30.御前試合②
大臣により試合開始の合図がかかると、川口は何の躊躇もなくいきなり飛びかかってきた。
早い。常人であれば、その動きを捉える事など到底できるものではなかっただろう。
当然、僕も目で捉える事などできてはいなかったが。研ぎ澄まされた戦闘感覚によって動きを察知し、バックステップでなんとか初擊を躱す事はできた。
僕は、頬に僅かな痛みを覚える。冷たいものが顎に向かって滴るのも感じた。
紙一重で躱したつもりだったが、どうやら躱しきれてはいなかったようだ。
いくら素人だとはいえ、こいつはかなりイカれてやがる。自分と相手の能力差を、感覚的に理解できていないのはまだ分かるが。それにしても、お互いの能力値は確認済みのはすだ。データとして能力差を理解しているにも拘わらず、大人が子供を本気で殴るような真似をする奴もそうはいないだろう。
相手が僕じゃなかったら、確実に首が飛んでいたところだ。
初擊を躱された川口は、一瞬だけ驚いた様子を見せるもすぐに気を取り直して、その後も息をつかせぬ攻撃を繰り出し続ける。
僕が切望していたとおり、川口の技量はまだまだ素人レベルのようだ。連続攻撃を繰り出し続けるその動きは基本に忠実というか、完全に同じ型の繰り返しでしかない。攻撃体勢に入る前のモーションも、異常なまでに大きなものだった。
単調な動きをするおかげで、次の攻撃が非常に読みやすい。攻撃を躱すだけなら、身体強化の魔法など必要ないくらいだ。
しかし、このまま避ける一方では、いずれ体力が尽きゲームオーバーとなってしまうのは必定である。圧倒的な能力の差は、僕の体力を必要以上に削っていった。
~自然界に在りし四つの精霊よ、我は対話を望む。火は力、水は精神、土は体力、風は素早さを。我に汝らの大いなる力を授けよ~
「身体強化!」
川口の連続攻撃を躱しつつ、僕は身体強化の魔法を完了させる。動きながらであるにも拘わらず、一回の詠唱で成功させる事ができた。
エリスによる特訓の成果が、見事に表れたといったところであろうか。
相手が、詠唱を終えるまで待ってくれるとは限らない。魔物を相手にするならば尚のことだ。
そんなような事を言っていたエリスの言葉に従い、僕は剣を振るいながら詠唱するトレーニングをしていた。
ただでさえ魔法を一発で成功させるには、相当な熟練度と集中力を必要とする。その為これをできる人間は、実のところそう多くはないらしい。
身体強化の魔法により、僅かとはいえ先ほどまでとは違い余裕が生まれていた。
川口の攻撃が単調な型の繰り返しでしかない事もあり、宮廷騎士の二人を相手にしたときよりも遥かに楽に感じられた。
全く剣を重ねる事なく、攻撃を躱し続けていたわけだが。ヨハンセンたちの時とは違い、体勢を上手く入れ替えながら躱していく余裕すらあった。
攻撃が全く当たらない事で、川口の表情には次第に焦りの色が見えはじめる。心なしか、息もあがってきているようだ。
攻撃をガードされずスカされる方が、何倍も体力を消耗してしまうものである。
ましてや全力に近い攻撃を繰り出し続けているのだから、彼の消耗度合いが激しい事は容易に想像する事ができた。
「剛力! 憤怒!」
一旦、僕から距離をおいた川口は、どうやらスキルを発動したようだ。
僕は、奴の全身から明らかに今までとは違う豪気のようなものを感じた。
この時を待っていた。圧倒的な能力差がある以上、非力な僕の攻撃を有効打に変えるためには、相手の力を利用するしかない。
能力差が僅かに劣るだけなら、通常のカウンターでも大きな効力を発揮するだろうが。今の僕からしたら、川口の肉体はまるで鋼鉄の塊のようなものである。その為ただのカウンターでは、こちらが受けるダメージの方が圧倒的に大きなものとなってしまう。
したがって、その問題を解決する唯一の方法があるとすれば、それは受け流しによる投げ技一択だと判断した。
効果を最大限にするためには、相手が全身全霊を出したタイミングを狙うしかない。
そして、まさにそのタイミングが今やってきたというわけだ。
猛然とこちらに向かってくる川口。そのスピードと異常なまでの殺気は、先程までとはまるで別物だ。
強烈な力と引き換えに、より単調な動きしかできなくなってしまうのだろう。上段に構えたまま突進してきた川口は、わかりやすいモーションで大振りの一撃を振り下ろした。
僕は、その一撃を受けると見せかけ、剣が触れると同時に相手に対し背を向けながらスルリと受け流す。ついでに柔道の体落としのように脚を出して、突き抜けるため踏み出そうとした川口の足を引っかけてやった。
完全にバランスを崩し、派手に顔面から地面に突っ込む川口。まさに大型トラックが、自爆事故を起こしたような状態といえた。
静まり返る観客たち。
これで決着とならなければ、今後の展開はかなりキツい。
頼む! 立ち上がらないでくれ!
僕は、心の中でそう念じていた。




