予想もしていなかった心配
王太子に命じられた通りに、鱗を使ったブローチを仕立てなくてはならない。しかも来月の夜会までにだ。
だからこの日クラウスは、オルデンベルク侯爵家が懇意にしている宝石商と宝飾職人を呼んでいた。
夜会までに日がない中で、ドラゴンスレイヤーの証に代わるようなものを仕立てなくてはならないのだ。出来うる限り急がなくてはならない。その為には今日デザインを決めてしまいたい。
クラウスは宝石商と宝飾職人を待っていたが、到着するまでにはまだ少しある。待っている間にクラウスは、自室で服を見繕っていた。
寮に置いてある服は、鱗を隠す為に襟の詰まったデザインのものばかりだ。
今日はシャツのボタンを外して首元を見せているが、首元が見えるデザインの服が必要だった。
服を選ぶ作業をしながら、クラウスは先ほどの会話を思い出して溜息を吐いた。
*
「クラウスの呪いが解けたと言う噂を聞いて、お前に娘を紹介したいと言ってくる奴らがいてな…」
「は?」
兄の言葉をクラウスは聞き間違えたかと思ったが、父が続けた言葉を聞いて困惑した。
「それは私のところにも来ている…」
父と兄は険しい顔で揃って溜息を吐いた。
「しかし私はアメリアと婚約しておりますが…」
「その通りだ」兄は頷いて続ける。
「婚約を知らないような奴らは相手にする必要もないような奴らだ。相手に婚約者がいるかどうかを調べもしない無能であると教えてくれるのだから、適当にあしらっておけばいい」
兄はもう一度溜息を吐いた。
「面倒なのは、お前の婚約を知っているのに言ってくる奴らだ」
兄の言葉はまるでクラウスに娘を紹介したい人物が大勢いるように聞こえる。
「お前のその姿を見れば、そう言った話がまた増えるだろうよ」
クラウスは眉を寄せた。
侯爵家の三男であり、また男爵でもあるクラウスに価値があることは自分でも分かっている。
けれど少し前まで、娘を近寄らせたいとは思ってもいなかったろうこともクラウスは知っている。
それが呪いが解けた早々にそのように娘を紹介しようとするものなのか?
信じられない気持ちでいるクラウスに、兄はイライラしたように話を続ける。
「婚約しているのを知っているのに話を持ってくる奴らは、アメリア嬢よりも自分の娘の方が相応しいと思っている奴らだ。今までクラウスを避けていたというのに、アメリア嬢以上に相応しい令嬢がいるものか」
兄は父の顔を見て続けた。
「『弟は素晴らしい婚約者と間もなく結婚しますので』と追い返しておりますが、伯爵家はともかくそれ以上が相手だと私には少々手に余ります。父上の助力を願うこともあるかも知れません」
「もちろんだとも。どこから話が来ている?」
そう言って話し始めた父と兄から出てくる家名の多さに、クラウスは頭を抱えたくなった。
父と兄は、ほとんどは何とかいなせるだろうと結論付けた。
しかし兄が打診された中で、父の手にも余りそうな家名が一つ。
クラインベック公爵。
その四女であるヘルミーナ様を紹介したいのだそうだ。
公爵家の令嬢など、仮にクラウスに婚約者がいなかったとしても、相手にしたくはない。
確かにクラウスは侯爵家の三男ではあるので身分が合わないことはないだろう。しかしクラウス自身は自分をただの騎士だと思っている。公爵家の令嬢を娶るような面倒を背負い込もうとは思わない。
ましてクラウスに婚約者がいるにもかかわらず、そんな話をしてくるなど面倒でしかない。
兄の断りの言葉を表面上は受け入れたということだが、安心して良いものか…。
「まあすぐ婚姻を結ぶんだ。適当にいなしておくから安心しろ」
そう言って笑う父と兄にクラウスは頭を下げた。
「ご面倒をお掛けします」
「こちらは気にしなくて良いが、お前も気を付けろ。それからアメリア嬢に気を使ってやれ。鱗がなければ結婚してもいいなどという態度の奴らは何をしてくるか分からんからな」
「はい」
クラウスは予想もしていなかった心配を抱えることになった。けれどまだ実感が湧かない。
それでも午後にマイツェン子爵家を訪れた際には、この話もしなくてはならないだろう。
クラウスは心を少し重くして天井を仰いだ。




