第二話 初仕事と、減らない借金
ヴァルクの事務所は、驚くほど普通だった。
少し大きな木の机。積み上がった帳簿の束。背の高い本棚。来客用のソファが一組。
――そして。
やたらと、金。
机の上にも、箱の中にも、無造作に置かれている。
光を反射して、鈍くきらついていた。
「……なにこれ」
しばらく黙ってから、リゼが言う。
「仕事場だ」
「いや、それは分かるけど!」
ぐるっと見渡す。
「もっとこう……元勇者っぽい感じかと思ってた」
「勇者っぽいってどんなだ」
「武具とか武器とか、大きなベッドとか。聖剣とか?」
「ないな」
「お前こそ、勇者だったのに借金だらけじゃないか」
「……だね」
即答。
「でも、なんとなくそう思ったんだもの。夢がない!」
「金貸しに、夢求めるな」
帳簿を指で叩く。
「これが、仕事だ」
「……読めないんだけど」
「読め」
「字は読めるよ!?意味が分かんないの!」
ヴァルクは軽くため息をついた。
「金を貸す。返させる。それだけだ」
「シンプルすぎない!?」
「複雑にする意味がない」
「倫理とかないの!?」
「借りる方が悪い」
迷いがなさすぎる。
リゼは一瞬だけ詰まる。
(いや、正論っぽいけど……なんか違う気がする)
そのとき。
ドンドンッ!!
扉が乱暴に叩かれた。
「おい、いるんだろ」
がさつな声。
「入れ」
扉が開き、無精ひげの男が入ってくる。
服はくたびれ、うっすらと汗と酒の匂いが混ざっていた。
「金なんだがな、まだ用意できてねぇ。少し待ってくれ」
開き直った顔。
「期限は昨日だ」
「分かってるって!だから来たんだろ」
声が荒くなる。
「でも今は無理なんだよ!」
リゼが小さく手を上げる。
「あの〜」
二人が同時に振り返る。
「ちゃんと話せば分かるんじゃないかな〜」
沈黙。
ヴァルクの目が、すっと細くなる。
「余計なこと言うな」
男が鼻で笑う。
「ほら見ろ、話分かるやついるじゃねぇか」
「いや、そういうことじゃ――」
リゼはヴァルクを見る。
「利子、少し下げてあげたら?」
空気が止まった。
「……は?」
低い声。
「だって、その方が返しやすいし――」
「お前、誰の側だ」
「いや公平に――」
途中でガシッと腕を掴まれる。
「出るぞ」
「え、ちょっと!?」
「外だ」
「は?」
「ここ壊されたら面倒だ」
(壊す前提なの!?)
そのまま外へ連れ出される。
外の通りは少し閑散としていた。
石畳の上を冷たい風が流れる。
「で?どうすんだ」
男は首を左右に振り、バキバキと音を立てて肩を回す。一歩足を踏み出している。
ヴァルクは答えない。
「ちょっと待って!!」
リゼが割って入る。
「まだ話――」
その瞬間。
ヒュッ――
空気が裂ける音。
「え?」
リゼの視界の端で、光が走った。
次の瞬間。
服の肩口が、スパッと切れる。
布がひらりと落ちた。
「ちょっと待って、それズルくない!?」
短剣が、男の手に握られている。
「話聞く気ねえだろ!」
「さっきので分かった」
ヴァルクの声は変わらない。
男が、さらに踏み込む。
そして刃を、力任せに振り下ろしてくる。
リゼの足が、すっと動く。
風が足元に流れる。
一歩、外す。
動きは、見えている。
「ちょっと待ってって言ってるでしょ!!」
剣は抜かない。
そのまま柄で――
ドンッ!!
叩き込む。
「――あ」
男の体が軽々と浮き、
そのまま後ろへ吹っ飛んでいく。
バキィッ!!
壁が砕けて、石が弾け―――砂埃が舞う。
一瞬、音が消える。
「……」
「……」
「……」
リゼがゆっくり振り返る。
「あっ……ちょっと強かった?」
ヴァルクは壊れた壁を見る。
それから男を見る。
「そうだな」
完全に伸びている。
静寂。
「おい、何やってんだ!!」
遠くで誰かが、叫んだ。
リゼの顔が青くなる。
「ねえ……」
「なんだ」
深呼吸。
「これ………借金、どうなるの?」
「増えるな」
即答。
「え…なんで!?」
「お前が、壊しただろ」
「ヴァルクは!?」
「俺は触ってないだろ?」
「うそっ!!」
頭を抱える。
「ああああ!!また借金増えるじゃん!!」
ヴァルクがちらっと見る。
「……お前」
「なに!?」
呆れたように、そしてどこか面白がっているように言う。
「加減、知らないのか?」
「知ってるよ!?」
「知らないな」
「知ってるってば!!」
ヴァルクが、顎に手を当ててわずかに息を吐く。
「……面倒なの拾ったな」
その声は、ほんの少しだけ――
楽しそうだった。
リゼは気づかない。
「ほんとだよ!!」
叫ぶ。
「なんで増えるの!?減る流れでしょ普通!!」
ヴァルクは短く言った。
「しょうがないな。だから、働け」
冷たい風が吹き抜ける。
壊れた壁、転がる石―――増えた借金。
――減らない現実。
それでも。
このやり取りだけは、どこか噛み合っていた。
ここから始まるのは――
借金生活と。
面倒で、騒がしい。
少しだけ、楽しい日々だった。




