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借金取りの元勇者と、借金まみれの元女勇者 Season1  作者: HANABI


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第四話 減らない借金と、落ちた英雄

ある日の、昼下がり。


春の名残を残した風が、路地をゆっくりと抜けていく。

日差しはやわらかく、けれど少しだけ強さを帯び始めていた。


初夏に向かう途中――そんな空気だった。

街の喧騒から少し外れたこの場所は、妙に静かだ。

さっきまでの人の声や、露店のざわめきが嘘みたいに遠い。


「ここ?」


リゼが周囲を見回す。

石壁はひび割れ、木の扉は色褪せている。

乾いた木の匂いと、ほこりの気配。


だが――完全に崩れてはいない。

誰かが、今もここで暮らしている形跡があった。


「……ああ」


ヴァルクが短く答える。


「元S級冒険者、ロイド」


「今回の回収対象だ」


「え」


リゼの目が少しだけ見開かれる。


「S級って……あの?」


「その“あの”だ」


リゼはもう一度、目の前の家を見る。

見た目はボロい。


だが、生活の気配は残っている。

洗濯物を干す紐と、剣を置いていたであろう枠。

手入れだけはされた庭。


「……普通に住んでるんだ」


「生きてるからな」


ヴァルクは扉を叩いた。

コン、コン。 返事はない。


「いない?」


「いや、いる」


短く言って、扉を開ける。


中は薄暗くて、少し空気が淀んでいた。

窓からの光は、布で遮っているようだった。


その代わり――

壁には、古い武器の跡が残っている。


外された剣の傷。棚の跡。

使われなくなった証拠だけが、そこにあった。


「……勝手に入るなよ」


暗くて低い声が、奥から響いてくる。

椅子に座った男が一人。


黒く少し伸びかけた乱れた髪。

少し見ただけで分かる大きな体。

顔には斜めに走る大きな傷跡、 髭も伸びていて表情は分からない。


「ロイド」


ヴァルクが名前を呼ぶ。


「返済期限は過ぎてる」


ロイドは鼻で笑った。


「分かってるよ」


「だからって、金はねえ」


「そうか」


あっさり。


「……それで終わりか?」


ロイドが睨む。


「終わらせるつもりなら、来てねえ」


ヴァルクは一歩進む。


「回収する」


空気が変わる。

ロイドがゆっくり立ち上がる。


――重い。

ただそれだけで、空気が沈む。


「……外でやるぞ」


そう言って、扉の方へ歩く。

リゼが目を瞬く。


「え?」


「ここ壊したら余計に借金増えるだろ」


ロイドが振り返らずに言う。


「……あ、確かに」


外へ出る。 少し開けた空き地に、踏み固められた土。 戦うには十分な広さだった。

ロイドが剣を抜く。


「久しぶりだな、ヴァルク」


「……ああ」


短いやり取り。 リゼがちらっと見る。


「知り合い?」


「昔な」


ヴァルクは視線を外さない。


「一度組んだことがある」


「へえ……」


ロイドが笑う。


「そのときの借り、まだ返してねえな」


「今返せ」


「無理だ」


即答だった。 空気が張り詰める。

そのとき――ヴァルクが一歩下がった。


「リゼ」


「え?」


「やってみろ」


一瞬、止まる。


「……私?」


「ああ、試すだけだ」


ロイドの目が細くなる。


「……女にやらせるのか?」


「問題あるか」


「いや」


ロイドが構える。


「むしろ助かる」


次の瞬間――固い地面を蹴って踏み込んでくる。

速い。


「っ!」


リゼが剣を抜く。

火花が固い音と共に、周囲を一気に戦いの場に引きずり込んだ。


「重っ……!」


腕に響く。

だが――止まらない。


(まだ……速くできる)


水流が刃に絡む。圧が増す。

足元の風が、一瞬だけ沈む。


――次の瞬間、加速した。

相手の死角に入り込んで攻撃していく。


「あっーーぶな!ちゃんと戦えるじゃねえか」


ロイドが低く笑う。

さらに攻撃が加速し、互いに剣をぶつけ合う。


あたりに金属のぶつかる音と爆発音、荒い息が静寂を破っていく。

次の一撃。

ロイドが踏み込んだ瞬間、左にバランスが崩れる。


「――っ!」


ロイドの踏み込みが、一瞬だけズレる。

ほんの僅か。

だが、致命的なズレ。


(……遅い?)


