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借金取りの元勇者と、借金まみれの元女勇者 Season1  作者: HANABI


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第一話 減らない借金と、最悪の出会い

借金取りの元勇者と、借金まみれの元女勇者 の短編を、連載の形にしました。 短編は処女作なので、少し変えています。 Season1とSeason2があります。

乾いた風が、街を抜けていく。


――柔らかい。冷たさはもうほとんどない。


春の始まり。

長い冬が終わり、空気がゆるんでいた。


王都から少し離れたこの街は、夕方になってもまだ賑やかだった。

露店には赤く熟れた林檎や、柑橘の甘い香りが並び、

焼いた肉の匂いと酒の匂い、人々の声が雑多に混ざっている。


冬の重さが抜けたぶん、どこか浮き足立った空気。

新しい季節の始まりに、街全体が少しだけ軽くなっていた。


その中を――リゼは走っていた。


石畳を蹴る乾いた足音。背には旅の荷物。腰には大きめの剣。軽くはない。けれど、足は止めない。


「待つわけないでしょー!!」


振り返りざまに叫ぶ。

プラチナブロンドのポニーテールが大きく揺れた。


女性にしては高い背丈、しなやかな足。

風をまとって、通りを一気に駆け抜ける。


「待て!!」


怒号が追ってくる。重い足音が三つ。

鎧の擦れる音が、だんだん近くなる。


「元勇者が逃げんな!!」


「それ、今言わないで!?」


通りの視線が一斉に集まる。

目を丸くする者、指を差して笑う子供、突風に顔をしかめる露店の店主。


(最悪――!!)


路地に入り、さらに角を曲がる。

靴底が石を滑り、リゼは壁に手をついて体勢を立て直した。


そのまま加速しようとして――目の前の景色が途切れる。


行き止まりだった。


「……あっ」


慌てて上を見る。

壁、屋根、雨樋。視線で、逃げ道を探る。


だが、背中の荷物が邪魔をする。

追手の足音は、もうすぐそこまで迫っていた。


(あー、終わった――)


その瞬間、脳裏に王城の光景がよぎる。



魔王討伐後の帰還パレード。

街には花が舞い、人々は歓声を上げていた。

美しい白馬、大勢の観客、子供たちの憧れた目。


そのまま勇者一行として、王宮で王の祝福を受けることになった。


赤い絨毯。高い天井。きらきら光るシャンデリア。

左右には、重そうな服と宝石をまとった貴族たち。


そして目の前には、ぽってりした腹とふっくらした頬の王様。にこにこと微笑んでいる。


「よくやってくれたね〜」


「君たちのおかげで、魔王は倒されたよ〜」


重厚な空間にそぐわない、やけに軽い声だった。


(……嫌な予感する)


儀式は進む。恭しい態度で運ばれてきたのは、赤い台に乗せられた豪華な袋。

見た目は立派だ。だが、その中身だけが妙に小さい。


長い口上の末、リゼは頭を下げて袋を受け取った。


(軽っ!?)


中を覗く。


金貨が、数えられるほどしかない。


(……二十枚?)


一人五枚の計算だ。


(嘘でしょ!!)


思わず、顔を上げる。


「王様……」


「なに〜?」


「……これだけですか?」


「うん!」


即答だった。


「今ね〜、国庫がちょっと厳しくてね〜」


(知らないわよ!!)


リゼの視線が、王の指にある大きな宝石へ向く。


(その指輪ひとつで、この袋より高いよね!?)


「でも感謝の気持ちはいっぱいだから!」


(いらない!!)


さらに王は、にこにこと背後を示す。

そこには勇者一行を描いたらしい、やたら大きな絵が立てかけられていた。


「この絵も、かっこいいでしょ〜」


(そんな大きな絵、どこに置くの!?)


「それから、彼らも君の伴侶に選んでいいよ〜」


見た目の麗しい若い男たちが、きらきらした笑顔を向けてくる。


(伴侶って……勝手に決めないで!)


厳しかった戦闘が頭をよぎる。亡くなった者もいた。戦いの場に立てなくなった者もいた。


そして、自分の借金も。


腰の剣に触れる。魔王戦に合わせて用意した、魔法にも耐える特注の剣。

水と風を通しても軋まない、高価な一本。

まだ支払いは残っている。


(どうすんのよ――)


現実に戻る。



ごつい顔の男たちが、袋小路に追いついていた。


「観念したか?」


借金取りが、いやらしく笑う。


「……返せるもの、ないんだけど」


その目が、リゼの腰の剣へ向く。


「なら、その腰の物はどうだ?」


男が顎でしゃくる。


「いい剣だなぁ。それ。借金の担保に、貰ってやってもいいぞ?」


リゼの手が、柄に触れる。ほんの少し、力が入る。


「……それは、出来ない相談かな」


声が静かになる。


男の一人が踏み込んだ。

リゼの足が、すっと半歩動く。重心が落ちる。

少し長めの前髪の下から、紫の瞳が鋭く覗く。


(殺ってもいい?……いや、さすがにまずい?)


