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挙式を終えたアレクシスとエレノアが披露宴の会場へ姿を現すと、集まっていた人々から改めて祝福の拍手が送られた。
侯爵家の結婚を祝う宴は、王都でも指折りの華やかさだ。高い天井から吊るされた燭台には幾つもの明かりが灯され、白い花で飾られた卓上には、美しく盛りつけられた料理が並んでいる。楽団の奏でる穏やかな音楽が会場を満たし、招待客たちは新たな侯爵夫妻を迎えようと席を立っていた。
エレノアはアレクシスの腕に手を添えながら、隣に並んで歩いた。
挙式の間は緊張していたものの、披露宴が始まる頃にはようやく落ち着きを取り戻していた。何より、隣にいるアレクシスがいつもどおりの態度でいてくれることが心強かった。
「疲れていないか?」
招待客への挨拶が一段落したところで、アレクシスが声をかけてきた。
「大丈夫です。アレクシス様こそ、お疲れではありませんか?」
「俺は平気だ。だが、無理はするな」
「はい。ありがとうございます」
エレノアが微笑むと、彼はその手を取って軽く握った。
ほんの何気ない仕草だったが、近くにいた貴族の夫人が微笑ましそうに二人を見ていることに気づき、エレノアは少しだけ頬を染めた。
これまでにも手を繋ぐことはあったけれど、今日からは夫婦なのだと思うと、同じ仕草でも不思議と違って感じられる。
「エレノア様!」
聞き慣れた声に振り向くと、クラリスがユリウスとともに近づいてきた。
「ご結婚、本当におめでとうございます。今日のエレノア様、とてもお綺麗ですわ!」
「ありがとうございます、クラリス様。お二人にも来ていただけて嬉しいです」
「もちろんですわ。式の間も、ずっと感動してしまって。お二人が並んでいらっしゃる姿が、本当に素敵でしたもの」
クラリスは嬉しそうに話しながら、隣のアレクシスへ視線を移した。
「侯爵閣下も、本日はいつも以上にお優しいお顔をなさっていますね」
「そうだろうか」
アレクシスが普段と変わらない口調で答えると、ユリウスが小さく笑った。
「少なくとも、私にはそう見えますよ。クラリスも朝から随分と楽しみにしていましたから」
「ユリウス様だって、楽しみにしていらしたでしょう?」
「もちろんだよ」
仲のよい夫婦のやり取りに、エレノアも思わず笑みをこぼした。
クラリスとは王都に来てから親しくなったばかりだが、今ではこうして大切な日を祝ってくれる友人になっている。これからも同じ社交界で顔を合わせる機会が増えるだろうと思うと、それも楽しみだった。
二人と別れたあとには、リーヴェから来た父たちが待っていた。
「エレノア、改めておめでとう。式では本当に綺麗だったよ」
「ありがとうございます、お父様。今日は来てくださって、本当に嬉しかったです」
「何を言っているんだい。娘の結婚式に来ない父親がどこにいるんだ」
父が笑うと、傍らにいたリナがまた目元を押さえた。
「エレノア様が祭壇へ向かわれるお姿を見たときは、もう……」
「リナ、あなたは朝からずっと泣いているじゃない」
「だって、嬉しいんですもの!」
その返事にマルタが呆れたように笑い、エレノアもつられて笑ってしまった。
アレクシスはそんな彼女たちを見守りながら、父へ向き直った。
「父上、今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、素晴らしい式にお招きいただき、ありがとうございました。娘のあんなに幸せそうな顔を見られて、私も嬉しく思っております」
「これからも、エレノアと一緒にリーヴェへ顔を出すつもりだ。父上も身体には気をつけてほしい」
「ありがとうございます。お二人がいらっしゃるのを、いつでも楽しみにしておりますよ」
二人の会話を聞きながら、エレノアは父の表情が穏やかに和らいでいることに気づいた。
アレクシスが自然に「父上」と呼ぶことにも、少しずつ慣れてきたらしい。
