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王女が王宮での茶会に招かれたのは、療養施設を訪問してから数日後のことだった。
今回の茶会は王妃が主催するもので、王都の貴婦人たちのほか、慈善活動に携わる令嬢や夫人たちも招かれていた。隣国の王女に王国の文化や活動を紹介するとともに、貴婦人同士の交流を深めることが目的だった。
エレノアも招待状を受け取り、当日はローザに手伝ってもらいながら身支度を整えていた。
「奥様、本日のお召し物もよくお似合いです」
淡いローズピンクのドレスの裾を整えながら、ローザが嬉しそうに言った。
「ありがとう、ローザ。でも、少し緊張するわ。王妃陛下のお茶会なんて、まだ慣れなくて」
「先日の晩餐会でも立派にお務めを果たされたではありませんか。きっと大丈夫でございます」
「そうだといいのだけれど」
エレノアは鏡の中の自分を見つめ、小さく微笑んだ。
侯爵夫人となってから、こうした場に招かれる機会は少しずつ増えている。最初は知らない人ばかりだったが、最近では顔を覚えてくれる人も増え、声をかけてもらえることが嬉しかった。
「そういえば、今日のお茶会には王女殿下もいらっしゃるのよね」
「はい。隣国からお越しの王女殿下でございますね」
「晩餐会で少しだけご挨拶したけれど、ゆっくりお話しするのは初めてだわ」
エレノアは胸元の飾りを整えると、ローザに向かって微笑んだ。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「はい。どうぞお気をつけて」
◇
王宮の庭園に面した広間には、色とりどりの花が飾られ、窓からは柔らかな陽射しが差し込んでいた。
エレノアが到着した頃には、すでに何人かの貴婦人たちが談笑していた。
「ヴァルツェン侯爵夫人、ごきげんよう」
声をかけてきたのは、先日の晩餐会で知り合った伯爵夫人だった。
「ごきげんよう、伯爵夫人。先日はお手紙をありがとうございました」
「こちらこそ。お返事をいただけて嬉しかったわ。今度のお茶会にも、ぜひいらしてね」
「ありがとうございます。楽しみにしております」
二人が話しているところへ、ほかの夫人たちも加わった。
話題は最近の王都の様子や、庭園の花々、そして各地で行われている慈善活動へと移っていった。
「そういえば、侯爵夫人はリーヴェのご出身でしたわね」
年配の夫人が尋ねると、エレノアは頷いた。
「はい。今も家族が暮らしております」
「戦争の影響が大きかった地域だと伺っています。復興は進んでいるのかしら?」
「少しずつではありますが、以前より暮らしやすくなってきたそうです。ただ、まだ支援が必要な方も多くいらっしゃいます」
「そうなのね。何かお力になれることがあればいいのだけれど」
「ありがとうございます。私も、これから何かできないかと考えているところなんです」
エレノアがそう答えると、夫人は優しく微笑んだ。
「それなら、今度ぜひ私たちの活動にもいらして。王都で生活に困っている方々へ衣類や日用品を届けているのよ」
「まあ、ぜひお話を伺いたいです」
エレノアは目を輝かせた。
侯爵夫人として何ができるのか、まだ分からないことも多い。それでも、こうして人と出会い、話を聞くことで、少しずつ道が見えてくるような気がした。
◇
やがて王妃と王女が広間へ姿を現し、茶会が始まった。
王女は王妃の隣に座り、集まった貴婦人たちと穏やかに言葉を交わしていた。
隣国の暮らしや王宮での生活について尋ねられることも多く、王女は一つひとつ丁寧に答えていたが、ふと視線を巡らせたとき、少し離れた席にいるエレノアに気づいた。
先日の晩餐会で、ヴァルツェン侯爵の隣に立っていた女性だ。
深い青緑色のドレスをまとい、夫と楽しそうに話していた姿が思い出された。
今日は淡いローズピンクのドレスを着ており、周囲の夫人たちと和やかに話している。
王女がその姿を見ていると、王妃が声をかけた。
「王女殿下、あちらにいらっしゃるのはヴァルツェン侯爵夫人です。先日の晩餐会でご挨拶はお済みでしたか?」
「はい。ほんの少しですが、お話ししました」
「それなら、今日はぜひゆっくりお話しなさって。侯爵夫人はリーヴェのご出身で、復興にも深い関心をお持ちなのですよ」
「そうなのですね。ぜひお話を伺ってみたいです」
王妃は近くにいた侍女へ声をかけ、エレノアを呼び寄せた。
「ヴァルツェン侯爵夫人、こちらへ」
エレノアは席を立ち、王妃と王女の前で丁寧に礼をした。
「お招きいただき、ありがとうございます。王妃陛下、王女殿下」
「こちらへお掛けなさい。王女殿下が、あなたとお話ししてみたいそうですよ」
「まあ、光栄でございます」
エレノアは勧められた席へ腰を下ろした。
王女は微笑みながら話しかけた。
