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冷血侯爵は、妻の前でだけ膝をつく  作者: 白しの


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医師から短時間の騎乗を許されたのは、それから数日後のことだった。


まだ長く乗ることはできず、速く走らせることも許されない。屋敷の敷地内で馬を歩かせる程度という条件つきだったが、それでもアレンにとっては大きな前進だった。


診察を終えた医師を見送ったあと、エレノアは嬉しそうにアレンを振り返った。


「よかったですね。思っていたより早く許可が出ましたね」


「ああ」


「先生も驚いていらっしゃいましたし、本当に回復がお早いんですね」


この屋敷へ運び込まれてきた頃の姿を思えば、馬に乗れるところまで回復したことが素直に嬉しかった。エレノアが笑っていると、アレンは椅子から立ち上がり、傍らに置いていた上着を手に取った。


「これから厩へ行く」


「もう今日から乗られるんですか?」


「ああ。そのつもりだ」


てっきり明日以降だと思っていたエレノアは少し驚いたものの、すぐに納得した。これまで何度も剣や馬について医師に尋ねていたのだから、許可が出た以上、アレンが待つ理由もないのだろう。


そんなエレノアを見て、アレンは扉へ向かいかけてから足を止めた。


「気になるなら、来るか?」


思いがけない言葉に、エレノアは目を瞬いた。


「……よろしいんですか?」


「見ているだけなら問題ないだろう」


「では、ご一緒します」


二人で厩へ向かうと、すでに話を聞いていた馬丁が一頭の馬を連れ出して待っていた。艶のある濃い栗毛の馬は、近づいてくるアレンを見ても騒ぐことなく、静かに耳を動かしている。


アレンは馬の首筋に手を添え、しばらく様子を確かめてから手綱を受け取った。その動作には迷いがなく、鐙に足をかけて鞍へ上がる姿も、長く馬から離れていたとは思えないほど自然だった。


エレノアは少し離れたところから、その様子を見上げていた。


これまで彼が歩く姿を見慣れていたせいだろうか。馬上のアレンはいつもよりずっと高い位置にいて、手綱を持つ姿にも少しの迷いがない。療養のためこの屋敷で過ごしている姿ばかりを見てきたエレノアには、それがまだ知らない彼の一面を見ているように思えた。


「……本当に、昔から乗っていらしたんですね」


「そう言っただろう」


「聞いてはいましたけれど、実際に見るのとは違います」


アレンはそれ以上何も言わず、馬丁に一度視線を向けてから、ゆっくりと馬を歩かせた。


最初は厩の前を大きく回るだけだったが、やがて少し離れた場所まで進み、再び戻ってくる。走らせることはなく、医師から言われたとおり歩かせているだけなのに、手綱を扱う様子には慣れが見えた。


エレノアはしばらく黙って見ていたが、近くまで戻ってきた馬を見上げながら、ぽつりと言った。


「……いいですね」


アレンが彼女を見る。


「馬が好きなのか?」


「好き、というより……乗ってみたいんです」


「乗ったことがないのか?」


「ありません」


その答えが意外だったのか、アレンはわずかに眉を上げた。


「子どもの頃から何度かお願いしているんですけれど、危ないから駄目だと、みんなに止められてしまって」


「みんな?」


「お父様もお母様もです。マルタにも反対されました」


アレンは少し考えるようにエレノアを見た。


「止められる理由は分かる気がする」


「どうしてです?」


「木から下りられなくなるような子どもだったんだろう」


「それとこれとは別です」


すぐに返すと、アレンの口元がわずかに緩んだ。


「木登りは自分で勝手にしただけですけれど、馬ならきちんと教えていただけば大丈夫だと思うんです」


「そうか」


「……信じていませんね?」


「何も言っていない」


「その顔で分かります」


不満そうに言いながらも、エレノアの視線はすぐに馬へ戻った。間近で見るとやはり大きく、初めて乗るなら怖いのかもしれない。それでも、馬上から見る景色がどんなものなのか、一度くらいは知ってみたかった。


やがてアレンは馬を止め、ゆっくりと地面へ降りた。着地した直後こそ何事もなかったように見えたが、手綱を馬丁へ返す頃には、わずかに呼吸が深くなっている。


「久しぶりの馬はいかがでしたか?」


「あまり変わらないな」


「何がです?」


「乗り方は忘れていなかった」


「それは見れば分かります」


エレノアが笑うと、アレンもほんの少し表情を緩めた。


二人は馬丁に礼を告げ、厩をあとにした。歩き始めて間もなく、エレノアは隣を歩くアレンの呼吸がまだ普段より少し深いことに気づいた。本人は何も言わず、歩き方にもほとんど変化はなかったが、久しぶりの騎乗でまったく疲れていないはずはない。


エレノアは何も尋ねず、それまでより少しだけ歩調を緩めた。休んだ方がいいと言えば、きっと大丈夫だと返されるだろう。それなら最初から、急がなければいい。


しばらくして、その変化に気づいたらしいアレンが横目で彼女を見た。


「さっきより遅くないか」


「そうですか?」


「遅い」


エレノアは何でもないことのように前を向いた。


「今日は急ぐ用事もありませんから、ゆっくり戻りましょう」


アレンはエレノアを見たまま何か言おうとしたが、結局は口にしなかった。歩調を速めることもなく、そのまま彼女と並んで屋敷へ戻った。








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