103.慎十郎の決断
獣道のような細い道の向こうには、一体何があるのというのだろうか。
エリスのただならぬ様子を見た俺は、彼女に対し単刀直入に訊ねてみる事にした。
「どうしたのだエリス、じっと同じ所を眺めたりして。その方向に、何があるというのだ?」
「ううん、なんでもない……」
俺の質問に対して、エリスは慌てて何事もないかのような素振りをみせる。しかし、そうは言ったものの、彼女が何を思ったのかくらいは察しがつく。何しろここは、彼女がずっと両親と共に暮らしていた森なのだ。
さしあたって思い付くものとしては、この辺りがエリスにとって見知った場所なのではないかという事だ。
「林道を歩いているばかりでは、小鬼どもと出くわす事も少なかろう。エリスが道を知っているのであれば、森の中に足を踏み入れてみるのもまた一興だろう」
俺は、そう言うなりエリスが眺めていた獣道に歩みを進める。
「ま、待ってシンジュウロウ!」
エリスの様子から察するに、あまり乗り気ではないようだが。いずれは避けて通れぬ道。彼女には、恐怖に打ち勝ってもらわなければ困るのだ。
渋々といった感じで、俺の後をついてくるエリスだったが。しばらくして、ようやく決心が付いたようである。
「この先には、わたしが住んでいた家があるの……」
後ろから、そう言葉をかけてくるエリス。
俺は、あえて決心を鈍らせるような事は言わず「では、両親の遺骨くらい見つかるやも知れぬな」と、あくまでもそのまま進む意思を示した。
獣道を抜けると拓けた場所に出る。そこには一軒の、丸太を組んで造られた簡素な家が立っていた。
「ここがお前の住んでいた家だな?」
俺の問いに対しエリスは黙って頷く。その表情は恐怖と悲しみが入り混じった、なんとも言えないものであった。
家の中には、何故か人の気配を感じる。周囲の荒れ果てた光景を見るに、誰かが新たに住みはじめたという事だけはなさそうだ。
こちらの声に気づいたのか。家の中から数人の男たちが表に出てくる。
「よぉ! 誰かと思ったら、オーガ殺しの兄ちゃんじゃねーか!」
出てきた男たちの一人は、最寄りの村で知り合ったばかりの人物であった。
「マックス殿か。しばらくぶりにござるな」
「おう! シンジュウロウ! 俺の名前も覚えてくれてたみたいで嬉しいぜ! そんなにしばらくぶりって程でもねーけどな。ところで、けっきょく嬢ちゃんのこと連れ回してんのか?」
最初は火事場泥棒かなにかだとも思ったが、もしそうであればギリギリまで出てくる事はあるまい。みな同じように、それなりの武具を身に付けていることからも、冒険者として何かしらの依頼を遂行中なのは明白だ。
そう考えた俺はエリスについては簡単に説明し、マックスたちの目的を単刀直入に訊ねてみる事にした。
「エリスは冒険者となって、拙者と共に旅をする事になったのでござる。マックス殿の方こそ、こんな所で何をしているのでござるか?」
「俺たちか? 俺たちの方は、難民たちに支援物資を届けて回ってたんだ。後は最近よく現れるようになった、オーガによる被害状況の調査も兼ねてるな。そうか、嬢ちゃん冒険者になったのか。まだ小さいのに大変だろうけど頑張れよ!」
マックスの話を聞いて、エリスの表情は一変する。大鬼の事や支援物資といった話が出て、複雑な思いを抱くのも当然だろう。俺としたって、どうしても今さら感が拭えないといった気持ちだ。
「あの大鬼は、まだ他にもこの森におるのでござるか?」
「ああ、とんでもない奴の目撃報告が、ギルドの方にも上がってきている。今までは、ゴブリンくらいしか目撃されてなかったんだけどな。そのゴブリンが大量発生している件といい、この森で一体何が起きているのやら」
その話を聞いて俺はある決断をする。
エリスにとって大鬼は親の敵だ。共にそいつを倒し恨みを晴らしさえすれば、彼女の中にある心の靄も完全に払う事ができるはず。
「まぁ、この後もまだ森の探索を続けるってんなら、十分に気をつけることだな!」
マックスにそう注意を促された後、俺たちはお互いの無事を祈って別れの挨拶をする。
俺は、彼らがその場から去ってすぐに、エリスに対し短い言葉でこの後の予定を告げた。
「エリス! その大鬼を倒しにゆくぞ!」
一瞬、恐怖に顔を歪ませるエリスだったが。その表情はすぐに真剣なものへと変わる。
そんな彼女の決意を感じた俺は、即座に家の向こう側にある森の中へと意識を向けるのだった。




