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冷血侯爵は、妻の前でだけ膝をつく  作者: 白しの


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アレクシスが仕事相手との話を終えて戻ってきたのは、それほど時間が経たないうちだった。


少し後ろにはセドリックもついて来ているのが見えた。


「もうよろしいんですか?」


「話は済んだ」


アレクシスはそれだけ答えると、先ほどまでと同じようにエレノアの隣へ戻った。


その後も何人かの貴族が挨拶に来たが、アレクシスがわざわざエレノアのそばを離れることはなかった。話す必要があればその場で応じ、長くなりそうなものは後日に回す。相手によってはエレノアを紹介することもあり、そのたびに彼女へ向けられる視線が少し変わるのが分かった。


先ほどまでは好奇心だけだった人たちも、アレクシスが当然のようにエレノアを隣に置いているのを見れば、婚約について疑う余地はないらしい。


エレノアとしては、そのことよりも別の方が気になった。

王宮で仕事をしているときのアレクシスは、必要なことしか口にしない。今も周囲の者に対しては変わらず簡潔なのに、自分には飲み物が足りているか、疲れていないかと細かなところまで目を配っている。


クラリスが言っていたことを思い出しながら横を見ると、アレクシスと目が合った。


「どうした?」


「いいえ」


エレノアは小さく笑って首を振った。

今はまだ、自分でもうまく説明できそうになかった。

しばらくして、離れていたクラリスとユリウスも再び二人のところへやってきた。


「エレノア様は、王都にはあとどのくらいいらっしゃるんですか?」


クラリスに尋ねられ、エレノアは少し考える。


「もう長くはないんです。もともと短い滞在の予定でしたから」


王都へ来たときには長く感じていた滞在も、気づけば残り少なくなっていた。


「それなら、戻られる前に一度ゆっくりお話ししません?」


クラリスが言った。


「今日のような場所ではなくて、お茶でも。今度こそ周りに囲まれないところで」


「ぜひ」

エレノアは迷わず頷いた。

先ほど友人になったばかりなのに、王都を離れればすぐには会えなくなると思うと少し寂しい。


「王都を離れたら、なかなかお会いできなくなりますね」


「手紙を書きますよ」


クラリスは当然のように言った。


「エレノア様も書いてくださいね。私ばかり送るのは嫌ですから」


「もちろんです」


「では、それも決まりですね」


また一つ約束が増えた。

王都へ来る前は、こんなふうに友人ができるとは思っていなかった。クラリスと話していると、アレクシスの婚約者だからではなく、自分自身と話してくれているのが分かる。

それがエレノアには嬉しかった。


「日程は明日にでもお知らせします」


「待っています」


二人が話している間、アレクシスは口を挟まず聞いていた。


クラリスとユリウスが少し離れたあと、エレノアが横を見ると、アレクシスはいつもと変わらない顔をしている。


「クラリス様とお友達になれて嬉しいです」


「ああ。よかったな」


短い返事だった。

けれど、エレノアが嬉しそうにしていることを、アレクシスも喜んでいるように見えた。

夜会も終盤に差しかかった頃、父が戻ってきた。


「エレノア、そろそろ帰るかい?」


「そうですね…」


答えを考えているエレノアの隣で、アレクシスが父へ顔を向ける。


「リーヴェルト子爵。帰りは私がエレノアを送る。構わないか」


「よろしいのですか?私は構いませんので、お願いいたします」


父はすぐに頷いた。


「お父様は?」


「侯爵に送っていただけるなら私はもう少しだけ話をしてから戻るよ」


どうやらエレノアに合わせて切り上げようとしてくれていたらしい。


「では、先に戻っていますね」


「ああ。気をつけて」


父に挨拶を済ませ、エレノアはクラリスとユリウスにも別れを告げた。


「お茶のこと、楽しみにしています」


「私もです。またすぐに」


クラリスが笑う。

セドリックは少し離れたところで待っていたが、アレクシスたちが帰ると分かるとすぐに動いた。


「馬車は準備できています」


「分かった」


