49.魔女の森と大樹海①
身長2メートル程のホブゴブリンが、絶叫しながら激しく血飛沫をあげ地面に倒れ伏す。
予想外の赤い血が飛び散った事で、魔物を斬り殺した川口はその場で腰を抜かしてしまった。
ホブゴブリンは鬼の一種である。一応、魔物として分類されてはいるが亜人の一種でもあり、人間に対して異常なまでに好戦的であるが故に魔物として扱われていた。
そのため鬼として分類されていても、人と同じように赤い血を流す。
図書室に通い詰めて、この世界の知識を吸収しまくっていた僕とは違い。訓練以外は夜遊びしかしていなかった川口たちは、その程度の事すら知らないようだった。
そんな川口は、流れ出る赤い血を見て初めての殺しを実感しているようだ。
「ハハハ……やった、やったぞ! ぶっ殺してやった」
いくら狂戦士の職を得たとはいえ、ひと形の生き物を殺した事は殺人に近い感触を覚えたのだろう。全身を小刻みに震わせながら、川口は地面に尻餅をついたまま明らかに気持ちを高ぶらせている様子だった。
僕を含め、戸田、日高、本庄の四名は其々の相手と交戦中である。
正直、圧倒的にこちらが優勢ではあったが、魔物と言われてはいても人の形をしているわけだ。皆それが原因で、なかなか決着をつけられずにいるようだった。
仕方がない。ここは経験豊富な僕が、きっちりとお手本を見せてやろうじゃないか。
適当に遊んでやっていた僕は、周りを取り囲んでいた四体のホブゴブリン共の首を一瞬のうちに刎ねていく。
全く躊躇なく殺戮する僕の姿に、まだ交戦中の戸田たちは一瞬だけ驚いた表情をこちらに向けた。
「相手が武器を持って殺しにきているんだ! 躊躇なんかしていたら、いくらこちらの方が強くたって体力が切れた時点で終わりだよ!」
そんな僕の言葉に感化されたのか、最初に殻を破ったのは戸田であった。
「うわーっ!」と今にも泣き出しそうな叫び声をあげながら、ホブゴブリンの心臓を槍でひと突きにする。
戸田の奴は何とかやれたようだが、日高さんと本庄さんの二人はどうしても駄目みたいだ。彼女たちはその光景を見て、余計に恐怖を感じてしまっているように見えた。
初めての殺しによって興奮状態にある川口と戸田の二人は、しばらくのあいだ動く事ができないだろう。
そう思った僕は、日高さん達が対峙するホブゴブリン共の方に向かってゆっくりと歩いていく。
僕が放つ殺気に恐怖したのだろうか。二体のホブゴブリン共の表情から、先程までの下卑た笑みは消え失せる。そんな奴らは、剣を中段に構えながら少しずつ後退りを始めた。
「風脚」
エリスから貰ったロングブーツには、風の高速移動魔法が付与されていた。
短い詠唱だけで瞬足を得た僕は、目にも止まらぬ速さで後退りするホブゴブリン共の首を刎ねていく。
生首が足元に転がり、日高さんは悲鳴をあげながらその場で腰を抜かしてしまった。
「大丈夫? 日高さん。さぁ、立って」
僕は、そう言いながら日高さんに向かって優しく手を差しのべる。
きっと彼女は、こんな僕を恐いと感じているに違いない。僕が差し出した手を取る事を、彼女は拒否するのではないだろうか。
そう少しだけ不安を感じる僕だったが。意外にも日高さんは、すぐに立ち直った様子で僕の手をしっかりと握りしめた。
「ありがとう涼風くん! 助けてくれたのに、叫んだりしてごめんね……もう大丈夫だよ。次はわたしも、躊躇わないように頑張ってみせるから!」
立ち上がるなり、そう決意表明する日高さん。まだ、その足元は震えているようだ。
「ハハ……やっぱ涼風がこのパーティーに居てくれて良かったよな。あたしなんか、今のを見てオシッコ漏らしちゃったよ……兎に角サンキューな涼風」
目に涙を浮かべながら、震える声でそう言う本庄さん。比喩表現などではなく、実際に彼女の魅惑的な絶対領域の内側には雫が流れ落ちていた。
それにしても、よくそんな事を恥ずかしげもなく言えたもんである。
しかし、他の三人も戦闘が終わったという高揚感からか、誰もそんな事を気にする様子も見せなかった。
ここは、魔女の森と呼ばれる深い森である。
この森自体、広大な面積を誇るのだが。更にその先には、遥か遠くに世界樹が聳える様子が見て取れる、大樹海と呼ばれる森林地帯が広がっていた。
大樹海に生える木々は、樹齢が何千、何万年にも及ぶものばかりである。この場所もかなり幻想的な雰囲気だが、そこは更に神秘的な世界となっているらしい。
三つに別れた各パーティーは、森の近くにある村にベースキャンプを置き、そこから思い思いの方向に散ってレベルアップを図っていく。
森の深部に行けば行くほど強い魔物が現れる為、最初のうちはベースキャンプに近い場所でのレベル上げだ。
初めての実戦とはいえ、この調子では先が思いやられる。
僕が女子二人から期待を持たれている感じとなり、川口の奴は明らかに面白くなさそうである。しかし、今はそんなこと関係ない。この森で生き残るためには、判断できる奴が仲間を引っ張っていくしかないのだ。
そう決意した僕は「さぁ、みんな行こう!」と言って、このパーティーを仕切ってみせるのだった。




