32.御前試合④
川口が意識を取り戻した事に、結局のところ僕は少し安心していた。
いくら相手がこちらを殺す気だったとはいえ、現代人の感覚も持ち合わせている以上、人を殺すという行為はやはり寝覚めが悪いものだ。
とはいえ、これから闇の帝王の手下どもを相手に殺し合いをしていく事になる。場合によっては、敵対する人間を相手にするような場面もあるかもしれない。
そう考えた僕は、かつての非情さを取り戻していかなければならないと改めて感じていた。
僕に対する川口の殺意は、まだ消えていないようだったが。大臣から既に勝敗が決まった事を告げられ、流石に更なる醜態を晒すことは思い止まったようだ。納得いかない様子ではあったものの、奴は無言のままクラスメイトたちの元に戻っていった。
自信満々で挑んだにも拘わらず敗北を喫してしまったのだ。今あいつが感じている恥ずかしさのレベルは限界突破しているに違いない。
そんな奴に対し、クラスメイトたちも腫れ物をさわるような態度で迎え入れる。
普段、仲の良い戸田が慰めの言葉をかけているようだったが。川口は、おどける様子もなくそれを無視して、ただこちらを睨み付けるばかりだった。
まぁ、少し時間が経って落ち着いてくれば、どうせクラスメイトたちに対しては「油断していた」とでも言うつもりなのだろう。それにしても奴の、相手に対して純粋に殺意を向けられる性質は、もはや特技といっても良いレベルではなかろうか。
本当にその人間の性格や性質が、天職に影響している事が窺える良い例だ。
奴が持つ狂戦士という天職の性質は、他の者たちがこれからぶち当たるであろう問題を最初からクリアしていた。
なんとも言えない微妙な空気が場を支配するなか、エリスは再び皇帝の元にゆっくりと歩いていく。おそらく、これで自分の主張が通ると思い確認をしにいったのだろう。
遠巻きに見ても、皇帝はまだ納得している様子ではなかったが。しばらくして、本人の口から解散の宣言が為された。
僕とエリスの件については、何も触れられなかったが。こちらに笑顔で寄ってきた彼女が「カケル、帰ろう」と嬉しそうに言ってきたため、取りあえず皇帝が前言撤回した事だけはわかった。
冷たい視線を向けられていた事もあり、僕はクラスメイト達の元には戻らず、エリスと共にさっさと帰路に就くことにした。
帰りの馬車の中で、エリスは終始無言であった。
やはり、クラスメイトに対して容赦のない戦いぶりを見せた事で、さすがの彼女も引いてしまったのだろうか。
そんな風に思う僕だったが、その心配は屋敷に着くなりすぐに解消される事となった。
屋敷に戻っても興奮が冷めない僕は、疲れもあって早々に自室に籠っていた。
しばらく考え事をしていると、エリスが自らお茶の用意をして僕の部屋にやってくる。
馬車の中では無言だったが、部屋に入ってきた彼女はなんだかとても嬉しそうだった。
「カケル、凄くかっこ良かったわよ! 全然心配なんてしてなかったけど、思っていた以上に楽勝だったわね。敵に対して一切の容赦がないところなんて、まるで三百年前のあなたを見ているようだったわ」
こちらに笑顔を向けながらお茶を淹れつつ、彼女はそう僕を褒め称えた。
しかし、ティーカップを僕の前に置いた彼女の表情は急に曇り出す。
「ごめんなさい、カケル……急にあんな事を皇帝に提案したりして、すごく怒っているでしょう?」
エリスが試合前後に不安そうな顔をしていたのは、そういう事だったのか。負けてしまうのを心配していたのではなく、勝手に無謀な提案をした事に対し僕が怒っていると思っていたわけだ。
「そんなこと全然気にしなくて良いよ。僕も自信なきゃ受けたりしないし。ああでも言わなきゃ、皇帝が納得するとも思えなかったしね」
ソファーに座りながら、僕は何の気なしにそう答える。
答えを聞いたエリスは、満面の笑みを浮かべながら僕の隣に寄り添ってきた。
頭を肩に乗せ、ぴったりと密着しながら彼女は甘えた声で言う。
「愛してるわカケル。もう二度と、あなたの事を離したりしないんだから」
慎十郎だった時分に、こんな超絶美女と愛し合う関係だった事を思うと、想像しただけで全身が熱くなってくる。ていうか、それは完全な過去の話でもあり、今まさに目の前にある現実でもあるのだ。
過去の俺! こんな美女と付き合ってくれていて本当にありがとう!
僕は、過去の自分にそう感謝しつつエリスの肩を優しく抱きしめるのだった。