「では、私は後ろの馬車におりますので」


セドリックはエレノアにも軽く頭を下げた。


「お気をつけて、エレノア様」


「ありがとう、セドリック」


名前だけで呼ぶのはまだ少し慣れない。それでもセドリックは満足そうに頷き、そのまま先に歩いていった。


王宮の外へ出ると、夜の空気が頬に触れた。

会場の熱気の中に長くいたせいか、それが心地よく感じる。

アレクシスはエレノアの歩調に合わせながら、馬車までの短い道をゆっくり歩いた。


「寒くないか?」


「大丈夫です。むしろ少し気持ちいいです」


それを聞いて、アレクシスはそれ以上何も言わなかった。


侯爵家の馬車に乗り込むと、以前と同じようにアレクシスはエレノアの隣へ座った。

もう驚きはしない。それでも、すぐ横に彼がいることにはまだ少しだけ慣れない。


馬車が動き始め、窓の外に王宮の灯りが遠ざかっていく。


「今日は、来てくださってありがとうございました」


エレノアが言うと、アレクシスは少しだけこちらを見た。


「仕事が片付いた頃には遅くなっていたが、間に合ってよかった」


「お疲れなのに」


「それほどでもない」


「そういうことにしておきます」


無理をしているようには見えない。それでも仕事を終えて来てくれたのは素直に嬉しいので、エレノアはこれ以上は言わないことにした。


しばらく馬車に揺られているうちに、ふと思い出したことがある。

婚約が決まり、父にも認めてもらった。

けれど、まだきちんと挨拶をしていない人がいる。


「アレクシス様」


「ん?」


「アレクシス様のお母様にも、ご挨拶をしたいと思っているんです」


アレクシスがエレノアを見る。


「婚約したのに、このままお会いしないままリーヴェへ戻るのは嫌ですし……私も、お会いしてみたいです」


少し間を置いて、アレクシスが頷いた。


「母上も君に会いたがっている」


「私のことをご存じなんですか?」


「ああ。以前、結婚を考えている人がいるとは話してある」


エレノアは少し驚いた。

アレクシスが母親にまで自分のことを話していたとは思わなかった。


「5年前のことも?」


「少しは」


詳しくは話していないらしい。

自分の知らないところで、アレクシスが母親に自分のことを話していた。そう思うと、自然と頬が緩んだ。


「お母様は、普段は別邸にいらっしゃるんですよね?」


「ああ。ただ、今は本邸に来ている」


「本邸に?」


「俺が結婚を考えている相手がいると話したら、会いたいと言ってな」


アレクシスはそこまで言って、少しだけ間を置いた。


「そのあとすぐ婚約が決まったから、母上も驚いていると思う」


エレノアは思わず笑った。


「それは……私も少し分かります」


再会したと思ったら、数日のうちに婚約まで決まったのだ。

気持ちそのものは5年前から続いていたとしても、周囲から見ればかなり早く見えるのだろう。


「近いうちに伺ってもいいでしょうか」


「もちろんだ」


アレクシスは少し考えたあと、明後日なら時間が取れると告げた。

エレノアは一度頷いたものの、すぐに彼を見る。


「無理にお仕事を空けなくても大丈夫ですよ」


「予定を調整できる日を選んでいるだけだ」


その答えなら安心できた。


「では、明後日にお願いします」


「ああ」


話が決まると、エレノアは窓の外へ目を向けた。

初めて侯爵邸へ行く。そして、アレクシスの母親に会う。

少し緊張はするけれど、それ以上に楽しみだった。


5年前、自分が知っていたアレンには、知らないことがたくさんあった。

今はそれを一つずつ知っていける。


馬車が宿の前へ到着すると、アレクシスが先に降り、エレノアへ手を差し出した。

その手を借りて地面へ降りる。


「今日はありがとうございました」


「ああ。ゆっくり休め」


「アレクシス様もです」


エレノアが返すと、アレクシスは小さく頷いた。

少し離れたところでは、後ろの馬車から降りたセドリックが待っている。

エレノアは二人にもう一度挨拶をしてから宿へ入った。


次に会うのは、ヴァルツェン侯爵邸。

そう思うと、さっきまで感じていた夜会の疲れより、明後日のことの方が気になっていた。







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