙女のような顔をしていた。




