第三話 減らない借金と、増える距離
あっという間に日が落ちて、熱気が少しだけ柔らぐ。
「はぁ……疲れた」
リゼはその場にしゃがみ込んだ。
「まだ一件だぞ」
「一件でこれ!?」
「効率いいだろ」
「どこが!?」
そのまま空を見上げる。
「借金、増えたし……」
「増えたな」
「軽く言わないで!?」
ヴァルクは少しだけ考えてから言った。
「飯、行くか」
「……え?」
そういえばお腹が空いているかも――
期待の顔を上げる。
「奢り?」
「違う」
「だと思った!!」
それでも立ち上がる。
歩き出すヴァルクの後ろを、少し早足で追う。
通されたのは、小さな食堂だった。
年季の入った木の机と椅子、そして賑やかな笑い声。 酒と香ばしい肉と脂の香りに、腹の虫が騒ぎ出した。
「座れ」
リゼは椅子に座るなり、メニューを手に取った。
「……普通だね」
「普通だ」
「よかった……」
「安堵の息をつくと、そのまま勢いよく注文する」
「じゃあこれと、これと、これと……あとこれも」
「おい」
「え、なに?」
「量、そんなに食えるか?」
「だって、どれも美味しそう……」
「……多いと思うぞ?」
「大丈夫、入るから!」
止める間もなく、注文が通る。
数分後、店員が忙しそうに机いっぱい料理を並べた。
脂の乗った塊肉ステーキ、シチューにサラダ。
熱々のチーズが乗ったピザ、そして山盛りポテト。
更に、ジョッキのビールがドンドンドンと置かれる。
「……頼みすぎだろ……」
「いただきます!」
聞いていない。
ステーキをナイフとフォークで綺麗にカットする。
「……おいしい」
「なにこれ……ふふっ」
「これも、う~ん……幸せ……」
夢中で食べる様子は、不思議と嫌味がなく、どこか小動物みたいだった。
ヴァルクはそれを目を細めて眺める。
そして淡々と、料理と酒を飲みながら、ゆっくり味わっていた。
(……食べ方が、綺麗だな)
ほんの少しだけ、目が細くなる。
(……面白い)
しばらくして。 皿は半分ほど空いてきていた。
食事のスピードが落ちてくる。
「……で」
「ん?」
「全部食う気か」
「うーん、お腹もう入らないかも……」
「持ち帰り、出来るかな?朝のパンに挟んで食べる」
「残したら、もったいないし……」
「冷めたら美味くないぞ?」
「干し肉よりは美味しいから、大丈夫!」
いそいそと店員に、持ち帰りの準備をしてもらう。
ふと、思い出したようにリゼに聞く。
「借金は、いくら残ってるんだ?」
「えっと……」
リゼが指を折りながら数え始める。
「装備一式で……これぐらい」
「それと回復薬のツケが……これぐらい」
「まあ分かるな」
「あと移動費と宿代と――仲間の治療費に……」
ヴァルクが手を上げて止める。
「あ――もういい」
軽くため息をつく。
「予想より多いな」
「でしょ……」
「よく生きてたな、それで」
「本当にそれ思う……」
一瞬だけ、妙な共感が生まれる。
「全部まとめて肩代わりする」
さらっと言う。
「……ほんとに?」
リゼが顔を上げる。
「その代わり」
ヴァルクが視線を落とす。
「ここで、働け」
空気が少しだけ締まる。
「返せるまで、逃げんなよ」
低い声。
冗談じゃない。
リゼは一瞬だけ言葉を失って――
「……はい」
小さく、でもはっきり頷いた。
そしてゆっくりと、机の上の料理を見る。
持ち帰りはするが、沢山頼んでしまった。
「……あ…」
ヴァルクが言う。
「これも借金だ」
「やっぱり!!」
頭を抱える。
「減らしてるつもりなのに増えてる!!」
「半分は返済に回した」
「え?」
「さっきの回収の利子分だ」
顔を上げる。
「……じゃあ」
「少しは減ってる」
リゼの顔が、ぱっと明るくなる。
「やった!!」
そして次の瞬間。
「でもこれでまた、増えてるな」
「意味ないじゃん!!」
そのとき。
外から、小さな鳴き声が聞こえてきた。
少し弱々しい、微かな鳴き声。
ヴァルクが立ち上がる。
「どこ行くの?」
答えずに、店の裏へ歩いていく。
路地裏の影、小さな猫が階段の下で鳴いている。
「みゃ―……」
人の姿をみると警戒したように後退った。
ヴァルクはしゃがみ込む。
ポケットから干し肉を出し、魔法で軽く炙る。
「食うか?」
無骨な指先。
けれど、差し出す手は驚くほど優しい。
その横顔を見て、リゼは胸の奥が少しだけ動いた。
(……この人)
金を回収していた時の、冷徹な目じゃなかった。
猫は一瞬ためらって――クンクンと匂いを嗅いだ。
猫はよっぽど腹が減っていたのか、警戒を緩めて夢中で食べている。
ヴァルクは何も言わない。
ただ、少しだけ目を細める。
「……好きなの?」
「別に」
即答する。
その言葉とは裏腹に、猫に小さく千切った干し肉を炙ってやっていた。
リゼはしばらくそれを見てから、
ぽつりと言う。
「なんか、ヴァルクに似てるね」
「何が」
「その猫」
ちらりと猫から視線を外して、リゼを見た。
「……どこが」
「うーん、なんとなく?」
ヴァルクは猫から視線を外す。
「気のせいだ」
「そうかな」
リゼは少しだけ笑った。
夜の風が、ゆっくり通り抜ける。
――少しだけ、距離が変わった気がした。




