22.契約の儀式①
広大な宮殿の敷地を出ると、そこには貴族たちの住まいが多く立ち並ぶ邸宅街が広がっていた。
貴族の住まいといっても、常にそこに住んでいるわけではなく。エリスが言うには、あくまでも帝都に滞在する際の仮住まいであるようだ。
仮住まいとはいえ貴族たちの物だけあって、それなりに広い敷地をもった立派な邸宅が立ち並ぶ。そんな中でも、エリスの屋敷は一際大きな物だった。
敷地に入るゲートには、特に警備の者などもなく。屋敷のロビーで出迎えた者も、住み込みで働く五名のメイドと一人の執事だけであった。
これだけの豪邸でありながら、異常に少ない使用人の数に僕は驚く。
帝国内でもかなりの権力者であるのなら、私兵くらい持っていてもおかしくはなさそうだが。一人で一万人分の戦力という話が比喩表現でないのだとしたら、却って中途半端な兵など邪魔になるだけなのか。
それにエリスの館だとわかっていながら、狼藉を働きにくるような猛者が存在するとは確かに考えにくい。
僕の事について使用人たちに簡単な紹介をおこなったエリスは、その後メイド長と思われる年配の女性に食事の相談をはじめる。要件を済ませた彼女は、僕に対してすぐに移動するよう促した。
「夕食までに、ドレミが言っていた事が本当なのかどうか、一通り試してみましょ」
少し、お茶する時間くらい欲しいとは思ったが。今日は疲れるような事を一切していないのだから、急ぎすぎだとは思うけどまあ仕方がない。
僕は、言われるがままに彼女の後をついていく。目的の場所は、二階の最も奥にある一室だった。
部屋の前に立ったエリスは、扉に向かって手をかざし呪文を唱える。
「ウォージアック」
彼女がそう唱えると、扉からロックが外れるような音が響く。
扉が開けられると、カビ臭い匂いが表にまで漂ってきた。
長い年月使われていなかったようで、部屋の中は埃まみれだ。
「ここに入るのは何十年ぶりかしらね」
エリスの言葉は、彼女がどれだけ最強であるのかを物語っていた。それはもはや、契約できる魔法は全て契約し尽くしたという意味に他ならない。
清掃すらされていない事を考えると、普段は彼女以外の立ち入りを禁止しているのだろう。
部屋に着いたところで早速、初級魔法を扱うための契約の準備がおこなわれる。初級のものであれば、儀式に必要な物は部屋の中にある程度揃っているようだった。
何十年も使用されていなかった顔料など、今でも使えるのかと疑問に思ったが。どうやらその心配はいらなかったようだ。
エリスは、僕に短剣を差し出し親指の先を切るよう促す。自分で傷つけるのは少し躊躇われたが、僕は仕方なく親指の先に刃先を当てた。
エリスによって配合された顔料に、僕はしたたる血を数滴たらす。
顔料に垂らされた血を筆で混ぜた後、彼女は指の切り口に軽く手を触れた。すると、温かい感触が手全体に広がり、親指の傷口は一瞬で塞がってしまった。
処置を終えた彼女は、それを使って古びた紙に魔法陣を書き込んでいく。
「あとは契約の呪文を唱えるだけね。成功すれば、契約した精霊が対象の肉体に宿るはずよ」
そう言って本を広げ、僕に手渡すエリス。そこからは本人がやらなければならないようで、僕は頁をめくった状態で渡された本に書かれた文言を唱える。
「火を司る精霊たちよ。我は汝らと対話する事を望む。我が血をもって盟約を交わし、我に汝らの力を行使する権利を授けよ」
本に書かれている内容によれば契約の成否に拘わらず、呪文を唱えると魔法陣から精霊が現れるはずである。しかし、魔法陣には何の変化も表れる様子はなかった。
集中力や熟練度が足りないと、魔法の発動自体が失敗してしまう事もある。そのため僕は、繰り返し先ほどの呪文を何回も唱え続けた。
何度、呪文を唱え続けただろうか。一向に反応する気配のない魔法陣に、エリスはようやく口を開く。
「ドレミの言っていた事は、本当だったみたいね。ここまで何も起こらないところをみると、既に契約済みの状態になっているみたい。一応、他の精霊も試してみましょうか」
エリスはそう言うと、別の紙に新たな魔法陣を描き始める。文字を見る限り、次の精霊は風のようであった。
彼女が魔法陣を描き終えるなり、僕は続いてそれに合わせた呪文を詠唱してみる。
「大気を司る精霊たちよ。我は汝らと対話する事を望む。我が血をもって盟約を交わし、我に汝らの力を行使する権利を授けよ」
風の精霊を呼び出す文言も、何回唱えたところで何かが起こる様子はなかった。
僕の最弱ステータスを鑑みたら、最悪のケースも考えられるが。今はドレミの言っていた事が、正しかったたと信じたい。
一応、全て確認したいと言うエリスに促されるまま、そのあと僕は残りの二精霊を呼び出す儀式を続けた。