リゼの目が細くなる。


(……左)


隙を見逃さず、さらに踏み込み―剣で斬り込んでいく。


「チッ」


ロイドが距離を取る。

ヴァルクはじっと観察する。


(……見えてるな)


――粗いが、スピードと攻撃の判断はまぁいい。

ロイドが再び踏み込む。 今度は速い。


リゼは避けながら、水に風を混ぜて空気に拡散させる。 霧が発生し、視界を遮る。

ロイドの剣筋がズレる。


リゼの呼吸が、少しだけ乱れる。

視界が狭くなって、音が遠くなる。


――代わりに。

“動き”だけが、はっきり見えた。


リゼの表情が消えて、視線が鋭くなる。

そして、別人のようにさらに踏み込んでくる。


「――っ!」


「そこまで!!」


一歩。


――速い、じゃない。

“消えた”。


次の瞬間には、ロイドの懐。

拳が入る。

ロイドの腹に拳がめり込む。


「ぐっ……!」


衝撃に膝をつきながら、うずくまる。

限界だった。


「リゼ……終わりだ、戻ってこい」


ヴァルクが言う。

感情の無くなったリゼの顔に、ゆっくりと色が戻ってくる。


荒い呼吸が再開し、強く握っていた剣から少し力を抜いたのが分かった。

ヴァルクが肩に手を置き、ゆっくりと背中を撫でてやる。


「もう終わりだ。大丈夫だから――力抜け」


リゼの瞳が少し潤み、そして大きく息を吐き出した。


「ごめん……もう大丈夫。

――ありがと。おかげで殺さなくて済んだ。」


ロイドは、脱力したように息を吐く。

そしてポケットから袋を取り出す。


「今は、……これしかねえ」


受け取った袋は、軽い音しかしない。

ヴァルクは中を見て、袋を軽く閉じる。


「今日は、これでいい」


「死んだら回収できねえ」


「生きて返せるなら、それでいい」


ロイドは顔を上げる。


「……悪いな」


「勘違いするな」


ヴァルクが言う。


「次は容赦しねえ」


そのとき、ロイドが小さく言い放った。


「……それは、治療費だ」


「何の?」


まだ少し呼吸の早いリゼが、ポツリと聞く。


「教会に払うんだ。寄付ってやつだな」


「完全に治すには、それが要る」


「……北の竜、灰燼のやつ。――知ってるだろ」


「仲間を庇ってな……。まぁちょっと結果はこれだったがな」


――少し悔しさが滲んだ顔で、左肩に手をかけた。


「金が必要だったんだ」


一瞬、静かになる。 リゼの視線が揺れる。

ヴァルクは何も言わない。 ただ一言。


「……無理してんな」


ロイドが立ち上がって、笑う。


「うるせえ」


「まだ終わってねえ」


ヴァルクは背を向ける。


「行くぞ」


「え?――ちょっと待って」


少し落ち着いたリゼが、慌てて追う。


「……ねえ」


「なんだ」


「……私、どうだった?」


「――途中記憶なかったんだけど……」


ヴァルクがちらっと横に並んだ顔を見下ろす。


「……使える。思ってたより、な」


「それだけ!?」


「それだけだ」


春の終わり――爽やかな風が、2人の間に吹いてくる。


「……しばらく面倒見てやるよ」


「え?」


「見てて危なっかしいからな」


「なにそれ!」


リゼが抗議する。 だが、表情は明るい。


「ねぇ……」


「なんだ」


「借金、減ったかな?」


「減ったな」


「やった!」


飛び上がって、全身で喜びを噛みしめる。


「ただし……」


「え?」


「――今月分はまだだ」


「やめて!!」


リゼの叫びが、帰りの道に響いた。


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