第6話:一方、異母妹は……①
エルダがミリュレー修道院で新しい家族と楽しく暮らしていたその頃――。
実家のオルドー子爵家では、静かに綻びが生じ始めていた。
***
「わぁ……すてき!」
ドレス室の鏡の前で、キャロラインはくるりと回った。
仮縫いのウェディングドレスの裾が、華やかにふわりと広がる。
「ねえねえ、見て、ダミアンさま。似合ってるでしょう?」
「ああ、もちろんだよ、キャロライン!」
ダミアンは、声を弾ませてうなずいた。
「なんて美しいんだ……! まるで花の妖精、いや、それ以上だよ!」
「うふふっ」
「君を妻に迎えられて、僕は世界一幸せだ」
ダミアンに抱き寄せられて、キャロラインはうっとりしていた。
(――エルダお姉様が消えてくれて、本当に良かった)
あの偉そうな姉は、もういない。次期当主の座も婚約者も、全部自分のものだ。
幼いころから、キャロラインはエルダが嫌いだった。たった数か月先に生まれただけで、正妻の子だというだけで、いつも生意気だったから。
(女は、「愛されたもの勝ち」よ)
キャロラインはそう信じて疑わない。
「……ねえ、ダミアン様? 結婚したら、わたしは本当に何もしなくていいのよね?」
「もちろんさ。面倒なことは、全部僕に任せてくれればいい」
「さすがダミアン様!」
(よかったぁ!)
と、キャロラインは心の底からホッとしていた。
正直なところ貴族家当主の仕事なんて全然わからないし、やりたくもない。先日父親から「お前は頭が悪すぎる」と吐き捨てるように言われたときは、さすがに腹が立ったけれど。
(でも、ダミアン様がいればだいじょうぶよね!)
やっぱり女は、愛されたもの勝ちだ。
――そう思った瞬間だった。
「ダミアン君!」
という底冷えのする声が、扉の方から聞こえてきた。
父だった。
わなわなと肩を震わせ、手には数枚の書類を持っている。
ずかずかとこちらに近付いてくると、父はダミアンの胸に書類を突き付けた。
「これは何だ」
「……え?」
「これは何だと聞いている」
父の形相に、空気が凍り付いた。
「先月の決算報告――ですが」
「これが?」
父の目がすっと細くなる。その視線には、隠そうともしない侮蔑の色が浮かんでいる。
「数字がまったく合っていない。項目も無茶苦茶だ」
「えっ」
キャロラインは、きょとんとして二人のやりとりを見つめた。
(どういうこと?)
「今までは、こんなことはなかったはずだ」
オルドー子爵の言葉に、ダミアンは顔を強張らせた。
(……今までは、全部エルダにやらせていたからな)
正直なところ、報告資料なんて誰に作らせても同じだろうと思っていた。毎月同じように情報を集めて整え、数字を並べればそれでよかったはず……。
オルドー子爵は、ぎろりとダミアンを睨みつける。
「なぜ今回の報告書では、各地から上がってきた見込み値と実測値が混在しているんだ?」
「そ、それはですね……お義父さん」
ダミアンは硬い笑みを浮かべながら、しどろもどろで説明を始めた。
「あ、新しく雇い入れた補佐官が……数字を整えていなかったためで。僕から、きつく指導しておきますので……」
「他人のせいにするな。人を使うのも君の責任だ」
「うっ」
ぴしゃり、と子爵に遮られた。
「報告書だけではない。君に任せた投資先の選定だが――なぜ北部の開墾地などを選んでしまったんだ」
「それは、初期費用が抑えられて……将来的には、収穫が……」
「将来的には、だと?」
子爵の声は、また一段と低くなる。
「あの痩せた土地で開墾に成功するまで、何年かかると思っている? 肥料を継続して買い与えるだけでも、とんでもない赤字になるのは分かり切っているだろう!」
……ダミアンは、ぐぅの根も出なかった。
「まったく、こんな初歩的なことにも気づかないとは。君を信頼しすぎたのが誤りだった」
「す、すみません……。結婚式がもうすぐだと思ったら、少々、浮かれて……」
ダミアンは、だらだらと冷や汗をかいていた。
キャロラインは、彼のこんな姿を見るのは初めだった。
「お父様! ダミアン様をそんなに怒らないで。誰だって失敗くらいするわ」
それからキャロラインは華やかに笑いながら、ダミアンの袖をそっと引いた。
「大丈夫よね? だって、ダミアン様だもの」
ぎくり。と身をこわばらせてから、ダミアンは普段の笑みを取り繕った。
「……もちろんだよ」
ダミアンの声の震えに、キャロラインは気づかない。
キャロラインの運命がこの日を境に狂っていくことを――彼女はまだ、知る由もない。






