56.潰える希望
次第に薄れゆく意識の中で、僕はエリスの事を思う。
考えてもみれば彼女も不憫だ。三百年ものあいだ僕の事を待ち続け、ようやく再会できたばかりだというのに。まさかまた、すぐに死に別れる事になるなんて。そんな事は、全く思ってもみなかっただろう。
三百年もかけ再び巡り会えた事に、必ず何か特別な意味があるはず。
まさか迎えにくるという約束を果たすためだけに、もう一度この世界に舞い戻ったわけでもあるまい。
とはいえ、そんな兆候も見られないままに、僕の命は今まさに尽きかけようとしていた。
『このまま生命力が尽きて、静かに死ぬ事を選ぶ? それとも最後くらいは戦士らしく戦ってから、魔物の餌になって死ぬ? どっちにしろ、餌になる事に変わりはないんだけどね』
今さら何を言っているんだ。だったら、もっと早く言うべきじゃなかったのか。もう戦えるほどの体力など、殆んど残ってやしない。
『一時的なら、ブーストをかけてあげる事はできるよ。意識が遠退いてきているのも、結局わたしが力を行使しているからに他ならないの。体力を回復してあげた時みたいに、後で反動はきちゃうだろうけどね。回復さえできれば、百匹くらいは倒してから気持ちよく死ねるんじゃない?』
本当に最後までムカつく天使だ。もはや、気遣うような言い方をする気すら全くないのか。
だがしかし、彼女の提案もそんなに悪いものではない。
どのみち餌になるという事に変わりがないのなら、最初に覚悟を決めたとおり最後まで足掻いてみるのも良いかもしれない。
このまま静かに死を待つにしても、身体の状態からして僕に残された時間はほんの僅かだ。
『アム! 結界を解いてくれ!』
僕の頼みに対して、アムは急に黙り込んでしまう。
全部言わなくても普通に通じると思うが。それだけでは、僕が自殺をしようとしているとでも勘違いしたのだろうか。
『そんなわけないじゃない! ちゃんと言っている意味くらい理解してるわよ! わたしだって大好きなカケルちゃんと、これでお別れって事になるのが本当はとても淋しいの!』
済まなかったアム。もはや気遣いする気すらないと考えていたが、あんな言い方しかできなかったのは淋しさの裏返しだったのか。
て言うか、俺の事が大好きだって? ずいぶんと嬉しい事を言ってくれるじゃないか。天使からそんな風に言ってもらえるなんて、正直まったく思わなかった。
次第に意識がハッキリとしてくる。力もどんどん漲ってくるようだ。
この状態ならば百匹とはいわず、千匹だって倒せそうな気さえする。
『本当に良いんだね? それじゃ、結界を解除するわよ』
『ああ、頼む!』
そう俺が短く答えた瞬間、殺人蜂どもの様子が一変する。奴らのヘイトが一斉に増していき、仲間内にどんどん伝播していくのを感じた。
ただ俺の周りを飛び回っていただけの殺人蜂どもは、結界が解かれた瞬間、全方向から一気に襲いかかってくる。
炎の力を纏った魔剣は強力で、能力を強化していない状態でも全く問題なく敵を斬る事ができた。
なるべく体力と魔力を節約するためには、強化魔法を使用して戦う事はできない。
幸いな事に、空気のスキルはそれほど魔力を消耗しないようだ。
そう考えると、エリスに渡された魔剣があって本当に良かった。普通の武器なら、とっくの昔に折れてしまっていた事だろう。
それにしても、これだけ仲間がバタバタと倒されていくというのに、よくコイツらは戦意を失わないものだ。
もう三百匹くらいは倒しただろうか。アムのかけてくれたブーストの効果は、まだ続いているようだった。
何とか最後まで、もってはくれないものだろうか。
あわよくば、敵を全滅させ死地を切り抜けられるかもしれない。
大奮闘した結果、殺人蜂どもの群れも半分ほどとなり。これなら何とかなるかもしれないと、微かな希望が芽生え始めたその時だった。
『よくここまで頑張ったね……残念だけどもう、時間切れみたい……』
アムの声が響くと同時に、全身の力が一気に抜けていく。
その瞬間、無数の殺人蜂が一斉に、俺の周りに群がってくるのだった。
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