111.大事な話
「お前がカケルって奴だな! 俺と勝負しろ!」
アイシャの集落に帰還した俺たちが、挨拶のため族長の部屋に入った際いきなり投げ付けられた言葉である。その言葉を放った、ガルフの隣に控える若い男は彼女と同じ猫の獣人であった。
アイシャが白猫なら、その男は虎猫である。
因みにガルフは虎の獣人だが。猫の獣人に比べると顔にも体毛がうっすら生えており、模様も特徴的なのでとても分かりやすい外見だ。
「ヴァン! いきなり何を言ってるにゃか? あたいにも勝てないお前が、カケルに勝てるわけないにゃよ」
アイシャにそう言われた男は顔を歪ませる。怒りや悲しみが入り雑じった彼の表情から、かなり複雑な心境である事が窺えた。
「アイシャ! 俺が留守の間に、なに勝手に決めてるんだよ!」
ヴァンと呼ばれた男は、アイシャの肩に掴みかかるなりそう言った。
「決めてるって何の話にゃ?」
そう返されてもヴァンは表情を強ばらせるばかりで、何も語ろうとしない。まるで、俺に皆まで言わせるな、とでも言いたげな感じだ。
「三日前に行商の護衛から帰ってきたんだが。それからずっとこんな感じで、訊いても何も話してくれないんだ」
やれやれといった感じで、ガルフはそう状況を簡単に説明する。
彼が話し終えた直後、肩に置かれた手を振り払うアイシャ。ヴァンの行動など、意にも介さないといった様子だ。
「そんなことより親父! 大事な話があるにゃ!」
「おいっ! 俺の話を無視するなよ!」
アイシャに軽く無視をされ、怒り心頭の様子となったヴァンは再び後ろから彼女の肩に掴みかかる。
「あたいに気安く触れないで欲しいにゃ! お前、いつからそんにゃに偉くなったにゃか?」
振り返ったアイシャに怖い表情で威圧されたヴァンは「ちっ」と舌打ちをした後、苦虫を噛み潰したような顔をして部屋から出ていってしまった。
俺は、久しぶりに見たアイシャの態度と口調に改めて思う。最近の俺に対するデレぶりに、すっかり忘れてはいたが。本来の彼女は、これが普通なのだと。
アイシャは、ようやく邪魔者が消えたといった感じで、その後すぐに要件を話し始めようとする。しかし、ガルフによって一旦この場は締められてしまった。
「それで親父……」
「取りあえず旅の報告は後にしよう。今晩は宴の用意をするので、その時にでもゆっくりと聞かせてもらうとしようか」
急な事なので、宴の采配をしなければならない族長のガルフは、既にそちらに気を取られているようである。
そんな空気を一応察したのか。彼女にしては珍しく、アイシャは族長の言葉にすんなりと引き下がる様子をみせた。
ガルフが宴の準備に向かう際、アイシャを含めた俺たちは客間に通され準備が整うまでそこで待つ事になった。
アイシャが言おうとしていた話の内容については、何となく察しはついていたが。勝手に暴走されては困ると思い、俺はそれとなく探りをいれてみる事にした。
「ヴァンって奴とは、別に仲が悪いとかいうわけじゃないよな?」
「仲が悪いのかと訊かれると、よく分からないといった感じにゃ。あいつ、あたいより弱いくせに何度も挑んできて、いつも迷惑してるにゃ」
「何度も挑んでくるには、それなりの理由があるんじゃないのか?」
「たぶん、次期族長の座を狙っているにゃね。それについてはもう、どうでも良くなったにゃけど」
俺は、最後に付け加えたアイシャの言葉で理解する。予想していた事は概ね合っていたのではなかろうか。さしずめ俺と結婚したいという話か、俺たちの旅に同行したいといった話を、族長に対してするつもりだったのだろう。
「どうでも良くなったってお前、族長になる事が目標とかいう話じゃなかったのかよ」
「別に、好んでなるとか言っていたわけでもないのにゃ。周りにそう言われて、少しその気にはなっていたにゃけどね」
アイシャは、何故か頬を赤く染めながらそう答えを返す。
ミコトの反応を見た俺は、敢えてその先の話に発展する事を恐れ、これ以上アイシャと言葉を交わすことができなくなってしまった。




