120.図らずも
喉を鳴らし、舌を這いずらせながら俺の血液を堪能するヴィラドリア。
少しは遠慮して欲しいものだが、ずいぶんとガッツリ味わっているようである。
味見する程度で済む、とも思ってはいなかったが。まさか、致死量に達するまで飲み続けるとか言わないよな。
「おい! 流石にちょっと調子に乗りすぎなんじゃないのか?」
そう苦言を呈するも、そんな俺の声は彼女に届いてはいないようだ。
このままでは、本当に死ぬまで飲み続けられかねない。流石に不安を感じはじめた俺は、抱きつく彼女に微量の電撃を食らわせてやった。
「ひぃ!」
驚いて小さく叫ぶヴィラドリア。
ようやく俺から離れる彼女だったが、その表情は絶世の美女が台無しと言ってもいいくらい、完全にとろけたものであった。
「もう十分だろ? 調子に乗りすぎだ!」
「ももっ、申し訳ございません……あまりにも美味だったものでつい……それにしても、このように脳がとろけてしまいそうになる程の血液なんて、千年を通じて一度も味わった事がございませんでしたわ……」
恍惚とした表情で、そう言うヴィラドリアだったが。しばらくすると、彼女の顔や手から紫色の血管が浮き出しはじめる。
「うっ……うああああっ! あがっ! おごっ! おっおっ!」
突然、激しく苦しみだすヴィラドリア。普段の落ち着いた雰囲気からは想像もつかない、絶望的とも言えるような叫び声を上げはじめた。
「おい! 急にどうした? 大丈夫か?」
ベッドの上でのたうち回る彼女に一応そう声をかけるも、明らかに猛毒でも食らって苦しんでいるかのような状態だ。
「うるせーぞ!」
隣の部屋からそう声が聞こえた瞬間、ヴィラドリアの叫び声はようやく収まる。しかし、その後すぐに彼女は小刻みに痙攣しはじめた。
「死んだのか?」
痙攣が収まり、ビクリとも動かなくなってしまったヴィラドリアに向かって俺はそう言ちる。
しかし、ぐったりと横たわる彼女の体は、次第に血色を取り戻していった。
「酷いですわ旦那様……勝手に殺さないでくださいませ」
ゆっくりと上半身を起こした彼女は、上目遣いでこちらを見つめながらそう呟く。
すぐに逸らした彼女の目には、僅かに涙が浮かんでいた。
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
「死んでないみたいで取りあえず良かったが、一体何が起きたんだ?」
「それが、わたくしにもよく分からないのです……ただ一つ言えるのは、今のわたくしは、まるで生まれ変わったかのような気分だという事です」
涙を拭い、微笑みを俺に対し向けながらそう言うヴィラドリア。
そもそも吸血鬼が生者と言えるのか、という話は一旦置いとくとして、俺の気配感知は言葉のとおり彼女の身に起きた変化を感じ取っていた。
透き通るような肌である事に変わりはないが、心なしか血色が少し良くなったようにも見える。
「まぁ、何か変化があったのは確かなようだが、ここで考えたところで何も分かりそうにないからな。俺の仲間に訊いてみれば、何か分かるかもしれない」
俺は、そう言うなりベッドから立ち上がる。ドアの方に向かう前に一度ヴィラドリアの方に目をやると、彼女は懇願するような瞳を俺に対し向けていた。
「まだ一人では、ふらついてしまって歩けそうにありませんわ」
相手がエリスならともかく、よく知らない女をエスコートしてやる意味がわからない。何よりも、そんな状態で自分の宿に帰りでもしたら、ミコトやアイシャがまた拗ねてしまう。とはいえ、こういうときスマートにそうできるのが、紳士的というやつなのだろうか。
まぁ、さっきは逆に手を繋がれていた方なわけだし、今さらそんなこと気にしたって仕方がないか。
深く溜め息をついた俺は、ヴィラドリアに向かって手をさしだす。彼女はすぐに、俺の手を嬉しそうに取った。
「旦那様、これからわたくしの事はヴィラとお呼びくださいませ」
「別にそう呼ぶのは構わないが。さっきから何で、俺の事を旦那様と呼ぶんだ?」
「旦那様ではなく、ご主人様とお呼びすれば宜しいかしら?」
「いや、どっちも可笑しいだろ!」
そう突っ込む俺だったが、ヴィラは「ウフフ」と悪戯な笑みを浮かべるばかりで、その理由を語ろうとはしなかった。




