第7話:17歳の誕生日
――レイと出会った日から、2年。
「ただいま帰りました、シスター・エルダ」
「おかえりなさい、レイ。お仕事、おつかれさま」
近くの街に出稼ぎに行っていたレイを、エルダは笑顔で出迎えた。
「一日たっぷり働いて、疲れたでしょう?」
「平気です。帳簿仕事の手伝いも、ずいぶんと馴れたので」
レイは、最近よく働きに出ている。
欲しい物があって、お金を貯めているそうだ。何がほしいかエルダが尋ねたとき、レイは「内緒です」とはにかむように笑っていた。
(レイも、いつの間にかしっかりしたわ)
お金を稼ぎたいという気持ちは、自立の一歩だと思う。あと二、三年もしたら、レイも一人前の大人として修道院から巣立っていくのだから。
「レイならきっと、すてきな大人になってくれるわね――」
出会ったばかりの痩せ細っていた頃とはまるで別人だ。まだ声変わり前だけれど、背が伸びたし読み書きは大人並みだし、ずいぶんたくましくなった。
(……それに、なんか色気まで出てきちゃったのよね)
レイの佇まいは気品があって、つい釘付けになってしまうほどだ。あそこまで美形だと、悪い大人にさらわれないかと不安になる……。
「心配だし、こっそり尾行してあげようかしら。……って、過保護すぎよ、私! 親代わりとして、そんなことじゃあ……!」
と、自分の部屋でひとりジタバタしていると。
「「シスター・エルダ」」
ノックが響き、二人の少女が入ってきた。
「あら。ミモザとバーネット。どうしたの?」
栗毛をきっちり結い上げた、しっかり者のミモザ。少年のような短髪で、快活なバーネット。二人とも、レイと同じ13歳だ。
「シスター。今、ちょっといいですか?」
「ちょっと食堂に来てほしくて」
「分かったわ」
二人はエルダの手を引いて、嬉しそうに歩き出した。
「どうしたの二人とも。夕食にはまだ早いんじゃない?」
「「いいから、いいから!」」
食堂には、子どもたち全員とマザー・グレンナが集合していた。
そしてなぜかテーブルいっぱいのご馳走と、大きなケーキまで。
「マザー・グレンナ。今日は何かのお祝いですか?」
「あ? ボケたこと言ってんじゃないよ、何の日か忘れちまったのかい」
……はて。
今日は何の日だったか。とエルダは首をかしげる。
子どもたちの誕生日はもちろん覚えているし、先月はマザー・グレンナの61歳のお祝いをしたばかりだ。ケーキに刺さった61本のろうそくが轟々と燃え盛るさまは、きれいを通り越して凄まじかった。
「今日17歳になる小娘は、どこのどいつだい?」
「え…………あ!!」
「「「「「「「ハッピーバースデー、シスター・エルダ!」」」」」」
ぱぱぱぱぁん、とクラッカーが弾け、みんなが歓声をあげた。
「……そうか。私、今日がお誕生日だったわ」
毎日が充実しすぎて、誕生日なんて数えるのも忘れていた。
「まったく。忘れんぼうだなぁ、シスターは!」
「わたしたちのお誕生日は、いつもはちみつプディングとケーキでお祝いしてくれるのにね!」
「早く席について、今日はシスターがお誕生日席だよ」
わいわいしながら、楽しい時間が始まった。
みんなと一緒に笑って話して、おいしい食事を囲んで。幸せないっぱいな時間を過ごしていると、頬を染めたレイが声をかけてきた。
「シスター。僕から、誕生日プレゼントがあるんです」
「え!?」
みんながエルダを立たせて、テーブルの前に連れていく。
その対面で、レイは小箱を手にして立っていた。その小箱は指輪のケースくらいの大きさで、丁寧にラッピングされている。
「レイ……もしかして、お店で買ってきたの?」
「はい。高いものは買えなかったんですけれど」
「お金なんて、いつの間に……」
エルダは、ハッとした。もしかして、最近外に働きに出ていたのは……。
「まさか、私へのプレゼントを買うために!? ……そんな。レイががんばって稼いだお金を、わざわざ私に」
「受け取ってほしいんです」
レイは澄んだ紫の瞳で、まっすぐにエルダを見つめている。
美しい瞳に吸い込まれそうだ。エルダの頬が、じわっと熱くなる。
「でも、きっと初めてのプレゼントでしょう? 本当に、私でいいの?」
「あなたしかいません。もらってください」
ありがとう――。目じりに涙をにじませて、エルダが手を伸ばそうとしたとき。
「………………っ」
突然。
ネジ巻き時計のゼンマイが切れたように、身体が言うことを聞かなくなった。
「シスター!?」
ぱたりと、その場に倒れてしまう。
子どもたちの悲痛な叫びが響く――
「シスター・エルダ! どうしたんですか、シスター・エルダ!!」
レイがエルダを抱きしめて、必死で名前を叫び続ける。
(ああ、私、もう……『時間切れ』なんだ)
意識に薄い膜がかかったような、ぼんやりとした頭でエルダは思った。
(……これが『いばらの呪い』なのね)
――いばらの呪い。
国内にたった数人しかいない、極めてまれな『呪い』だ。
治療法のない疾病を、この国では呪いと呼ぶ。いばらの呪いにかかると、体に小さなアザができる――いばらのつぼみのように、ぽつりと赤いアザが。
アザはいばらの蔓のように背や腹まで広がってゆき、やがて唐突に眠りに落ちてしまうのだ。おとぎ話の『いばら姫』のように、目覚めることのない眠りに……命が尽きるまで。
エルダが次期当主の座を奪われたのは、この呪いが原因だった。
「シスター・エルダ!!!」
ぐったりとしたまま、エルダはレイに抱かれていた。
(終わりの瞬間って、こんなあっけなく来ちゃうんだ……)
痛みはなく、潮が引くように全身の感覚がなくなっていく。
(レイ、泣いてる。みんなも……ごめんね)
――さようなら。
***
こうしてエルダは、天に召された。
……はずだったが、10年後にまさかの目覚めを迎えたのである。






