第4話:レイ
エルダがおつかいで隣領の街に出かけた、その帰り道。
夕暮れ時に、事件は起こった。
「おい、ガキ! ぶつかっておいてなんだ? 謝りもしねえで逃げる気か」
という野太い罵声が路地裏のほうから聞こえてきて、エルダはびくりと身を強張らせた。
そろり、そろりと路地裏の奥を覗き込む――次の瞬間、見てしまった。二人のゴロツキが10歳くらいの男の子に絡んでいるのを。
「ご……ごめんなさい」
男の子は、ひどく痩せていた。衣服はボロボロ、全身が汚れにまみれている。
蒼白な顔で立ち尽くすその子を、ゴロツキたちが見下ろしていた。
「あん? 聞こえねぇよガキが!!」
「謝って済むと思ってンのか、あぁ?」
ゴロツキが、その男の子を突き飛ばした。尻もちをついて怯えるその子を、ゴロツキたちは嗜虐的な顔をしながら蹴りつけ始めた。
(……大変だわ!)
エルダは、血相を変えてその場から駆け去った。
「このガキ、ここらじゃ見かけねえ顔だな。親に捨てられて、うろついてる口か?」
「こいつ、よく見りゃキレイな顔してやがる」
「本当だな、こういうガキは高く売れるぜ?」
「そりゃいい。さっさと連れていこうぜ」
「い、いやだ。はなして――」
「うるせぇ!」
ゴロツキたちが少年を引きずって行こうとした、ちょうどそのとき。
「おい貴様ら! そこで何をやっている!!」
鋭い叫びとともに、憲兵たちが駆け付けた。エルダが通報しに行ったのだ。
エルダが現場に戻りついたときには既に、ゴロツキたちが連行されていくところだった。
ポカンとした顔で立ち尽くしている少年を見て、エルダは胸をなでおろした。しかしその安堵は束の間のこと――。
「大丈夫かい、坊や」
と憲兵に呼びかけられた少年が、びくりと身をすくませているをエルダは見た。
「坊やは、どこの子だい?」
「ぼ、ぼくは……」
少年はなかなか答えない。きっと、答えられないのだろう。おろおろして、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(あの子、どう見ても訳アリね)
着ているシャツやズボンはひどく汚れていたけれど、元は上質だったのが見て取れる。上流階級の家出息子か……あるいは麗しい容姿を気に入られて、上流階級に違法な手段で囲われていた可能性もある。
(どちらにしても、放っておけないわ)
このままだと憲兵に連れて行かれて、身元を洗い出されるだろう。それをあの子が望んでいないのは明らかだ。
だからエルダは、とっさに声を張り上げた。
「レイ!」
ふと思いついた名がレイだった。
ちょうど雲間に差した光が、彼の金髪を照らしてきれいだったから。
「レイ……! ああ、無事でよかった!!」
面識もないその少年のもとに駆け寄って、エルダはまるで親しい家族にするように抱きしめてみせた。
少年は、蒼白な顔のまま呆然としている。
「兵士さま、レイを助けてくださって本当にありがとうございます!」
「あなたは……」
「私はシスター・エルダ。ミリュレー修道院の修道女です。レイはうちの修道院で保護している子で、今日は私と一緒におつかいに来ていたのですが、迷子になってしまって……」
ぎゅう、と少年を抱きしめながら、エルダは憲兵に頭を下げた。
「本当にありがとうございました! さぁ行きましょう、レイ。早く帰って、傷の手当てをしましょうね」
憲兵はそれ以上何も言わず、エルダは少年と共に踵を返した。
「…………おねえさん」
「しぃ。このまま歩いて。だいじょうぶ、私はあなたの味方よ」
曲がり角を曲がってさらに先を進み、憲兵が完全に見えなくなってから立ち止まる。少年と目の高さを合わせ、握っていた華奢な手を包み込んで笑いかけた。
「坊や……何か事情があるのよね? 困っているなら、私が面倒を見るわ」
*
少年を修道院に連れて帰ると、マザー・グレンナが怒鳴りつけてきた。
「おいエルダ! 何だい、このひょろひょろの小僧は!? ヘンなもん拾ってくるんじゃないよ。あたしゃ根性のあるガキしか手元に置く気はないんだからね!」
少年はびくりとおびえていたけれど、エルダにとっては完全に予想通りの反応だった。
エルダがニコニコしながら黙っていると、院長は居心地悪そうな顔になってきた。
「……ちッ。…………グズだったらすぐ追い出すからね!?」
そう。なんだかんだで、この院長は子どもに優しい。
ハッとした様子でいつもの極悪な表情に戻ると、マザー・グレンナは少年をぎろりと睨みつけた。
「おい小僧、追い出されたくなきゃがんばりな! エルダ、あんたが小僧をきっちり鍛えてやるんだよ!? 拾った者の責任さ!」
足音けたたましく、マザー・グレンナは部屋から出ていった。
「よかったわね、院長がオーケーしてくれて」
「お……オーケー……?」
「ええ。今の院長の言葉を翻訳すると『ようこそミリュレー修道院へ。これからがんばってね♪』という意味になるの」
ぽかんとしている少年に、エルダはウインクをしてみせた。
「というわけで、今日からよろしくね。坊や!」






