105.エリスの決意②
動きを止めるため、即座に刀を抜いた俺は後ろに飛び退きながら大鬼の脚を切り付ける。
しかし、思っていたよりも浅い。とはいえ、相手の動きを一旦止めるには十分なもののようだった。
今までは並みの冒険者が持つナマクラ剣なら、浅い傷を付けられるのが関の山だったのだろう。一瞬それを見て目を丸くした大鬼は、傷口を押さえながら悲痛な叫び声をあげた。
好機と見た俺は、一気に畳み掛けようと大鬼に斬りかかる。
ところが、思ったよりも相手の動きは素早く。一瞬で戦意を取り戻した大鬼は、俺の放った渾身の一撃をあっさりと躱した。
これはなかなかに手強い。その後も攻勢を続ける俺だったが。こちらの僅かな予備動作を機敏に察知しているのか。大鬼は、俺の無数に繰り出す斬擊をいとも容易く躱していく。
せめて最初の一撃で、もう少し深傷を負わせる事さえできていれば。いや、それは言うまい。そもそも大鬼は鋭敏な感覚を有しているからこそ、反射的に踏み込んだ際の重心を後ろに留める事ができたのだ。
巨体に似合わぬ俊敏さも然る事ながら、野生の感覚と経験を頼りに戦闘をおこなう。こういった相手が一番厄介だ。
身体的な能力で劣る分、初擊のように相手の動きを逆手に取る方法しか攻撃を当てる術はない。
俺がそう考えはじめたときだった。
~自然界に在りし四つの精霊よ、我は対話を望む。火は力、水は精神、土は体力、風は素早さを。彼に汝らの大いなる力を授けよ~
「身体強化!」
後ろからエリスの声が響くと共に、周囲の空気中から何か力のようなものが己の中に入り込んでくるのを感じる。
これが魔法というものなのか。独学で勉強しているのは知っていたが、こんな短期間で己のものにしていたなんて。賢いだけに留まらず、彼女は剣も魔法も天性の才能を持っているようだ。
エリスの魔法のおかげで、まるで獣でも乗り移ったかのような身のこなしになったわけだが。今まで俺がそうしていたのと同じように、相変わらず大鬼は感覚だけで俺の攻撃を躱し続ける。たまに隙を突いては爪を延ばしてくるものの、こちらの反撃を警戒して牽制だけをするといった程度のものだった。
返し技も、何度も見られてしまえばそのうち学習されてしまう。大鬼が何度も牽制攻撃をしてくるのは、こちらの技や動き方を見極めようとしているからだ。
このまま戦いが長引くようなら、次第に状況は相手にとって有利に傾いていってしまう。
~風の精霊よ、大気を動かし強風を吹かせよ~
「突風!」
再びエリスによる、魔法を詠唱する声が響く。その直後、大鬼の周囲に突風が吹いた。
巻き上げられた土埃が奴の目に入り、大鬼は一瞬だけ顔を歪める。その一瞬の隙を俺は見逃さず、相手の胴めがけて横凪の一閃を払った。
「ぐうぉーーっ!」
腹を裂かれた大鬼は、血反吐を吐きながら苦悶の叫び声をあげる。内蔵まで達した切り口からは、どす黒い血と共に腸が撒き散らされた。
反撃の目を摘むために、俺は即座に両腕も切り落とす。
大鬼は、膝をついてそのまま前のめりに倒れ込んだ。
「よくやったエリス。おかげで何とか倒す事ができた。さぁ、止めはお前が刺すのだ」
俺は、エリスの方にゆっくりと近づきながらそう言うと彼女に愛刀を差し出す。
放っておいてもそのうち絶命するだろうが、これは前に進むために必要な儀式のようなものだ。
一瞬、何もそこまでといった顔をするエリスだったが。俺の意図を理解したのか、彼女は表情を真剣なものに変えると震える手で刀を受け取った。
ゆっくりと大鬼の元へ近づいていくエリス。意を決した様子の彼女は、柄を逆手に握りしめ大鬼のうなじに刀を突き刺した。
激しく吹き出す返り血を浴びた彼女は刀を引き抜くなり、何歩か後退りをしたあと地面に尻餅をついてしまう。
「本当にようやったエリスよ! 親の敵を、見事に討ち果たす事ができたな」
実際のところ、両親を食ろうた鬼だったとは限らない。しかし、エリスは放心状態になりながらも、その表情にはある種の達成感のようなものを浮かべていた。
俺は、エリスから刀を取り上げると、彼女の肩に着ていた羽織をかけてやった。
家の中を捜索し、いくつかの遺品を見つけ出した俺たちは森の出口付近に両親の墓を建てた。
心の中で、娘の事はこの俺が生涯をかけて守る、とエリスの両親に誓ったが。隣で静かに祈りを捧げる彼女は今、一体どういった事を墓前に報告しているのだろうか。
「シンジュウロウ! わたし必ず強くなる! 強くなって、もう二度と世界中からこんな目に遭う人が居なくなるように、この世界にいる魔物を片っ端から全部やっつけてやるの!」
ようやく踏ん切りがついたのか、エリスは俺の方に向き直ってそう決意を述べる。
そんな彼女の決意に満ちた眼差しに、自らの思いも重なった俺は激しく心を奮い立たされた。
「そうか……お前がそう決意するのならば、俺はお前の望みを叶えるため何処までも付き合おう」
アテュエルは多くを語らないが。帝国を追放された俺にだって、この世界に召喚された意味は必ずあるはず。
今はまだ、それが何なのかわからないが。彼女と共に強さを求め、このアッシュリアという世界を精一杯に生き抜いてやろう。
俺の答えを聞いて、真剣だったエリスの表情は満面の笑みに変わる。
そんな彼女の笑顔に、俺は良い師であり続けようと心に決めるのだった。
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