15.深夜の訪問者②
「スズカゼカケル! まだ起きてるのか?」
ドアを叩く音と共に、そう女性の声が響く。壁際に置かれた置時計に目をやると、時刻は午後11時を回っていた。
僕は、すぐに「はい」と短く返事をした後、声の主に対し続けて要件を訊ねる。
「さっきまで寝てましたけど、ちょうど起きたところです。こんな時間に何かご用ですか?」
「少し話がしたくてな。入っても構わないか?」
話がしたい? 聞き覚えのある声の主は、口調からしても恐らくエリス教官のものだと思われる。帝国の重鎮として長らく仕える彼女は、宮殿の外に自分の屋敷を持っていると聞いたが。こんな時間になるまで自宅に帰らず、仕事をしていたとでも言うのだろうか。
まさかこの後、ラッキーすけべ的な展開があったりなんて事はないよな。
そんなあり得ない妄想も入り交じるなか、僕は高鳴る鼓動を抑えつつ返事をする。
「別に、話をするだけなら構いませんよ。どうぞお入りください」
僕の返事に応じて中に入ってきた人物は、やはりエリス教官だった。
少し表情を強ばらせていたが昼間の軍服に簡素な鎧を着けた姿とは違い、かなり露出の多い服装に着替えており非常に目のやり場に困る格好だ。
「ソファーに座っても良いか?」
「ええ、勿論です。どうぞ座ってください」
許可を受けるなり、静かにソファーへと移動するエリス教官。
僕の近くを通り過ぎていった彼女からは、ふんわりと良い香りが漂っていた。
話がしたいと言っていたはずだが。ソファーに腰かけた彼女は、何故か僕を見つめながらモジモジとしているばかりだ。
このままでは話が進まない。そう思った僕は、緊張しながらも自分の方から話を切り出す。
「それで、お話って一体どんな要件なんでしょう?」
取りあえず椅子に腰かけ、そう訊ねた僕だったが。彼女が次に発した言葉で、僕の緊張は一気にピークへと達する事となる。
「ととっ、隣に座らないか?」
「隣に? 僕が、エリス教官の隣にですか?」
「そ、そうだ。わたしの隣に座って欲しい」
こんな露出の多い超絶美女のすぐ近くに座るなんて、緊張しすぎて吐いてしまいそうだ。
とはいえ、彼女の要求を断る理由も特に思いつかない。無下に断ると、後でどんな仕打ちを受けるかもわからないし、ここは素直に従った方が良さそうではある。
僕は、意を決してエリス教官から少し離れた位置に腰かけ直す。すると彼女は、大胆にも僕の方にずすっと寄ってきて、体を完全に密着させてきた。
近い。て言うか、彼女の豊満で柔らかな胸が、モロに僕の腕に押し当てられている。
ラッキーすけべどころか、妄想の世界でもなければあり得ない状況に、僕の息子は今にもスタンドアップしてしまいそうな状態だ。
更には僕の肩に頭を載せながら、甘えた感じになるエリス教官。
「シンジュウロウ……やっと迎えにきてくれたのね……三百年間ずっと、あなたの事を信じて待っていたのよ」
シンジュウロウ? 昔の日本人みたいな名前だが、僕の事を言っているのか?
いや、三百年前……片倉慎十郎。享保の時代において武家の嫡男として生まれた、そんな名の侍だった事も確かにあった……しかし、元服して間もない頃の記憶まではすぐに思い出したが、この世界に来ていたという記憶などまるでない。
「いいの。どうせまだ、全部は思い出せないでいるんでしょ? 今のあなたは、スズカゼカケルだものね」
「教官が言っている人は、片倉慎十郎? で合ってるかな?」
名をきいたエリス教官は、急に涙をポロポロと流しはじめる。女性に泣かれる経験なんてなかったから、どうして良いものか全くわからない。
「うふふ、どうやら名前だけは思い出してくれたようね? 教官なんて呼び方はやめてくれない? 昔みたいにエリスって呼んで」
涙を手の甲でぬぐいながら、そう言うエリス教官。
彼女の反応で、答え合わせは完了したが。一つ疑問なのは、彼女がどうして僕の事を慎十郎だと確信したのかだ。
『えーっ! うそぉ~! 前世の記憶があるって話だけは本当だったんだ~。厨二なのは、超越者の部分だけだったってこと?』
アムが、いきなりそう茶々を入れてくるが。僕はそれに構わず、教官に対し先ほどの疑問をぶつけてみる。
「どうして僕が、慎十郎だとわかったんですか?」
「だって、見た目がそのまんまだもん。それに、昼間の戦い方を見て完全に確信したわ。何よりシンジュウロウも、あなたと同じユニークスキル。思い出すを持っていたのよ」
なるほど。その説明で、取りあえず納得する事はできた。しかし、ユニークスキルとは、個人の特性によって発現するものだとアムは言っていたはずだが。別の人間に生まれ変わっても、同じものが付与されるという事は起こりうるものなのだろうか。
そんな僕の考えを、例のごとく読み取っていたのだろう。アムは、すぐにその答え合わせをはじめた。




