31.御前試合③
頼むから立ち上がらないでくれ!
そう心の中で念じる僕だったが、その願いも虚しく。川口は、ゆっくりと状態を起こし僕の事を睨み付ける。その表情からは、完全にぶちギレている様子が窺えた。
激しくクラッシュしたとはいえ、確かにそれ自体大きなダメージではなかったかもしれない。
しかし、疲労の具合からして、戦意を喪失するには十分すぎるほどの効果を発揮したはずだ。
ところが川口は戦意を喪失するどころか、先ほど以上の殺気を放っていた。
「テメー……この俺に、恥をかかせやがって……」
静かなトーンで、そう言う川口だったが。それはむしろ、怒りの頂点に達している事を表しているかのようにも思われた。
「ごめん、川口……悪いけど、決着つけさせてもらうわ」
僕は、そう呟くなり川口から即座に距離を取る。奴の強烈な殺気から、本気で僕を殺しても構わないと思っている事が感じ取れた。
殺られるくらいなら、こちらも殺る覚悟を持つしかない。今の奴を止めるには、生半可な攻撃では通用しないだろう。
怒りに狂った川口が再び動き出す前に、僕は魔法の前段階部分だけ詠唱を済ませる。
~土の精霊よ、大地を揺るがし敵の動きを封じよ~
~火の精霊よ、渦巻く炎を現し敵を焼き尽くせ~
~風の精霊よ、大気を動かし強風を吹かせよ~
僕が呪文を唱えたその時だった。川口は立ち上がり、猛然と向かってくる。
「隆起!」
突進する川口の足元に隆起の魔法をかける。
「火炎!」
ぐらついて転倒し、膝をついた奴の地面から、今度は渦巻く炎が発現する。
炎は衣服に燃え移り、あっという間に全身火だるまの状態となった。
「うわぁー!」
叫びながら、地面を転がり回る川口。
僕は、炎から逃れようとする対象に手のひらを向け続け、魔力を更に注ぎ込んだ。
しかし、圧倒的な体力を持つ奴が、この程度で戦闘不能になってくれるとも思えない。それに、こういう相手に対しては、やり過ぎるくらいがちょうど良い。
そう思った僕は、最後のとどめとして風の魔法を重ねて発動する。
「突風!」
吹き荒れる突風は、炎を更に激しく燃え上がらせる。
僕に対して、完全なる殺意を向けてきたのだ。このまま焼き殺してしまったとしても構うもんか。
僕は、明確な殺意を持って魔力を注ぎ込み続ける。
過去の記憶がそうさせるのだろうか。相手がクラスメイトであろうとも、自分に殺意を向けてきた相手に対し、容赦してやろうという感情など微塵も湧いてこなかった。
窒息でもしてしまったのだろうか。のたうち回っていた川口は、急にぐったりとした感じになり、とうとう動かなくなってしまった。
「そこまで! 勝者はスズカゼ殿だ! すぐにカワグチ殿の救護を!」
ようやく事態を重く見た皇帝は、大臣の判断を待たずに自ら試合終了の合図を出した。
皇帝の命を受け、すぐさま数人が川口に寄っていき水魔法による消化がおこなわれた。
すぐに火は消し止められ、消化にあたった男の一人が状態の確認をおこなう。
「た、大変だ! 完全に息をしていないぞ!」
男の叫び声に、会場内は騒然となる。クラスメイト達はざわつきながらも、一斉に僕に対して冷たい視線を送っているように思えた。
もし逆に僕が、川口によって同じ目に遭わされたとしたら、連中は目の前に横たわるコイツに対しても同じ目を向けていたのだろうか。
まぁ、連中からどう思われようと、僕は最善の選択をしたという自信を持っている。言わばこれは正当防衛というやつだ。
僕は、そんな風に考え自分を正当化しようとしていたが。それと同時に、エリスがどういった反応を示しているのか気になって仕方がなかった。
おそらく救護に当たった男の叫びを聞いて、回復魔法をかけてやるつもりなのだろう。
エリスは、僕に対し一瞬だけ微笑みかけた後ゆっくりとこちらに向かってきた。
「治癒」
仰向けに横たわる川口の体に、手のひらを当てた彼女はそう呪文を唱える。中程度の効力であれば、前段階の詠唱をカットして発動できるのだから、ほぼ無詠唱と同じようなものだ。
そもそも、大怪我を治すほどの治癒魔法を扱える者など、高位の神官くらいなものだと図書室の本には書いてあった。
そんな事を造作もなくおこなえてしまうエリスが、帝国にとってどれだけ重要視される存在なのかは想像するに容易い。
「うっ……うはぁ! うわぁ、なんだこりゃ! 全身がいてーよっ!」
意識を取り戻すなり、のたうち回りながらそう叫ぶ川口。どうやらエリスの治癒魔法により、彼の蘇生は間に合ったようだ。
中途半端に回復したせいなのだろう。感覚が戻った川口は、激しい痛みに襲われているようだった。
そんな彼に対し、エリスは魔力を注ぎ込み続ける。
治癒がほぼ完了に近づいたのだろう。しばらくすると川口の奴はすっかり大人しくなり、恍惚とした表情を浮かべはじめた。




