オルデンベルク侯爵への報告
クラウスは初めて顔を合わせる姪を前にして戸惑っていた。
「こんにちはくらうすおじさま」
にこにこと見上げてくるクリスタに、クラウスは何とか挨拶を返す。
「…こんにちはクリスタ」
呪いが解けたことは、王太子の許可が出た後に手紙で知らせたが、まさかそれだけで済ませるわけにもいかない。
クラウスは家族に報告するために休日を待って、オルデンベルク侯爵家のタウンハウスを訪れた。
クラウスを迎えたタウンハウスは、家族だけでなく使用人たちから向けられる眼差しも温かかった。
それに多少の気恥ずかしさを感じながらクラウスは家族に向かい合う。
懐かしむような顔をクラウスに向ける家族の中、真っ先にやってきて口を開いたのがクリスタだった。
今までは鱗を怖がるだろうからと、こっそりと様子を伺ってばかりだった幼い姪のクリスタが、真っ直ぐに自分を見詰めていることにクラウスは戸惑う。
姪と話をすることを今までのクラウスは考えたことがなかったし、そもそも小さな子供と接する経験などクラウスにはない。どの様に接したらよいのか分からず、クラウスは辿々しく挨拶を返した。
「きょうはおかおがみえるのね」
「…!」
クリスタの言葉に驚いて兄の顔を見た。
それに兄コンラートは苦笑した顔を返した。
「お前がこっそりクリスタを見ていたように、クリスタもこっそりお前を見ていたんだよ」
そう教えられてクラウスは瞬いてクリスタを見る。
クリスタは嬉しそうにクラウスを見返した。
「クリスタ、クラウス叔父様とはまた今度ゆっくりお話ししましょうね」
「はい!それではおじさままたこんどおあいしましょう」
義姉のベルタがクリスタを促した。二人が部屋から出ると使用人がお茶を運んで来る。
それを眺めながらクラウスは少しだけ息を吐いた。
呪いが解けた報告をしなければとタウンハウスを訪れたが、姪と顔を合わせることになるとはクラウスは考えていなかった。
姪のことは可愛く思っている。けれど突然姪と話をすることになって、どうしたらいいのか分からずいる内にクリスタは退出していってしまった。ほっとしたような、寂しいような心地でクラウスはお茶を飲んだ。
そんなクラウスのことを両親と兄は微笑ましく見ていた。
クラウスがカップを置いたところで侯爵が口を開いた。
「おめでとうクラウス。本当に喜ばしく思う」
感慨深い顔での父からの祝いの言葉に続けて、母と兄からも祝いの言葉を掛けられる。
「おめでとうクラウス」
「呪いが解けるなんて、本当に喜ばしいことだ」
言葉よりも雄弁に家族の表情がクラウスの解呪を祝っていた。
クラウスは滲みそうになった視界をごまかすように瞬きをした。
「ありがとうございます」
クラウスがもう一度カップに手を伸ばすのを家族は優しく見詰めた。
お茶を飲み終えてからクラウスは右袖を捲った。
「この通り、呪いはすっかり解けました」
今日のクラウスは前髪を上げて顔が見えているだけではなく、シャツのボタンを二つ外し、首元も晒している。手袋はしていないので手も見えるし、そして右袖を捲ったことで右腕の肘までが露わになる。
それを目の前にして両親も兄も目元を緩めた。
クラウスは王太子からの言葉を家族に伝える。
「殿下のご生誕祝いの夜会で解呪の祝いの言葉を賜ることになっています。解呪の発表については、私にお任せくださるとのことなので、特に発表は行わず、このような姿を見せることで広まるに任せようと思っております」
「…そうだな。婚姻の披露目まで2ヶ月もない。その前に解呪の披露目をするのは難しいな。
夜会までに解呪の話は広まるだろうし夜会で姿も披露出来る。婚姻の披露目でクラウスの解呪の姿を見せれば我が家からの披露目は十分だろう。そのようにするのが良いだろうな」
既にクラウスの解呪の噂は広まり始めている。侯爵夫妻や次期侯爵である兄の元へも、そのうち噂の真偽を尋ねる声が掛かるかもしれない。
クラウスはそう考えて家族への報告を急いだのだったが、噂の広まりはクラウスの予想よりも速く、既に家族に噂を問う声が掛けられていることをクラウスは知らなかった。
「クレメンスには知らせたのか?」
「はい。手紙を出しました」
先日、オルデンベルク侯爵とマイツェン子爵に解呪を知らせる手紙を出した際に、領地にいる次兄クレメンスにも手紙を出している。
「婚姻の披露目の時にお前の姿をしっかりとクレメンスにも見せてやれ」
「はい」
落ち着いて答えていたクラウスの顔に一瞬陰りが過った。それに気付いたのは母ソフィアだけだった。




