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鏡の前に座るエレノアの髪へ、ローザが最後の髪飾りを留めた。
「いかがでしょうか」
鏡の中には、淡い青のドレスに身を包んだ自分が映っている。華美になりすぎないよう装飾は控えめにしてあるが、祝いの席に相応しく、普段よりも少しだけ華やかだった。
「素敵。ありがとう、ローザ」
「よくお似合いでございます」
立ち上がって裾を整えてもらいながら、エレノアは自然と笑みを浮かべた。
今日はクラリスとユリウスの結婚式だ。
王都へ戻ってからクラリスとは一度会っているし、手紙のやり取りも続いていた。それでも結婚式の日が近づくにつれて、エレノアまで落ち着かない気持ちになっていた。自分が結婚するわけでもないのに、昨夜は寝る前になってから、贈り物はあれでよかっただろうか、当日はどんなドレスなのだろうと、次々に考えてしまったほどだ。
部屋を出て階下へ向かうと、玄関ホールにはすでにアレクシスがいた。
正装した姿を見るのは初めてではない。王宮へ赴くときにも何度か目にしている。それでも今日は祝いの席だからか、いつもとは少し違って見え、エレノアは階段を下りながら思わず目を留めた。
アレクシスもこちらに気づき、階段の下で待っている。
「お待たせしました」
「いや」
差し出された手に自分の手を重ねると、アレクシスはそのままエレノアが最後の一段を下りるのを待った。
「では、行きましょうか」
「ああ」
アルベール伯爵家とはヴァルツェン侯爵家も以前から付き合いがあり、アレクシスにも正式な招待が届いている。朝から仕事を済ませていたらしく、出発直前まで執務室にいたとローザから聞いていたが、そのことを感じさせる様子はなかった。
馬車に乗り込んでからも、エレノアの気持ちはすでに今日の花嫁へ向いていた。
「クラリス様のドレス、どんなものなのでしょう。以前お会いしたときには、もうほとんど出来上がっているとおっしゃっていました」
「そうだったな」
「刺繍をとても気に入っているともおっしゃっていました。実物を見るのが楽しみです」
アレクシスは短く相槌を返しながら、楽しそうに話すエレノアの声を聞いていた。
やがて馬車がアルベール伯爵家へ到着すると、すでに多くの招待客が集まっていた。華やかな衣装に身を包んだ貴族たちが行き交い、祝福の言葉があちらこちらから聞こえてくる。
アレクシスが姿を見せれば自然と人の目が集まり、すぐに何人かから声をかけられた。エレノアも婚約者として隣に立ち、挨拶を交わしていく。
以前なら、これほど多くの貴族を前にすれば何を話せばよいのかと迷ったかもしれない。しかし王都で過ごすうちに顔を覚えた者も増え、クラリスやセシリアから教えてもらったことも少しずつ身についている。
何より今日は、友人を祝うために来たのだと思えば、それほど緊張しなかった。
やがて式が始まり、会場の空気が変わる。
そして花嫁が姿を現した瞬間、エレノアは思わず息を呑んだ。
「……綺麗」
誰に聞かせるでもなく思わず声が漏れた。
白い花嫁衣装に身を包んだクラリスは、いつもの快活な雰囲気を残しながらも、今日は見違えるほど華やかだった。繊細な刺繍の施されたドレスも、丁寧に結い上げられた髪も美しかったが、それ以上に、ユリウスのもとへ歩いていくクラリス自身がとても幸せそうで、エレノアはその姿から目が離せなかった。
以前、一緒にお茶を飲みながら結婚式の話をしていたクラリスが、本当に今日、花嫁になっている。
ユリウスの隣へ辿り着いたクラリスが顔を上げると、二人は目を合わせて笑った。
その様子を見ただけで、エレノアまで嬉しくなる。
隣でアレクシスがわずかに動いた気配がして、エレノアは一度だけそちらを見た。
「どうしました?」
「いや」
アレクシスはそう答え、すぐに前へ視線を戻した。
エレノアも深く考えることなく、再びクラリスたちを見る。
誓いの言葉が交わされ、会場から祝福の拍手が起こると、エレノアも心から拍手を送った。
式を終えたクラリスと話せたのは、それから少し経ってからだった。
「クラリス様、ご結婚おめでとうございます」
エレノアが声をかけると、クラリスの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます、エレノア様。来てくださって嬉しいです」
「とてもお綺麗でした。ドレスも本当に素敵で……以前おっしゃっていた刺繍は、こちらだったのですね」
「覚えていてくださったのですか?」
「もちろんです。ずっと楽しみにしていましたから」
クラリスは嬉しそうに笑うと、自分のドレスへ目を落とした。
「何度も直していただいたのです。最後まで迷ったところもあったのですが、今日これを着てみたら、これでよかったと思えました」
その横ではユリウスが穏やかに笑っている。
「クラリスは昨日まで気にしていましたからね」
「ユリウス様、それは今言わなくてもよろしいでしょう」
「昨日どころか、今朝も気にしていただろう」
「もう」
困ったようにユリウスを見るクラリスが、普段より少し照れている。
二人のやり取りを見て、エレノアは笑った。
「でも、本当によくお似合いです。お二人とも、とても幸せそうです」
「ありがとうございます」
今度はクラリスだけでなく、ユリウスも嬉しそうに礼を言った。
他にも祝いの言葉を伝えようと待っている人がいるため、いつまでも話しているわけにはいかない。それでも別れる前、クラリスはエレノアの手を取った。
「今日は本当にありがとうございます。また落ち着いたら、お茶をご一緒してくださいね」
「はい。ぜひ」
「今度は新居へお招きします」
「楽しみにしています」
いつもの約束を交わしてから離れる。
花嫁になってもクラリスはクラリスなのだと思うと、なんだか嬉しかった。
その後も祝いの席は続き、エレノアはクラリスの姿を見つけるたびに目で追っていた。
楽しそうに笑っているところも、ユリウスと並んで挨拶をしているところも、家族と言葉を交わしているところも、どれも幸せそうに見える。
「よほど嬉しいらしいな」
不意に隣から声をかけられ、エレノアはアレクシスを見上げた。
「分かりますか?」
「朝からずっと楽しそうだ」
「だって、クラリス様の結婚式ですもの」
エレノアはそう答えて、また花嫁の方へ目を向けた。
「本当に素敵ですね」
「ああ」
返事をしたアレクシスの視線がどこへ向いているのか、エレノアは気づかなかった。
祝いの席を辞したあと、アレクシスは午後の予定のため、そのまま別の馬車で仕事へ向かうことになっていた。
屋敷の前で待つ馬車まで来ると、エレノアは振り返る。
「今日は一緒に来られてよかったです」
「ああ」
「お仕事、頑張ってくださいね」
「君は屋敷へ戻ったら少し休め」
「はい、ありがとうございます」
返事をすると、アレクシスは一度エレノアを見てから、先に用意されていた馬車へ向かった。
エレノアもローザとともに侯爵邸へ戻る馬車へ乗り込む。
窓の外へ流れていく王都の街並みを眺めながら思い浮かべるのは、白いドレスを着て笑っていたクラリスの姿だった。
綺麗で、幸せそうだった。
そして何より、大切な友人の幸せな一日を自分も一緒に祝えたことが嬉しかった。
エレノアは帰り道もずっと、クラリスの笑顔を思い出していた。