やがて楽団の曲が変わり、会場の中央に踊るための場所が設けられた。
最初の一曲を踊るため、アレクシスがエレノアへ手を差し出した。
「踊ろうか」
「はい、喜んで」
差し出された手を取り、エレノアは彼とともに中央へ進んだ。
王宮の舞踏会で再会したあの日、アレクシスが自分の前に現れたときの驚きは、今でもよく覚えている。あの頃は彼の正体を知ったばかりで、こうして結婚式の日を迎えることなど、まだ想像もできなかった。
音楽に合わせて足を運ぶと、アレクシスが彼女を自然に導いた。
「何を考えている?」
「初めて王宮の舞踏会へ行った日のことを思い出していました」
「あの日か」
「はい。アレクシス様がいらっしゃるなんて、思ってもいませんでしたから」
「俺は君が来ると知っていた」
エレノアは笑って彼を見上げた。
「そうでしたね。後から聞いて驚きました」
「会える機会を逃すつもりはなかったからな」
彼の言葉に、エレノアは嬉しそうに目を細めた。
「あの日は、アレクシス様と再会できただけでも驚いたのに、まさかこんなに早く結婚することになるとは思いませんでした」
「俺は、できるだけ早く迎えるつもりだった」
「ふふ。そうでしたね」
アレクシスもわずかに笑い、彼女の手を握り直した。
曲が終わると、二人へ大きな拍手が送られた。
その後も宴は続き、セシリアをはじめ多くの人々が二人を祝福した。エレノアはアレクシスとともに挨拶を交わしながら、これから侯爵夫人として関わっていく人々の顔を一人ひとり覚えようとしていた。
気づけば窓の外はすっかり暗くなり、華やかだった宴も終わりを迎えようとしていた。
◇
披露宴を終えて部屋へ戻ると、エレノアはようやく大きく息をついた。
一日中身につけていた花嫁衣装を脱ぎ、ローザたちに手伝ってもらいながら湯浴みを済ませる。髪をほどいて丁寧に梳いてもらう頃には、身体の疲れを感じ始めていた。
「本当にお疲れさまでございました、奥様」
ローザの言葉に、エレノアは鏡越しに彼女を見た。
「……奥様?」
「はい。本日からは、そうお呼びすることになりますので」
エレノアは少し驚いたあと、照れくさそうに笑った。
「そうだったわね。まだ慣れないけれど、改めてよろしくね、ローザ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ローザは嬉しそうに微笑み、最後に髪を整えると、ほかの侍女たちとともに部屋をあとにした。
一人になったエレノアは、寝台のそばに置かれた椅子へ腰を下ろした。
今日一日の出来事を思い返していると、自然と頬が緩んでしまう。
父に手を引かれて祭壇へ向かったこと。アレクシスと誓いを交わしたこと。そして、初めて唇を重ねたこと。
あのときの彼の表情を思い出しただけで、また顔が熱くなった。
そのとき、扉が控えめに叩かれた。
「エレノア、入ってもいいか?」
アレクシスの声だった。
「はい、どうぞ」
扉が開き、夜着に着替えたアレクシスが姿を見せた。
昼間の礼装とは違い、くつろいだ装いをしている彼を見ると、エレノアも自然と微笑んだ。
「アレクシス様も、お支度が終わったのですね」
「ああ。君も疲れただろう」
「少しだけ。でも、とても楽しい一日でした」
アレクシスは彼女のそばまで歩いてくると、差し出された手を取った。
「俺もだ」
そう答えた彼は、エレノアの隣へ腰を下ろした。
二人で過ごす時間は、これまでにも何度もあった。庭を散歩したり、お茶を飲んだり、仕事の合間に言葉を交わしたりすることも珍しくなかったが、今夜はいつもとは違う。
エレノアが少し緊張しながら彼を見上げると、アレクシスはその様子に気づいたらしい。
「緊張しているか?」
「……少しだけ。でも、嬉しいです」
正直に答えると、彼はエレノアの手を包むように握った。
「俺も嬉しい。今日という日を、ずっと待っていた」
「私もです。5年前には、こんな日が来るなんて思ってもいませんでした」
「俺は、いつか君に会いに行くつもりだった」
