55.戦い抜く覚悟
血は止まっていたが、覚悟していたとおり僕の左腕は肩の下から完全に無くなっていた。
かすめただけだと思っていた川口の光弾は、しっかりと僕の大事な腕を吹き飛ばしていきやがった。
腕に触れた瞬間に爆発しなかっただけ、まだマシだったのかもしれない。
無数に転がる殺人蜂のバラバラ死体を見て、僕はその破壊力に戦慄する。空中爆発を起こした下の地面には、大きなクレーターができあがっていた。
爆発の威力に驚いて、殺人蜂どもの追撃が収まってくれるといいんだが。
そんな微かな期待を抱く僕だったが、その望みはすぐに絶望へと変わる。
なんて執念深い魔物なんだろうか。
僕の周囲は、みるみるうちに数千匹の殺人蜂で埋め尽くされていく。
初級魔法なら、まだ数発は放つ事ができる。どうせ無駄な足掻きだとわかってはいるが、ここは戦士らしく最後まで戦って華々しく散ろう。
普通の高校生が、こんな風に考える事など普通あり得ないだろうが。前世において何度も経験した戦士としての記憶が、僕を自然とそう奮い立たせた。
さあ、どっからでもかかってこい! そう簡単に、俺の体を食らわせてなんかやるものか。
そう覚悟を決めた僕はゆっくりと立ち上がり、エリスからもらった魔剣を抜き右腕だけで構える。
こういった場面は何度も経験しているが、さすがに巨大な昆虫の群れに食い殺されるという終わり方は初めてだ。
そんな事を考えていたら、自然と笑みが溢れてくる。
けっして楽しいからというわけではない。死ぬ直前は何度経験しても恐ろしいものだ。恐怖を通り越した何とも言えない複雑な感情が、自然と笑いとなって表れていた。
完全に覚悟を決めた僕だったが。不思議な事に奴らは僕の周りを飛び回るだけで、一向に襲いかかってくる気配はない。
周りをよく観察してみると、僕はある異変に気づく。
2メートルくらい先でたまに光が反射しているのを見て、透明なガラスのような物が僕の周囲を取り巻いている事がわかった。
『ごめん、カケルちゃん……取りあえず止血だけはしといたけど、左腕の再生はできなかったよ……ある程度の力を行使できるみたいだったけど、そこまでの力は発揮できなかったみたい』
なるほど。この状況は、アムが作り出してくれたものなのか。それならこのまま結界のようなものに閉じ籠ってさえいれば、ワンチャン殺人蜂の軍団が諦めてくれるか、知らせを聞いた帝国によって助け出してもらえるかもしれない。
『ありがとう、アム。助かった……』
『ごめん、カケルちゃん……期待を持たせちゃったところ悪いんだけど。この結界はたぶん、いくらももたないと思うわ』
そう聞いて何となく予想はついたが。僕は一応、何か打開策を思い付くかもしれないと考え、彼女にその理由について訊ねてみる事にした。
『いくらももたないって、どういう事なんだ?』
『わたしが今行使できる力は、カケルちゃんの生命力と連動してるの。だから今の疲れきったあなたの状態じゃ、そのうちジリ貧になっちゃうって話し』
アムの話を聞いて、打開策などまるでないという事を悟る。どうりで、さっきからやたらと全身が気だるいわけだ。
まぁ、それほど期待していたというわけでもなかったし、残り少ない今生を最後は天使との会話で締め括るのも悪くないかもしれない。
『ところで俺が死んでしまったら、お前はその後どうなるんだ?』
『宿主を失った天使は当然、天に帰るだけよ』
そう冷たい反応を示すアムに、僕は少し腹立たしさを感じる。一部とはいえ魂を融合させている仲なのだから、そのまま運命を共にしてくれても良さそうなものだが。
少しは同情してくれている感じを見せてはみても、最終的に自分だけは無事が確定しているわけだ。
まぁ、最初から強引だったわけだし、最後だってこちらの都合に合わせてくれるなんて事にはならないか。
アムとの会話すら次第にしんどくなってきた僕は、エリスからもらった指輪の存在を思い出す。しかし、指輪は失った左手の指に嵌めていた。
どのみち、この森では一切の通信手段が使えないようだが。駄目とわかっていても、最後に一縷の望みを懸けてみようと思うくらい良いじゃないか。
試してみる事すらできないなんて……。
僕は、ベースキャンプで毎晩のようにくるエリスの連絡に、辟易していた自分を心底恨んだ。