「先日の晩餐会以来ですね、侯爵夫人」
「はい。王女殿下にまたお目にかかれて嬉しく思います」
「王妃陛下から、侯爵夫人はリーヴェのご出身だと伺いました。戦争では大変な思いをなさったのではありませんか?」
「そうですね。故郷では多くの方が苦労されました。私自身は家族に守られて過ごしておりましたが、街の様子が変わっていくのを見るのは辛いことでした」
王女は真剣な表情で耳を傾けた。
「先日、王都の療養施設を訪問したのですが、戦争が終わっても苦労されている方がたくさんいらっしゃるのですね」
「療養施設へ行かれたのですか?」
「ええ。負傷された方々が、日常生活へ戻るための訓練をされていました」
「そうだったのですね。私も一度、そういった施設を訪ねてみたいと思っているんです」
「侯爵夫人も?」
「はい。故郷のこともありますし、私にできることがあれば、少しずつでもお手伝いしたくて」
エレノアは少し照れくさそうに笑った。
「まだ何から始めればいいのか、勉強しているところなのですが」
「素敵なお考えだと思います」
王女がそう言うと、エレノアは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
王妃も二人の会話を聞きながら、満足そうに頷いていた。
「こうしてお二人が関心を持ってくださることは、私も嬉しいわ。戦争で傷ついた人々への支援は、これからも続けていかなければなりませんからね」
その後も話は続き、王女はエレノアが思っていた以上に気さくで、話しやすい女性であることに気づいた。
侯爵夫人という立場にありながら、相手の話をよく聞き、知らないことは素直に尋ねる。笑顔も自然で、一緒に話していると不思議と緊張が和らいでいく。
王女はいつの間にか、エレノアとの会話を楽しんでいた。
◇
茶会も終わりに近づいた頃、王女とエレノアは庭園を眺めながら、もう少し話をしていた。
「侯爵夫人は、王都での暮らしにはもう慣れましたか?」
「はい。最初は知らないことばかりでしたが、少しずつ慣れてきました。まだ道を覚えきれていないところもありますけれど」
エレノアが笑うと、王女もつられて笑った。
「私も同じです。王都はとても広くて、どこへ行っても新しい発見がありますもの」
「王女殿下は、こちらでのご滞在を楽しまれていますか?」
「ええ。皆さん親切にしてくださいますし、学ぶことも多くて。帰国するまでに、できるだけいろいろな場所を見ておきたいと思っています」
「それは素敵ですね」
エレノアは嬉しそうに頷いた。
「侯爵夫人は、普段どのようにお過ごしなの?」
「最近はお茶会にお招きいただくことも増えましたし、屋敷で過ごす時間も好きなんです。庭を散歩したり、本を読んだりしています」
「読書がお好きなのね」
「はい。子どもの頃から好きで、今でも時間があるとつい本を開いてしまいます」
「どんな本を読まれるの?」
「物語も好きですし、最近は王都の歴史について書かれた本も読んでいます。知らないことがたくさんあって、面白いんですよ」
エレノアは楽しそうに話した。
王女はその様子を見ながら、ふと尋ねた。
「侯爵閣下も、ご一緒に本を読まれることがあるの?」
「はい。アレクシス様も本がお好きなんです」
エレノアの表情が、ぱっと明るくなった。
「お互いに好きな本を読んでいることもありますし、面白かった本を教えていただくこともあります。アレクシス様は私よりずっと物知りなので、お話を聞くのも楽しい
んです」
王女は少し驚いた。
王宮で会うヴァルツェン侯爵は、必要なことを簡潔に話す落ち着いた人物だ。
そんな彼が屋敷で妻と並んで本を読み、読んだ本について話している姿は、すぐには想像できなかった。
「そうなのね。侯爵閣下にも、そんな一面があるのね」
「ふふ。とてもお優しい方なんですよ」
エレノアは何のためらいもなく答えた。
その笑顔はあまりに自然で、王女も思わず微笑んだ。
「素敵なご夫婦なのね」
「ありがとうございます」
エレノアは少し頬を染め、嬉しそうに礼を言った。
やがて侍女が迎えに来て、二人は別れの挨拶を交わした。
「今日はお話しできて嬉しかったわ、侯爵夫人」
「私もです、王女殿下。またお目にかかれる日を楽しみにしております」
エレノアが丁寧に礼をして立ち去ると、王女はしばらくその後ろ姿を見送っていた。
ヴァルツェン侯爵夫人は、想像していたよりもずっと親しみやすい女性だった。
話していて楽しかったし、故郷や支援活動について語る姿にも好感が持てた。
それでも、最後に聞いた夫婦の話だけが、なぜか心に残っている。
あの侯爵が、屋敷ではどんな顔をしているのだろう。
エレノアが語る彼の姿を、王女はまだうまく思い描くことができなかった。
けれど、いつか見てみたいと思った。