エレノアは驚いて彼を見た。
「そうだったのですか?」
「ああ。ただ、戦争が終わっても、すぐに動ける状況ではなかった。侯爵位を継いでからも片づけるべきことが多くて、随分待たせてしまったな」
「待たされたなんて思っていません。こうしてまたお会いできて、今は隣にいられるんですから」
アレクシスは彼女の言葉を聞き、そっと頬へ手を伸ばした。
「エレノア」
「はい」
「今日の君は、本当に綺麗だった」
式のときにも言われた言葉だったが、こうして二人きりで改めて告げられると、エレノアは恥ずかしくなって視線を落とした。
「ありがとうございます。アレクシス様も、とても素敵でした」
「そうか」
「はい。祭壇の前でお待ちになっている姿を見て、少し安心したんです」
「俺は君が入ってきたとき、しばらく目を離せなかった」
エレノアが顔を上げると、彼は真剣な表情でこちらを見つめていた。
「綺麗だったし、何より、ようやく君と結婚できると思った」
その言葉に、エレノアは彼の胸元へそっと手を添えた。
「私も、アレクシス様と結婚できて幸せです」
アレクシスは彼女の腰へ腕を回し、ゆっくりと抱き寄せた。
これまでも彼に抱きしめられたことはあったが、今夜はその腕から離れたいとは思わなかった。エレノアも彼の背中へ手を回し、しばらくその温かさに身を委ねた。
やがてアレクシスが少し身体を離し、彼女の顔を覗き込んだ。
「もう一度、口づけてもいいか?」
エレノアは微笑んで頷いた。
「はい。……私も、そうしたいです」
アレクシスは彼女の頬に手を添え、ゆっくりと唇を重ねた。
式のときとは違い、周囲には誰もいない。エレノアが彼の肩に手を置くと、アレクシスは抱き寄せる腕に少し力を込め、もう一度唇を重ねた。
口づけを終えても、彼はすぐには離れなかった。
額を寄せたままエレノアを見つめるその表情は、昼間、招待客たちの前で見せていた侯爵の顔とは随分違っていた。
「……エレノア」
「はい」
「これからは、毎晩こうして君のそばにいられるんだな」
エレノアは彼の頬へそっと触れた。
「はい。これからは、ずっと一緒です」
アレクシスはその手に自分の手を重ね、指先へ口づけた。
「疲れているなら、今日は休んでもいい」
エレノアは彼の気遣いに微笑みながら、首を横に振った。
「大丈夫です。アレクシス様と、もう少し一緒にいたいです」
その返事を聞いた彼は、エレノアを抱き寄せた。
「俺もだ」
エレノアは彼の胸に頬を寄せ、穏やかな鼓動に耳を傾けた。
明日からは、夫婦としての暮らしが始まる。侯爵家の仕事も、社交界での役目も、まだ学ばなければならないことはたくさんあるだろう。それでも、アレクシスと一緒なら、きっと楽しく過ごしていけると思えた。
アレクシスが彼女の髪を優しく撫で、額へ口づける。
エレノアが顔を上げると、彼はそのまま唇を重ね、彼女をそっと抱き上げた。
驚いて彼の肩へ腕を回すと、アレクシスは小さく笑った。
「大丈夫だ。落としたりしない」
「それは心配していませんけれど……」
「なら、よかった」
エレノアは少し照れながらも笑い、彼の首元へ顔を寄せた。
アレクシスは彼女を寝台へそっと下ろすと、そのままエレノアの顔を覗き込んだ。
すぐそばにある彼の顔を見上げ、エレノアは少しだけ頬を染める。それでも目を逸らすことなく、そっと手を伸ばして彼の頬に触れた。
アレクシスはその手に自分の手を重ね、指先へ口づけると、エレノアの身体を包み込むように片腕を寝台へついた。
「愛している、エレノア」
いつもより低く、甘い声だった。
エレノアは彼を見つめたまま、微笑んだ。
「私も愛しています、アレクシス様」
その言葉を聞いたアレクシスは、ゆっくりと身をかがめた。
エレノアが彼の首へ腕を回すと、二人の唇が重なる。今度はどちらからともなく、もう一度口づけを交わした。
窓の外では、夜の庭が月明かりに照らされていた。二人が長い年月を経て迎えた結婚の日は、誰にも邪魔されることなく、静かに夜更けへと続いていった。