(どこまでなら大丈夫?)


手に水の気配が集まる。足元には風。

踏み込めば動ける。剣を抜けば終わる。


空気が張り詰めた、その時だった。


「……騒がしいな」


低い声が響いた。


場の空気が、がらりと変わる。

借金取りたちが動きを止め、警戒するように後ろへ下がった。


そこに――男がいた。


いつからいたのか分からない。

足音も気配もなかった。ただ、そこにいる。


長めの金髪が風に揺れる。

前髪が灰色の目にかかっていた。

光を映さない、冷たい瞳。広い肩、厚い胸板。


ただ立っているだけで、空気が重くなる。


(……強い)


自然に分かった。

戦いの場に身を置いてきた者の勘が告げていた。


けれど次の瞬間、リゼは何かに気づく。


張っていた緊張が、ふっと抜けた。


「……あれ?」


リゼが目を見開く。


「魔王戦のときの……アルディア国の勇者じゃない?」


男がぼそりと返す。


「元、な」


わずかに口元が動く。


リゼは首を傾げた。


「どうしてここに? ……えっと、ヴァルクだっけ?」


少しだけ気が緩む。


「君も追われてるの?」


場違いな問いだった。


借金取りが苛立ったように舌打ちする。


ヴァルクは一度だけそちらを見る。

すぐにリゼへ視線を戻した。


「違う」


冷たい目が、ほんの少しだけ細くなる。


「それほど鈍臭くない。――お前じゃないからな」


一瞬、意味が入ってこない。


(……え?)


遅れて理解する。


(ひどくない?)


じわっと感情が追いついてくる。


(ちょっと傷ついた……)


借金取りが、我慢しきれず怒鳴った。


「なんだお前!」


「そいつの代わりに、借金でも肩代わりすんのか!?」


ヴァルクは答えない。


ただ、リゼを見る。何かを見極めるような目だった。


「そうだな」


一拍。


「どうする?」


鋭い視線が突き刺さる。


「立て替えてやってもいいぞ」


「……え?」


「その代わり」


口元が、わずかに歪む。


「うちで働くか?」


空気が止まる。


(選択肢、ある?)


考えたのは、一瞬だけだった。


「やる!!」


即答。


「決まりだな」


ヴァルクはどこか満足そうに、顎を少し上げた。


借金取りが感情的に踏み込んでくる。


「ふざけるな!!勝手に決めやがって!」


次の瞬間。


ドンッ!!


一人が壁に叩きつけられていた。


「え……?」


見えなかった。

続けて、もう一人。鈍い音が響く。


向かいの露店に突っ込んでいった。

林檎やオレンジがごろごろと道に広がり、屋台の半分が崩れる。


最後の一人が震えた。


「ば、化け物……!」


「まだやるか?」


静かな声。


「すみませんでしたぁぁ!!」


全力で土下座して、あっという間に逃げていく。


一瞬の静寂のあと、街のざわめきが戻ってきた。

壊れた屋台。転がる果物や野菜……。

怒鳴る店主と野次馬たち――。


リゼがゆっくり振り返る。


「……ねえ」


「なんだ」


胸いっぱいに空気を吸い込む。


「これ、壊れたのとか……」


一拍。


「……誰が払うの?」


ヴァルクは少しだけ考えた。


「……お前だな」


「なんで!?」


「原因お前だろ」


「いや……違うでしょ!?」


少し離れたところで、店主が叫んでいる。

近づいては来ない。でも怒っている。

ものすごく怒っている。


リゼは頭を抱えた。


「ああああ!! また借金増えた!!」



ヴァルクの職場に着いてきた。

木の扉が、きい、と音を立てて開いた。


「ここだ」


中には大きめの机。

上には書類と帳簿。壁には本棚。

来客用らしいソファセットもある。


思っていたより、普通の部屋だった。


ヴァルクが先に入る。

リゼは入口で立ち止まり、ゆっくり室内を見回した。


それから、大きく息を吐く。


「……ほんとに、働くしかないのね……」


観念して、一歩踏み入れる。


借金は減らない。今日の出来事が追加された。


――だから、増えている。


そして。


ここからが、始まりだった。


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